ジェード
アウイラとベリルを複雑な心境で見送った後、俺はセザール領を出て本来の配属先である北の砦へ移動させられた。驚いた事に馬車と護衛付き。と言えば聞こえはいいが、要は変な気を起させない為の見張りだ。
王への忠誠もあるし逃げ出すつもりはない。何よりも反抗的な態度を取ってベリルから遠ざかるよりも、忠実に従い機会を手に入れるのを望んだ。
到着早々異動を申し出ると目の前の上官は呆れ返った。しかしこの砦に俺の配属が決まったのはベリルとアウイラを連れて都落ちした六年以上前。書類上俺はこの砦で忠実に任務を遂行していた事になっており、地元出身でもないのに砦への六年に及ぶ在籍期間は長過ぎだ。
事情を知っている上官は暫く苦い顔をしていたが、一応書類を上げてみるかとの提案にその場で記入した。
希望は近衛騎士隊。平民の俺では決して望む事の叶わない近衛だったが、王より爵位を賜った今は届かない場所ではない。勿論受け入れられるとは思ってはいないが、意思表示はしなければ永遠に認められないままだ。
砦勤務初日から通常訓練に加え、早朝から夜遅くに至るまでの自主鍛錬に励む。長く騎士隊を離れていたので自分の実力がどれ程のものか上手く掴めない。先日腕を外された苦い経験からほんの僅かな時間も無駄にしたくない気持が強く芽生えた。
俺の立場では剣術も体術も、周囲に向ける洞察力や判断力の全てにおいて最高の地位に持って行かなくてはベリルに辿り着くのは無理だ。アウイラを含めて家族に戻れずとも近くにいたい。その思いだけが今の俺を正気でいさせてくれた。
砦勤務は浅いが腕を見込まれ要人警護の任に就かされる事が度々あった。退屈な往復だけの時もあれば賊に襲われ、これ幸いとやり場のない怒りの捌け口に容赦なく切り捨てる。
肉を切り首を落とした屍と血糊を帯びた剣を見て、何をやっているんだと頭を抱えた。
たかが賊にいくら何でもやり過ぎだと自分でも分かっていたが、剣を向けられると抑えが利かなくなる。
怒りを向ける矛先が違うと自分を叱咤しながら、アウイラとベリルを失った悲しみを埋めるかに剣を振るう日々が続いた。
ある日任務から戻ると上官から呼び出しを受け、異動が却下されたと知らされる。当然だと分かっていたがそれでもショックだった。
俺はその場で再度異動を申し出たが、しばらく待つようにと上官に止められる。無暗に繰り返しても心象を良くしないと忠告を受け、あの日王の側にいた近衛騎士団長の姿を思い出した。王が臣下に取った行動を思うと、確かに俺がその立場なら入隊を許さない。
これはもう王自身の了解をとるのが一番の近道だと思い至るが、そうなると御前に侍る場所として国王主催の剣術大会が思い浮かぶ。アウイラとベリルに出会うための全ての始まりはそこからだった。
グインという名の高官が国境で隣国の使者との話し合いに幾度となく訪れていた。どうやら彼は俺を気に入ったらしく訪問の際は必ず護衛に指名されるようになる。
腕を買われてというのもあったが、どうやら彼は俺がベリルの親代わりを兼ねた護衛であったのを何処からか聞き付け興味を持ったらしかった。
ベリルが何処でどのように過ごしたかは秘密にされながらも、人の口に戸はたてられず公然の秘密となってしまっているらしい。
彼は護衛中の俺に話しかけてはベリルとの生活についてあれやこれやと質問して来た。仕入れた話をネタにベリルに近付いて出世の道具にでもしようとしているのか、それとも俺が守秘義務を怠り秘密を漏らさないかと試しているのか。
まぁそのどちらにしても漏らすつもりはない。俺は適当にあしらいながら仕事を忠実にこなした。
そんなある日。いつもと違って無口な護衛対象を不審に感じながらも有り難く思っていると、馬車の側面に馬を寄せる俺にグインが世間話でもするかに話しかけてきた。
