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傍観者と魔女
肢体を投げ出して寝ている男が居る。
何度注意しても治らない、この癖は良くは無いだろうと思い、正そうと言っているのに一向に治そうともしない。
しょうがないしょうがない、だって斬っちゃったらバラバラになるのはしょうがないのだから。
それにしてもやり様があるだろうに。
首だけ切るとか?
…いや、それも駄目。
首を切ると血が出ちゃうから。
うん、やっぱり液体より固体のほうがいいよね。
…バラバラにしても血は出るよ?
あー本当だ、地面が血まみれだ。
これは駄目だ、地面はみんなのものだから汚すなんてもっての他だ。
汚す以前に警察が来てここは通れないんじゃないかな、ちょっと細めの道だし。道全体が汚れているし。
それじゃあ、どうすればいいのさ。
どこを斬っても血は出るんだから。
絞めればいいじゃないか。
それじゃあ斬れないじゃないか
殴ればいいじゃないか
それじゃあ斬れないじゃないか
斬らなきゃいいじゃないか。
それじゃあ斬れないじゃないか。
…そもそもこれを見て誰が斬られていると思うのかい。
斬れているのさ、切れているのさ、斬って斬られたのさ。
四肢が千切れた男が横たわるその道で、少年が死体に向かって話していた。
その姿は異常者そのもので、その少年は非常に楽しそうに死体と話していた。
「不思議な世界の普通の町で」
人間が持ちえる想像の限界とは、何処なのだろうか。
「それはイズミの好きな名言、『人間の想像できる事は実現できる』について?」
本を持ちながら目を瞑っていた少女は、僕の独り言のような呟きに律儀にも反応した。
「違うよ、これは僕が君を理解するための問題だ」
「やった、イズミもようやく私の魅力に気がついたんだね」
もうとっくに気がついているよと言ったら笑われてしまった。別段冗談でもないのだが。
「相手を理解する前に自分を理解しなきゃいけないからね、僕は自分のことも理解できてないから」
「謙遜をするのはイズミの悪い癖だよ、私はイズミ以上に人を理解できる人間を知らないからね」
彼女はどこか拗ねたようにこちらを見てくる。
いや、実際に拗ねているのだろう。
この少女はどんな事であれ、自分に出来ないことをする人間に嫉妬してしまうから。
その代わりそうでない人間にはとことん無関心なのだが。
そもそも、彼女のその嫉妬の感情は多少的外れだ。
僕は人を理解しているわけじゃない。
「自分のことだからね、完璧とはいかなくても理解できるさ」
大して頭のよくない僕でも自分の考えぐらいは分かるつもりだ。
「…ねぇ、まだそんなこと本気で思っているの?」
そんな僕を憐れむように彼女は見ている。
「この世界はイズミの夢じゃないよ。」
そうは言うけどねぇ。
僕はため息を吐きながら寝っ転がった。
空には翼を広げて飛んでいる竜が居る。
遠くの森を見ればファンシーなのかグロテスクなのか分からない動くキノコとスライムが食い合いをしている。
横を見れば黒い外套を着た美少女が爬虫類のような尻尾を振りながら不貞腐れた顔をしながら見ている。
「三年目だからねぇ、この状況も」
そう、僕はこの夢をかれこれ三年も続けて見ている。
これもピーターパン病の一種なのだろうか。
僕こと世界の語り部、守屋和泉( もりやいずみ)にはこれと言った特徴は無い。
県立高校二年生17歳、血液型A型、身長体重共に平均。成績も平均。
ついでに顔も平均。
家族関係は両親と妹の四人暮らし、家族中も良好。
趣味は帰りにコンビニの新商品をチェックすること。
そんな無味に地味を足したような僕には非才の身でありながらも唯一普通とは呼べない特技があった。
いや、特技と呼べる物ではないのかもしれない、少なくとも誇れるものではないからだ。
それは夢を自覚できるというものだ。
こういう夢を明晰夢と言うらしい。
上級者になれば夢の内容をコントロールすることも可能という。
例えば空を飛ぶことから、貧乳のハーレムを作ることまで可能という、それなりにすごい特技だ。
そんな特技を持っていながら誇ることができないのは、僕が自在に夢をコントロールすることが出来ないからだ。
夢の内容はいつもいっしょでそろそろマンネリ化してきたほどだ。
まぁ、これ以上僕のような普通の人間を説明してもしょうがないので実際に夢を見てみようと思う。
…のび●君ばりに寝つきがいいのも特技に入るのだろうか?
ボロボロの車が土煙を撒き散らしながら進んでいる。
いつバラバラになってしまっても、おかしくなさそうな見た目からは、想像も出来ないスピードで進んでいることから、その車が見た目などよりも遥かに頑丈なことが分かる。
隣りにはハンドルを切っている美少女がいる、はて、こんな美少女の知り合いなんていたかなぁ?
隣の美少女は僕が起きたことに気づいたのかこちらに顔を向けてきた。
惜しい、これで貧乳ならモロ好みなのに。
残念ながら美少女の胸は平均を少々オーバーしている。
「おはようイズミ」
そんな僕の考えを知らずに話しかけてくる美少女。
「どちらさん?」
メメタァ。
にっこりと笑う美少女は運転中にも関らず踵落しをしてきやがった。
「この世界が誇る人工宇宙キメラサリスちゃんよ。思い出した?」
「蛙のように潰される前は知り合いだったと思うよ」
今は他人にランクダウンしたがな。
「ちなみに私の中での貴方のランクは潰れた蛙に湧く蛆以下になりました」
「蛆以下!?」
なんてこった。寝ぼけて顔を忘れてしまっただけで蛆以下に成り果てるとは。
「ちなみに下には腐ったイズミと笑ったイズミがいるから安心してください」
「何をもって安心しろと!そもそも腐ったはともかく笑った僕まで下なのかよ」
彼女の中では腐ったと笑ったは同価値なのか?
「違うよ、イズミの笑顔が腐った感じがするから」
「はい終了! 僕の笑顔終了!」
ここまで言われてもう笑顔を作る気にはならない。
たぶん僕がこの美少女に笑顔を作ることはもう無いだろう。
そんな事を考えている僕を尻目にけらけらと笑い出す美少女。
自称キメラだか人工神だか宇宙人だからしいこの少女はサリス。
くりっとした瞳、小柄な体格、肩までさらりと伸びたやや赤みがかった髪、すべすべしていて、さわるとご利益のありそうな白い肌、残念ながら無駄に腫れ上がってしまった胸。
どんなに偏屈な人間でも、その姿を見たら、なるほど類まれな美少女であると判断せざるを得ないような外見の持ち主だ。
ちなみに正体は分かっていない、トカゲのような尻尾を持っているからこのファンタジー世界を考えればドラゴンなのかもしれない。
「爬虫類娘か、微妙に難易度が高いなぁ」
個人的に僕が理解できるのは猫耳とかの獣耳までである。
「今度はどんな夢を見てきたの?」
昨日の夢発言の仕返しだろうか。
からかう様にそんな事を言う彼女。
少々むかっ腹が立ったので適当なことを言ってやる。
「世界征服を企む魔王を「これから行く町はどういうところなんだろうね」…そうだね。面白いところだと良いね」
夢の中の住人にすら勝てないなんて、死にたい。