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校長室にて


「はじめまして。この学園の校長――天上寺姫てんじょうじひめです。」


 質実剛健と書かれた達筆の書が飾られた部屋の中心で、ほんわかとした女性の声が響き渡る。

 眼鏡をいじりながら自分のことを書かれているであろう書類とにらめっこしている女性は、まだ若く見えるほどの外見だったが、それは見た目通りではない。

 この同級生かと思われるような女性がこの天上寺学園の校長なのだ。

 そんなことを考えていると吸い込まれそうな瞳がまっすぐ見据えきて、拓夢は居心地の悪さを感じずには居られなかった。

 場違いな感覚。

 ヘリコプターで運び込まれてすぐに拓夢はこの部屋にきていた。こここそまさに天上寺学園の中核――校長室だった。


「どうも……皆木拓夢です」


「うんうん。皆木、拓夢くんね。能力は――F級の温度操作と」


 大きくうなずきながら天上寺校長は名前を反芻する。こうして名前をきちんと覚えるのも教師の勤めなのだろう。


「お姉さんがこの学園にいるんですってね。よかったわね知っている人がいて――」


「ええ……まあ……」


 その無垢な瞳に、拓夢のまぶたが神経質にぴくりとゆれた。

 苗字を聞いただけで姉との関係はやはり、分かってもらえないだろうなと思う。

 だって姉――環光希たまきみつきと自分は何のつながりもないからだ。

 法的にも――血縁上でも――。


「もしかして。光希さんの弟さんなのかな。あ、間違ってたらごめんなさいね。苗字も違うし……」


 だから――唇に手を当てながら笑顔で言われた校長の言葉に、拓夢は目を見開いて驚いた。


「えっなんで……?」


 心底驚いた。心臓がドキドキいっている。

 頭の中に恐ろしい想像が浮かび――おそるおそる拓夢は口を開く。


「もしかしてそういう能力……なんですか?」


「うふふ。そうじゃないわ。これはただの経験則――。だって光希さんってここ数日すっごくそわそわしてたもの。まるで新しい洋服を買いに行く子供みたいだったわ」


 本気で心配そうに問う拓夢に、校長もまた驚きのまま固まって――やがてくすりと口に手を当てて微笑みながら説明をした。


 どくん、と胸がひとつ大きな鼓動を撃つ。


「私の能力はそういう精神系の多いS級ではなく――T級能力だから」


「タクティクス……」


「でもまあ、能力はヒミツです。この学園に通う人なら誰でも知っているから、ハナシのきっかけにしてみてください」


 ニコニコと笑いながら校長はそう言って笑った。


「それじゃあ今日は――んん。15時ですかぁ――」


 そのままチラリと壁にかかった時計に目をやり、考え込む。今後のスケジュールを考えているようだった。


「寮に案内しましょう。あなたの住む部屋を紹介します」


 やがて決まったらしく、うなずきながら手招きしてドアへ向かい歩き出す。

 拓夢は無言でソレに従った。

 ドアから廊下へ出る。きれいな廊下だった。

 アウター能力がこの世界に登場してから10年。その教育機関であるこの天上寺学園はおそらく10年未満の歴史しか持たない学校だろう。

 ゆえに古い後者特有の埃っぽさやくすんだ感覚など微塵もなく、清潔さも相まって異世界のようですらあった。


(寮もこんな感じなんだろうな……寮?)


 ふと気になって疑問を口に出す。


「あの、校長先生……俺が以前住んでいた部屋は……」


「それなら学園の方できちんと手続きしておきましたから心配しないでも大丈夫ですよ」


 相変わらず微笑のまま校長は歩幅を崩さず歩いて行く。


(よく考えれば俺、この学校で一番偉い人に案内させてるんだよなあ)


 その後姿を見ながらぼーっとそんなことを考えていると。


「おー姫ちゃん!」


 その「一番偉い人」をおもいっきり呼び捨てる声一つ。


「うぇっ!?」


 驚いてその声の方を向いてみると、そこにはおもいっきり髪を金髪にそめ、アクセサリをジャラジャラ付けた男が歩いていた。

 それに校長はまったく動じること無く応じる。


「あら竜巻くん。元気そうね」


(え。なに。タツマキ? それって名前なの?)