また始まったと馬を後ろに下がらせようとした俺に「お前はご側妃のマリアベル様を存じておったよな?」と構わず問いかけて来る。「それが何か?」と問い返す俺をグインは人差し指でこちらに寄れと招いた。
ベリルのご生母であるマリアベル様が長く臥せった状態であるのはグインから聞かされていた。おしゃべりな彼は都を離れた俺にとってはいい情報源になっている。下賤な話だが夜の相手も出来なくなったマリアベル様に王は変わらぬ愛情を抱いておられ、それが原因となって次のお子が望めないという弊害も起きており、世継ぎの男子がベリル一人という心許無い状態になっているのが彼らの悩みの種でもあるらしい。
俺からすれば全く馬鹿らしい話だったが、世継ぎ問題は権力を握る者らにとっては重要事項。夜のお相手が出来ない筈のマリアベル様が懐妊でもしたのかと、俺は些かな興味を抱いてグインの招きに従い馬を寄せた。
「例の娘はマリアベル様に似ておるのかの?」
例の娘とはアウイラの事だろう。彼女は早々にベリルから引き離され子爵家に戻っているという。
確かにアウイラはマリアベル様と親戚関係にあるが、親兄弟の様に容姿が似通っている訳ではない。
何が言いたいのかと眉間の皺を深くして見せると、グインは俺から視線を離し「うむ」と腕を組んでもう一度視線を合わせて来た。
「お前にも無関係という話ではないぞ。似ておるのか否かくらいは答えても罰は当たるまい」
無関係ではないと言えば答えるとでも思ったのか。情報を与える事によりアウイラが危険に曝されないとも限らないのだ。俺が沈黙を続けるとグインは呆れたように盛大な溜息を落とした。
「全く頑固者めが。城ではな、コール伯爵家より例の娘を側妃にとの話があるのだ。マリアベル様に似ておるのなら王の寵愛を受けるのも時間の問題やも知れぬし、純粋にエジワルド殿下の御為やも知れぬ。だがどちらに転んでもコール伯の権力が増すのは必至。城はこの話で持ちきりだが――」
アウイラが側妃にだと?
以後の話は右から左に流れ耳に留まらなかった。
彼女は俺のものではなかったのか? 俺はアウイラと心を通わせ共に歩んでいくのだと、だからこそ離れていても大丈夫だと感じていただけに衝撃を受けた。
家族に戻れずとも近くに、心が通じ合ってさえいればと己に言い聞かせてきた言い訳が、単に慰めに過ぎなかったのだと今更ながら気付かされる。
俺からアウイラを奪うのか?
王が相手ならアウイラが異議を申し立てる事は出来ない。彼女の心が俺から離れてしまうとは思わないが、引き離された愛する人を容易く望める王に深い嫉妬の念を抱く。
いや違う。これは伯爵家よりの提案であるし、純粋に幼いベリルを思っての配慮なのかもしれない。
俺に頭を下げた王の人柄からすれば、アウイラをマリアベル様の身代わりにするなんて有り得ない筈だ。それでも『側妃』という立場が、届かぬ場所に行ってしまうアウイラへの消失感となり俺の心に大きな穴を開けた。
アウイラとベリル。どちらかといえばベリルに近付く方が難しいと思っていた。しかし俺は貴族社会をちゃんと理解していなかったようだ。中継地点にグインを無事送り届け砦に戻った俺は報告を済ませると部屋に戻り一人考え込んでいた。
『駆け落ちした娘に齎される縁談は後妻がいいとこよ。その申し出も無ければ子爵家にとってわたしは面汚で邪魔な存在にしかならない』
前にアウイラが語った自虐的なその言葉に安心しきっていたのかもしれない。彼女を利用しようと縁談を持ち込む者がいたとしても彼女自身が突っぱねるだろうと。
