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あなたを想う  作者: momo
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アウイラ4




 久し振りに会ったネイトさんは何処の誰だと疑いたくなるほどの変貌を遂げていた。身なりは勿論、立ち居振る舞いすべてが完璧で、何処からどう見ても侯爵家の令息だ。

 それにくらべてやつれてしまったわたしにネイトさんは一瞬眉を顰めたものの、「会いに来るのが遅くなってしまってごめんね」といつもと変わらない笑顔を向けてくれた。


 まさか本当に会いに来てくれるなんて。彼も突然の別れに驚き戸惑ったに違いないだろうに、こうしてわざわざ訪ねて来てくれた事にほっとして少しだけ心が晴れ、椅子を勧めるのも忘れて話し込んだ。


 王の叔母君を母に持つネイトさんは持てるコネを全て利用してベリルに会って来てくれたそうだ。ベリルも慣れ親しんだネイトさんの顔を見て「おじさんっ」と声をあげて駆け寄って来たらしい。その行動を女官に叱咤されて可哀想だったと聞かせてくれる。

 その光景が目に浮かんでベリルが心配でたまらなくなる。そんなわたしにネイトさんは一枚の紙切れを差し出した。


「ジェードの居場所」

「っ!」


 息が詰まる。誰も教えてくれなかった愛する人の手がかりに胸が苦しくなった。その場に蹲ってしまったわたしをネイトさんが支えて椅子に座らせてくれた。


「ベリルの事は俺に任せて。セザール侯爵家はエジワルド殿下の後見につくと決めたから。ジェードとの事をどうするかはアウイラ次第だ」


 ジェードに会って来いというのか。彼だけが認めてくれる関係に胸が疼く。ベリルを残して……いや違う。ネイトさんは全部を知っていてあえてジェードに会って来いと言っているのだろう。

 ベリルに続く道は開けているけれど、そこに飛び込むには今のわたしの意志では弱過ぎて潰れてしまうに違いない。どうするのかをジェードに会って決断しろと背中を押してくれているのだ。

 私は受け取った紙を胸に押し付け感謝を伝えた。


「ネイトさんは侯爵家に戻ると決めたのね」

 

 侯爵家では折り合いが合わず家を飛び出した三男坊。理由は語ってくれなかったしわたしも詮索しなかったが、貴族社会は馴染めなければ生き難い場所だ。自由に外界を満喫していた彼が戻る決心をしたのがわたし達のせいだとしたら。感謝の気持ちでいっぱいだけれど、申し訳ない思いも生まれる。


「俺だってベリルの事が好きだからね。大切に思ってる。ベリルが頑張るなら俺だって負けてはいられないだろう?」


 ベリルが次代の王になるには様々な問題がある。王妃側の勢力もさることながら、ベリルの生母が伯爵家の出だという事。伯爵という身分は高いが上には上があるし、平民として育ったせいで資質を問われるかもしれない。

 そこへ土地柄も国の要所となり、豊かな財を築くセザール侯爵家の名乗りはうってつけだろう。セザール侯爵の奥方は王の叔母君でもあらせられるし、何よりもベリルにとってはネイトさんの存在はとても大きいに違いない。


 逃れ辿りついたケランで出会った友人はそこで終わりの存在ではなかった。わたし達に巻き込まれた彼も人生を変え動き出したのだ。彼の好意に感謝し、わたしは自分で未来への決断を下さなければならないのだと決心する。




 その夜、わたしは見張りを掻い潜り屋敷を抜け出した。

 前回の件で見張りが厳重になり見つかりそうになって冷やりとしたが、驚いた事に弟が現れ見張りの気を逸らしてくれた。一瞬こちらへ視線を向けたので偶然ではない。

 闇は怖かったが出来るだけ前に進んだ。ネイトさんにもらったジェードの居場所は国境沿いで、行った事もない場所だったので何日かかるか分からなかったが、国内の地図はジェードに見せて貰って万一の為にと暗記をしていたので迷子にはならない。