「うぃーっす。ども。ねえ姫ちゃんこの子だれ?」


 応じる。竜巻というのはどうも本当に名前らしい。

 ニックネームか何かかな、と考える。


「転校生の方ですよ。今日付けで転校してきました」


「へえ――」


 そんな拓夢の心配を他所に校長と竜巻さん(仮)は会話を続ける。

 手を差し伸べて自己紹介を代わりにしてくれる校長から、拓夢の方にジロリを目を移し――しげしげとこっちを見ながら竜巻さん(仮)は口元を緩めた。


「うむうむ。俺の名前は和堂竜巻。三年生だ。よろしく――ところで君何年生?」


 どうやら本名らしい。しかも苗字じゃなくて名前のほう。


「皆木拓夢です。ええと前板学校では2年生だったんですけど……この学校ではどうなるのか」


「そのまま2年生になりますよ。光希さんに聞いてないのですか?」


「いえ。あの人はそういうこと一切おしえてくれなくて……」


「え、姫ちゃんこの子――環光希と知り合い?」


「ごめんなさい。そういう事は私の口からは言えないわ」


「なぁるほどなあ……」


 ニヤニヤと笑いながら竜巻はあごをもみながらもう一度拓夢を見た。


「それじゃあ竜巻くんこれから寮にいくからまたね」


「あいよー。んじゃ姫ちゃん――それと拓夢くん。またね」


「名前通りの人でしたね」


 まさしく竜巻のような人だった。


「あら上手いこといいますね」


 そう言うところころと校長は笑った。

 数分後。校舎から離れて寮の前に立っていた。


「これがあなたの暮らす桜寮です」


「そして私がこの寮の寮母を兼任しています。改めてよろしくね」


「ああ。それで――」


 案内してくれたんですねと納得する。校長が案内という厚遇には違和感があった。


「それじゃこれ。あなたの部屋の鍵よ。なくさないように。もし無くしたら19時前までは校長室。19時以降は寮母室に来てね」


「はい」


 銀色の無骨な鍵が渡される。少し重い。ずっと子供の頃から家の鍵は持っていたのに――なんだか不思議な気分だった。


「それ貴重な金属で出来てるからできれば無くさないでね」


(材質か!)


 少しセンチメンタルになったのが台無しだった。


「それじゃあ。良い学園生活をね」


 振り向いて校長は去っていった。

 その後ろ姿を見て、隙のない佇まいだなあとぼんやり思う。

 完全に居なくなるのを見てから拓夢はよし――と大きく深呼吸をした。


「失礼しまーす」


 ドアを握る。――固い。


「あれ、鍵かかってるのかな?」


 なんかいかドアノブをガチャガチャやっても結局反応はない。


「しゃーねーな……失礼しますよ――ッと」


 鍵を使ってドアを開ける。やはり閉まっていたらしい。

 中はきれいな部屋だった。玄関のすぐにはトイレらしき個室が設置されていて、真っすぐ行けば恐らくメインの部屋になっているのだろう。

 ゆっくりと足を踏み入れた――その刹那。


「――――え?」


 信じられないものが目に飛び込んできた。

 うつ伏せ。

 人。

 人が倒れている。


「何して――ちょ。え?」


 絶句する。自分が観ている光景が信じられなくなった。初めて自分の目がおかしいんじゃないかと思った。

 でも――間違いなく、いる。

 線が細い。男の子――といった感じ。年下かな? と思いつつ、冷静に分析。


「……かぜ、引きますよ?」


 とにかく話しかけてみる。反応なし。

 しょうがないので少し揺さぶってみる。


「……そんなに眠いのかな」


 全く反応がない。諦めずに揺さぶっていると――ごろんと180度回転した。

 仰向けになる。

 凄く美少年だった。方くらいまでナチュラルに伸ばされた髪に大きめの瞳。

 だが、しかし。

 何かおかしい――。

 体が動いてない。肩が上下していない


「息してねええええええええええええええ!?」


 パニック。

 これは大問題じゃないのか。

 ちょっと待って、っていうか鍵がかかっていたのにそんな状態――ヤバい。


「ごめんね皆木くん。実はあなたの部屋――」


 そして最悪あるいは最善のタイミングで――ドアが開いた。


「校長先生ーーーーーっ!!! 大変ですぅぅぅぅ!」


 とりあえず拓夢は大声で叫んだ。


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