しかしその相手が国家の最高権力者だとしたらどうだ? 拒否できる訳がないじゃないか。いつかアウイラを迎えに行き腕に抱ける日が来ると心の何処かで信じていた希望が打ち砕かれ、俺は大切な二人を失った孤独感に苛まれていた。
王の意志を確認する為にトトスで別れた時はこんな結果を招くとは思いもしていなかった。また親子三人でケランに戻るのだと当然のように信じていたのだ。
いつか訪れる別れの予感はあったが、その時はアウイラと二人でベリルに全てを話して聞かせるつもりでいた。そんな俺達の想いが無視されるのだと、昔の俺なら直ぐに気付けていた筈なのに。
部屋に篭っていると幾度か扉を叩かれたが返事をする気力もなく、呼ぶ声を無視し、硬い寝台に転がって瞼を閉じ悲しみに耽っていた。それからも部屋の扉を叩かれたがやがてそれもなくなり、夜遅くになって起き上がると剣を片手に鍛練場へと向かいひたすら剣を揮った。
やり場のない怒りと喪失感をぶつけるかに剣を操るが、空を切る音だけで受け止めて貰える先がない。孤独が心を支配するが、それでも前に進むしか道はなかった。
とてもじゃないが食欲など無かった。それでも騎士としての習性で食べられるなら無理にでも詰め込んでおく習慣が今日も糧を繋ぐ。温いスープに硬いパンを浸した所で頭上から声がかけられた。
昨日扉の向こうから幾度か聞こえた声だった。街側にある砦の門を守る衛兵で顔は見知っていたが、部屋を訪問されるような仲じゃない。訝しげに見上げる俺に男は紙切れを差し出した。
「アウイラって娘が何度か訪ねてきてあなたにこれをと」
驚いた俺は男から紙切れを奪うように受け取って開く。そこにはアウイラの文字で宿屋らしき名前が記されていた。
「いつ?」
「は?」
「彼女は何時ここへ?」
こんな場所にアウイラが俺を訪ねて来ただと?
信じられない思いで声を絞り出した。
「三日連続で訪ねて来ましたが、昨日今日は姿を見せていません。でも最後に来た時は随分と具合が悪そうで……って、ジェードさんっ!?」
俺は最後まで話を聞かずに食堂を飛び出した。男が呼ぶ声が届いたが振り返る必要はないと判断した。
その足で上官の下に向かい休暇を申請した俺は意外にも冷静だったらしい。無断欠勤などで心象を悪くして今後に支障を出したくはなかった。
メモに記された宿に辿り着いた俺は接客中のカウンターに割り込んで女将に声をかける。砦から全力で走り宿を探した俺は不審者同然に映ったらしく、女将からは怪しい者を見る目を向けられた。しかし名を聞かれ告げると態度は豹変し「ずっとあんたを待ってたんだよ!」と女将自ら部屋まで案内してもらえた。
女将は俺を部屋へ案内しながらアウイラの状態を説明してくる。熱を出してから丸二日眠ったきりらしく水さえも飲んでいないらしい。医者によると疲れと心労から熱を出しているだけらしいのでしっかり休むように言われたのだが、水を飲めていないので気が気じゃなかったと女将は息を吐き、合鍵を使って部屋の扉を開けてくれた。
薄暗い部屋の寝台に小さな体が横たわっていた。側に寄ると青白い顔で苦しそうに瞼を閉じたアウイラがいた。
久し振りに見たアウイラは酷くやつれており、その姿から彼女が負った苦労が窺い知れる。幻じゃないよなと震える腕を伸ばし彼女の額に手を当てると、顔の青白さに反して酷く熱かった。
後は俺が面倒を見るからと女将に礼を言うと、女将は椅子を寄せてくれてから部屋を出て行く。俺はその椅子に腰かけ、あきらめかけた愛しい人の姿にしばらく見入った後で、額にかかる髪やシーツを直してやりながらアウイラの様子を慎重に窺った。
外傷もなく咳が出ている訳でもない。呼吸も特別乱れてはおらず、医者の言うように心労で倒れたというのが正解だろう。