 女の一人旅は危険でしかないので髪を隠し、男物の旅装束を手に入れ、持ち出した宝石を換金して旅費に充てた。


 馬車を乗り継ぎ到着したのは賑わいを見せる街に隣接した国境沿いの砦だ。わたし達が家族として過ごしたケランに似た街で、人々は活気にあふれ陽気だった。

 その街から歩いて半刻ほどで砦に到着する。思い詰めた表情で土色の砦を見上げるわたしに、気付いた衛兵が笑顔で近付いてきて「どうした?」声をかけた。


 砦内の騎士を呼びだしてもらえるのか問うと直ぐには無理だという。面会希望者の名前を聞いてから後日改めてになるらしいので、ジェードとわたしの名を告げ明日もう一度伺うと残して街に戻った。

 そうして翌日再び砦を訪問すると、昨日の衛兵がわたしを覚えていてくれて好意的に迎えてくれたが、ジェードは暫く砦を離れている状態らしく、何時戻って来るか分からないとのこと。わたしはとても落ち込み肩を落とした。


 ここにはそう長くはいられない、両親から追手が出されているに決まっているのだ。側妃として名が挙がっている以上、行き場に目星をつけた両親に居場所が知れるのも早いだろう。


 肩を落とすわたしに衛兵はとても親身になってくれ、ジェードが戻ったら彼自身が必ず伝えてくれると約束してくれた。わたしはジェードへと宿泊場所である宿の名を書いたメモを衛兵に託し、心と比例するかに重くなった体を引きずって宿に戻る。宿に着くと食事を摂るのもおっくうでそのまま寝台に転がって瞼を閉じた。


 疲れがたまっているのか、額に手を添えると明らかに熱くなっていた。瞼を閉じたまま上掛けに潜り体を丸める。弱った肉体と共に心の不安も増長して押し潰されそうになるのを必死に堪えたが、それでもこのままジェードに会えなかったらどうしようと考えてしまう。


 突然出会って突然別れなければならなくなった人。今頃どうしているのだろうと想いを馳せる。

 出身も身分も職業もばらばらだった三人が出会って家族になった。それが一瞬で引き裂かれる運命だったとしても、家族として繋いだ絆はそうでないと信じている。離れた苦しさがその証拠だ。

 ジェードだって辛い思いを抱えている、ベリルだって頑張っている。不安に思うのは皆同じだ。これくらい耐えて乗り切らなければ二人に会わせる顔がない。


 一晩眠ると熱はだいぶ下がったようだった。食欲はなかったが無理に食べ物を飲み込んで体力を取り戻すのに努める。ジェードがいつ訪ねて来るか分からないので、宿の女将に彼が訪ねて来たら待っていてもらって欲しいと言伝を頼んで、わたしはもう一度砦に向かってみる事にした。気持ちが焦っていたのだ。


 遠くない距離を休み休み進んでいく。少し歩くだけで息が上がり目眩がした。辿り着いた砦で昨日と同じ答えを聞く。一応確認の為にとわざわざ砦に入って聞いてきてくれたが結果は同じで、礼を述べて来た道を同じようにして戻った。

 当然ジェードが宿に立ち寄った気配もなく、わたしは重たい体を引きずり部屋に辿り着くと寝台に沈む。このまま会えなかったらどうしよう、あの日トトスで別れたのが最後になるなんて絶対嫌だった。


 ずっと眠れない毎日だったのに発熱のお陰か瞼が重たい。何度も眠り覚醒してを繰り返し、砦に行かなくてはと体を起こそうとするが思うように動かない。額に手を当てる度に前回よりも熱くなっているように感じ、どうにもならない寂しさから知らずに涙が溢れては止まりを繰り返していた。


 部屋から出て来ないのを不審に思ったのか、宿屋の女将が発熱で寝込むわたしを見つけて医者を呼んでくれた。発熱の割に汗をかくでもなく、風邪をひいている訳でもないし体に特別な異常は見られない。疲れと心労から来る熱だろうからゆっくり体を休めるように忠告を受ける。

