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あなたを想う  作者: momo
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アウイラ その2

 



 男達の気配が消えて暫く経ち、ネイトさんの上から滑り落ちる様に身を離す。もう大丈夫とベリルを呼べば寝台の下から這い出してわたしに抱き付いた。


 きつく胸にしがみつくベリルを同様に抱き締める。何も聞いて来ないベリルの様子に、もしかしたらこの子は知っているのではないかと嫌な不安が過った。


 わたし達はそのままネイトさんの部屋で一晩過ごした。ベリルが眠ってから一度だけ彼に事情を聞かれたけれど、ジェードが戻ってからだと首を振るとそれ以上は追及されなかった。


 けれど結局ジェードは戻ってこなかった。


 何かがあったのは間違いない。こちらにとって良い方だと考えたかったけれど、昨夜の男達を思い出すと恐怖で気が狂いそうになる。本当ならジェードを待ちたかったけれどこのままトトスに滞在し続けるのが危険だというのはわたしにだって判断できた。

 ネイトさんに頼んで女児用の服を手に入れて貰い、それをベリルに着せてトトスを出る事にする。ベリルは女の子の服を着るのが嫌そうだったけれど、わたしの顔を見て反論はせずに黙ってそれを身に纏ってくれた。

 

 乗合馬車で街を出る時に妙な男達が人の出入りを窺っていた。彼らが接触するのはベリルと同じ年頃の男の子ばかり。わたし達の乗る馬車はざっと見られるだけで済んだ。


 ケランの我が家に戻ると昨日出かけた時のままで、ジェードだけがここに足りなかった。ネイトさんにこれまでの礼を述べ夕食を振る舞う。彼は夜が更けても帰らずに留まり続けた。


 ジェードを心配するベリルをなだめ寝かしつけて階下に戻ると、椅子に腰かけたネイトさんがとても難しそうな顔をしていた。目を瞑って腕を組んでいる彼はわたしが正面に腰を下ろすと同時に瞼を持ち上げる。


「ベリルは君と国王の子?」


 彼の問いかけにわたしは驚いて目を見開いた。わたし達の様子から導き出した考えなのだろう。ネイトさんの真剣な眼差しにわたしは俯いてしまった。


 どうしたらいいのか決断できない。彼が親身になってわたし達に協力してくれるのは分かっている。でも彼はセザール侯爵家の人間で、母君は現国王の叔母君にあたられるお方だ。だからといってその母君が国王派とは限らない。


 脳裏には不安ばかりが駆け巡った。ネイトさんを撒きこんでいるのは十分承知しているので何も答えない訳にはいかないだろう。彼にも危害が加えられるかもしれないのだから尚更だ。

 これまでの時間を振り返るとわたし達がこれ程親しくしている他人はネイトさんだけだった。今回トトスに行くと決めた時もジェードがネイトさんを頼ったのは彼を信頼しているからだ。


 顔を上げるとネイトさんはこちらに視線を向けたまま答えを待っていた。

 何処まで話していいのか、話すべきなのか。躊躇しながらわたしは首を横に振った。


「ベリルはわたしとジェードの子供よ。でも産みの母は……」


 わたしではないのとの言葉は飲み込んでしまった。

 ベリルは眠っているけれど不安が消えない。もしこの言葉をわたしが口にしたら、ベリルに聞かれたら。大人びていても六歳の小さな子供なのだ。ベリルの心を思うと同時にわたしの我儘でこれ以上の言葉は紡げなかった。


「分かったよ、多分。大体ね」


 この後もネイトさんは隠し事ばかりのわたしを気に止め、親身になって接してくれた。

 戻らないジェードの代わりとばかりに毎日顔を見せては、場を和ませるような冗談を口にする。ベリルを相手に遊んで、時折二人して真剣に何やら秘密の話をしている姿はまるで親友のようだった。


 ネイトさんは反りが合わない実家にも顔を出してジェードの行方が掴めないか探りを入れてくれたようだった。けれど進展は得られず、彼は行方不明のまま帰って来てはくれなかった。


 そんな日が一月ほど続いただろうか。

 ベリルと一緒に夕食の支度をしていると扉が叩かれたのでネイトさんかと思いつつも、念の為に覗き窓から訪問者が誰なのか窺ったわたしは蒼白になった。


 そこに立っていたのは昔見慣れた隊服を着こなす立派な騎士。胸には階級と、誉れ高き国王の近衛を示す金の印章が縫い止められていた。


 驚いたわたしは覗き窓を閉じる。「誰なの、おじさんじゃないの?」と袖を引くベリルを抱き寄せ震える心を必死になだめ落ち着かせた。


 ただの騎士ではない、王の近衛が直々に来たのだ。それが意味する所は十分に承知している。それでも抵抗したかった。裏口から逃げ出そうとも考えたけれど、王の近衛がそれを見越していない訳がない。