かさついた唇に水差しから注いだ水を指ですくって垂らすとそのまま頬に流れ落ちる。本当に丸二日も水を一滴も含んでいないとしたらとても危険だ。
俺はカップの水を口に含むとアウイラのかさついた唇に重ね、舌でこじ開けると含んだ水をゆっくりと口内に落とし、それを幾度となく繰り返した。
こんな細い体でいったいどうやってここまで来たのか。道中危険も多かったに違いないのによく無事に辿り着いてくれたと、アウイラの手を取り額にすり寄せる。もしかしたら二度と会えないと悲嘆したばかりの俺にとって、手に触れる事の叶う彼女の存在は奇跡のようだった。
たった一人で俺に会いに来てくれたアウイラ。彼女を取り巻く環境は自由な俺と比べどれ程過酷だったろう。
お嬢様育ちの彼女だったが、共に挑んだ逃亡生活ではどんなに苦労をかけても嫌な顔一つしなかった。それどころか知らない常識を俺に問い学んで吸収し、周囲に溶け込もうと必死だったように見えたのだ。
それもこれも全てはベリルを守るため。彼女にとっては任務遂行よりも、生まれたばかりの赤子を託された使命感と主たるマリアベル様への忠誠、そして何よりもベリルへの深い愛情がアウイラにとっての全てとなっていたのだろうう。いつの間にか俺達はあの生活が永遠に続くのではないかという期待を抱くようになっていたのだ。
俺はまだいい、もともとがあんな生活だったのだから。だがアウイラは貴族社会に生まれたご令嬢だ。天と地ほどの生活の差があっただろうにそれをものともせず、俺に従い後ろをついて来てくれた。
それが今、何の苦労もない庶民が憧れる貴族の生活に戻されたというのに、アウイラは庶民に馴染む粗末な衣服を纏って硬い寝台に横たわっている。
心労で熱を出し弱り切ったアウイラの姿を見ると酷く切なくなるが、その原因が俺とベリルの為にあるのだと思うだけで、心に開いた穴が暖かな物に包まれ塞がって行くのが感じられた。
目を覚まさないアウイラを看病しながら、護衛の任務から戻り落ち込んで部屋に篭っていた自分の不甲斐なさを呪う。
あの時扉を叩いた呼びかけに応じていれば、昨日のうちにアウイラの手を握る事が出来た筈なのだ。
アウイラを側室にとの言葉に惑わされた自分が憎らしい。どんな状況にあっても俺が彼女とベリルを想う気持ちに変わりがないように、彼女だって同じに違いなかったのだ。
もしアウイラが王の側室となれば俺なんかには二度と届かぬ存在になるだろう。だがそうなる事でアウイラはベリルに近付ける。ベリルに手が届くのなら今はそれが唯一の生きる糧になるやもしれない。心労の原因の半分はベリルにあり、それについては解決するのだから。
複雑な心境ではあるが、それしかないのだと無理に納得しながらアウイラに寄り添い続けた。一向に目を覚ます気配のないアウイラに口移しで水を与え続け、刺激を与える目的も含め熱い湯に浸した布で体を拭いてやる。細くなった手足に驚くが目を覚まし食事を摂れば直ぐに元に戻るだろう。窶れてしまっているが彼女の美しさは失われる気配がない。
眠り続けて五日目、熱も下がり青白かった顔色も僅かに色を取り戻しほっと胸を撫で下ろした日の深夜。月明かりが差し込む薄闇の中でアウイラの瞼が持ち上がり青い瞳が覗いた。
幾度か瞬きを繰り返し起き上がろうとしたアウイラの肩を押して寝台に戻し額に手を当ててみる。冷え切った俺の体温にアウイラの穏やかな温もりが伝わった。
どれ程ほっとしただろう。感情に任せ喜びを上げたかったが声にならない。両手でアウイラの頬を包み込むと小さな手が添えられた。俺に気付き穏やかな笑みを浮かべたアウイラに、愛おしさが湧き上がりつんとした物が込み上げて来る。それをこらえ彼女の唇に口づけを落とせば、次は彼女が俺の頬を包み込んで引き寄せると口づけを返してくれた。