 ジェードを訪ねて砦に行きたかったけれどだるさと目眩が酷くてとても起き上がれず、嫌でも医者の言いなりになるしかない状況だった。


 昼も夜も分からず時間の感覚がなくなる。目覚めた時に光があるかないかでそれを判断し、こんな風に寝込んだのはいつ振りだろうと記憶を辿りながら、うんと小さい頃に母に看病され一日中一緒にいられて嬉しかったのを思い出し、捨てきれない家族への想いに更に寂しさが増した。


 ここに来てから何日が過ぎただろうか。いつもと違って寝苦しさを感じずに瞼を上げると、窓から差し込む月明かりが人影を浮かびあがらせた。


 起き上がろうとすると人影にそっと肩を押され寝台に戻される。額にひんやりとした手があてられたが、その手が頬に流れるように降りて包み込まれた。


 大きな硬い掌が両方とも頬に添えられ、その手にわたしの手を重ねる。

 忘れる筈のないジェードの感触。月明かりが彼の顔を闇に浮かびあがらせてくれた。




 久し振りの彼との再会は声をあげて感動を露わにするんじゃないかと思っていた。けれど予想に反して心は穏やかで、離れていた時間も何もかもが一気に埋められたような気持ちに満たされる。


 ジェードが身を寄せそっと口付けを落とした。それが離れると今度はわたしが彼の頬を包んで引き寄せる。何度も口付けを交わし、横たわるわたしをジェードが抱きしめて肩口に顔を埋め「会いたかった」と震える声を漏らした。

 

 わたしも会いたかった、離れたくなんてなかったと想いを吐きだしたかったのに、そんなわたしから漏れたのは「抱いて」という欲望だった。


 弾けるように身を起こしたジェードが驚きの表情を浮かべている。しばらく唖然とわたしを見据え、頭を振ってから髪を撫でてくれた。


「五日も熱で起き上がれなかったんだ。喉が渇いてるだろう?」


 聞かなかった事にしようとしているのか、優しく微笑んで水を差し出してくれようとしたが、わたしは身を起こしてそれを制した。


「お願いジェード、抱いて欲しいの」


 彼の頬を挟んで揺れる瞳を間近に覗き込む。寝込んでいたわたしがこんな事を言うなんて信じられないのも頷けた。だってわたし自身何をいっているんだと冷静な部分が呆れているのだ。けれど彼をみつけて触れられた瞬間、もっと感じたい、もっと側に寄りたいとの欲望が湧き上がった。


 ずっと寝込んでいたので力が入らない。直ぐに寝台に沈んでしまったが、それでもジェードの袖を掴んで離さないと必死に握り締める。彼を求めてやまなかった。一緒に生活していた時は寄り添うだけで満足し心も満たされたけれど、今は彼の温もりを体の全てで感じたい欲望に駆られて止められない。


 わたしを見下ろすジェードの瞳は揺れ、酷く迷っているのが見て取れた。彼と離れてからやつれて魅力に欠けるのも十分承知していたが、彼に一歩を踏み出させたい一心で彼から手を離し服を脱いでしまおうと胸元のボタンを外しにかかる。今を逃して明日があるとは限らないのだ。


 三つ目のボタンに手をかけた所でジェードがそれを阻むように手を重ねてきた。ジェードはもう片方の手で頭を抱え「ごめん」と呟く。


「お願い」

「違うんだアウイラ。俺は、抑えが利かない」

「いいの。わたしがそうして欲しいのよ」

「アウイラっ」


 迷うジェードの首に両腕を回して引き寄せ口付ける。離れない、絶対に離れたくないと意思表示するかに深く口付けるわたしに、ジェードは抵抗せずに、やがて腕を回してわたしを支え想いを返してくれた。


 未来を思うと全てが砕け散ってしまいそうで無理矢理封じ込めた。肉体は彼を感じる歓喜に震え、心に温もりが染み渡る。

 この時だけは全てを忘れてジェードの温もりだけを全身に感じ、彼だけを想い身も心も溺れた。










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