 そんなわたしを抱き返したベリルが耳元に顔を寄せた。


「僕はお父さんとお母さんの子供だからね」


 静かだけど決意にも似た言葉にはっとする。ベリルはやはり気付いていたのだ。眠っていると思いジェードと交わした会話をベリルは聞いていたに違いない。


 わたしは何を迷っているの? ベリルはわたしとジェードの大事な子供。ベリルを守り抜くのがわたし達の親としての定めだ。

 運命は変えられないかもしれないけれど、ベリルの親であり続ける努力をふいにするような行動だけはしてはならない。ここで反抗して大事な機会を自らふいにするような事だけはしてはいけないと、ジェードの分までわたしが頑張らなければいけないのだとベリルに気付かされた。


 扉の向こうではこちらをせかす事なく黙って待つ気配が感じられる。わたしは意を決して扉を開き、目の前の騎士と対峙した。

 

 見える位置には二人、双方見覚えある王の近衛だった。

 二人を招き入れるが緊張で声が出せず、腰にしがみつくベリルをわたしも頼った。彼らは後ろ手に扉を閉めるとわたしを頭からつま先までじっと見据え「お勤め御苦労でした」と告げられる。やはりベリルを奪いに来たのだと知った。

 

 次に二人はベリルに視線を落とすと迷いなく膝を突いて手を胸に添え恭しく首を垂れた。


「お初にお目にかかります。私は近衛騎士副団長カイエラ=グスタ。エジワルド殿下を王城までお連れする任をあずかり参上致しました」


 死刑宣告を受けてもこれほどの衝撃は受けない。ベリルの真実の名を告げられ目眩を覚え、わたしは立っているのがやっとだった。


 だけどベリルは跪き頭を下げる男二人を敵意丸出しに睨みつけ「僕はお母さんとお父さんの子供だから!」と、わたしが今までに聞いた事がない程の怒りの感情を剥き出しにして叫ぶ。わたしはその声に助けられ、立つ足に力を入れた。


「この子を一人では行かせません。わたしも一緒に参りますから!」

「勿論です。アウイラ殿の功績により子爵家は多大な恩恵を受けられます」


 多大な恩恵?

 そんなどうでもいい事をわざとらしく口にしたカイエラに怒りを覚えるが、彼はわたしの怒りなど無視して早々にこの場からベリルを連れて行こうとする。


「待って、ジェードが……彼の行方をご存じありませんか?」

 

 もしかしたらという期待が心の内にあった。けれど返って来たのは望んだ答えではなく。


「貴方同様に彼も立派に任務を遂行した。それが終了した今はもう忘れられるのが貴方の為だ」


 彼の言葉に一瞬目の前が真っ暗になったが倒れる訳にはいかなかった。


「どういう意味……あなた達ジェードに何をしたの?」


 任務終了って。忘れろとはどういう意味だと声を上げるわたしの腕をカイエラが掴み、耳元に顔を寄せて囁く。


「我が身が大事なら騒ぎ立てない事だ。子爵家のご令嬢ならこの意味がお分かりになるだろう?」

 

 わたしは大きく目を見開き、恐ろしさで無意識に後退する。

 秘密を知る者は消される?

 まさかそんな。そんな簡単に処分されてしまうというの!?


 わたしはベリルに回す腕の力を更に強めた。

 これからどうなるか分からない。王とマリアベル様にベリルをお返ししなければならないのは承知しているけれど、それがわたし達の別れの時とも分かっているけれど、それでもベリルの側にいる為の努力を怠るつもりはない。


 ジェードがどうなったのかとの不安を大きくしながらも、今のわたしに出来るのは彼らに従う事だけだった。


 荷物も事後処理も全て不要だと告げられ、わたし達が彼らの用意した馬車へ乗り込もうとしたちょうどその時。名を呼ばれ振り返ればネイトさんが慌てた様子でこちらに駆け寄り、何処からともしれぬ場所より現れた騎士に足止めされている姿が目に映った。


「ネイトさん!」

「なりません」

 

 駆け寄ろうとしてカイエラに邪魔をされる。無理に押し進もうとしたネイトさんに騎士が剣を抜こうとするのが目に止まった。


「やめて、彼はセザール侯爵に縁の御方よ!」


 セザール侯爵は王の叔母君を妻に迎えられている。それがどう作用するか分からなかったけれど咄嗟に叫んでしまった。

 けれどそれが功を奏したのか、カイエラの命令で騎士は剣を抜かずにネイトさんを解放する。少しだけだと言われ、わたしとベリルはネイトさんに駆け寄った。


「ごめんなさい、わたし達……」

「大丈夫、ジェードの居場所を突き止めて必ず君達に会いに行くから」

 

 硬い表情を笑顔に変えたネイトさんは腰を落とすとベリルを抱き寄せ何事かを囁き、ベリルはしっかりとした眼差しをネイトさんに向けて深く頷いた。


「頼んだぞベリル」

「おじさんも絶対にお父さんを見つけてね」


 ネイトさんがベリルの頭を乱暴に撫でる。けれどすぐに引き裂かれる様にわたし達は馬車に押し込まれた。


 こうしてわたし達は五年間慣れ親しんだケランから攫われるように連れ去られ、長い逃亡生活はジェードを失ったままの状態で終止符が打たれる事になった。




 






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