アウイラをもっと近くで感じたくて幾度も口づけを繰り返す。最後にはそれでは足りなくて、けれどそれ以上を求めるのはとんでもないと自制心を利かせて横たわる彼女を抱き締めるにとどめた。
「会いたかった」
彼女の肩口に身を寄せやっと絞り出せた声は驚くほど掠れ震えていた。そんな俺にアウイラが腕を回して応えてくれる。
背に添えるだけの力を失った彼女が酷く弱々しく感じて、離れないように、けれど細い彼女を潰してしまわぬように注意を払いながらぎりぎりの力で抱き締めた。そんな俺の耳元で吐息を漏らすかに彼女が小さな掠れた声を紡ぐ。
「抱いて」
欲望が招いた幻聴かと思った。だがそれもほんの一瞬。彼女の口から発せられた言葉に、先程込み上げたやましい感情が知られたのかと驚いた俺は弾けるように身を起こした。
焦りを隠しアウイラを見下ろすと、少しぼんやりとしているが視線はちゃんと俺の目を捉えている。
幻聴だ、やはり耳がおかしいんだと首を振ってごまかしアウイラの髪を撫でつけた。喉が渇いているだろうと水を汲んで差し出すと、アウイラは身を起こして「いらない」と俺が手にした水を退ける。
「お願いジェード、抱いて欲しいの」
アウイラは手を伸ばすと、俺の頬を先程と同じく包み込んで真っ直ぐな瞳で覗き込んで来る。驚いた俺は体が硬直して動けず、病み上がりで力を失い寝台に沈み込むアウイラを唖然と見ているしか出来なかった。
倒れたアウイラの手が俺の袖を離すまいと握り締めるが、ほんの少しでも動けは振り解けるような頼りない持ち方だ。その弱々しさが俺の欲望を掻き乱す。
こんな風にアウイラが求めて来るのは初めてだった。想いが通じ合った後の俺達はそれだけで満足し、心身ともに夫婦となってからも若い男女のように見境なく求め合った事など一度もない。側で肌の温もりを感じているだけで幸せだったのだから。
それなのにアウイラが声に出し俺を求め、衣服のボタンに手をかけだしたのだ。その様子に俺は焦った。俺だって彼女を抱きたい気持ちはあるのだ。恐らくアウイラ以上に彼女を求めているだろう。
しかしたった今まで眠り続けていた彼女を欲望のまま抱いてしまっていい訳がない。それこそ鬼畜ではないかと最大限の自制心を働かせアウイラの手を止めた。
「ごめん」
駄目だ。今受け入れたら彼女を壊してしまいかねない。一度失ったと悲嘆にくれた感情は喜びに包まれ、この身の全てで感じたいと願っているのだ。
お願いと悲しげな瞳を向けるアウイラに醜い欲望を知られたくなくて視線を外す。抑えが利かないからと逃げる俺に「わたしがそうして欲しいの」と言いながら俺の首に腕を絡め、言葉を投げかける俺を黙らせるように唇を重ねて来た。
唇を重ね求めて来るアウイラの閉じられた瞼から涙が滲んでいる。それがゆっくりと頬を伝って零れ落ちるさまが俺に冷静さを取り戻させた。
離れたくないとでもいうかに力のない腕で必死にしがみついて唇を重ねて来るアウイラに、俺は彼女の決意を垣間見る。
今腕に抱く幸せはこの時だけのもの。明日には失われてしまう、頼りない現実なのだ。
俺にも彼女にも選択肢はない。アウイラは王の側妃として城に上がる決意を固めたのだろう。
子爵家に生まれ、そこに戻ったアウイラにはどうしようもない未来で、ベリルの為にはそうするのが今の最善であるのも変わりなかった。
俺はアウイラに腕を回しそっと寝台に横たえる。今を逃せば二度とない愛しい存在の温もりにもっと近付きたくて、途中まで外されそのままになっているブラウスのボタンに手をかけ、ゆっくりと肌を合わせた。
病み上がりのアウイラを気遣いながら欲望をぶつける。アウイラは力の篭らぬ腕で必死に抱き付きながら涙を零し続けていた。