ICUから召喚された男
ICUから召喚された男
白い天井。消毒液の匂い。
点滴が滴り、人工呼吸器の規則的な音が響く。
俺――加賀谷 直樹は、病院のICUのベッドに縛り付けられていた。
意識はある。だが、体は鉛のように重く、指一本すら動かせない。
心筋梗塞と合併症で、死と隣り合わせだと医者に告げられたのは覚えている。
眠るように過ごす日々。生きているのか、死んでいるのか、自分でもわからなくなる。
――その時だった。
視界に、ありえない亀裂が走った。
病室の蛍光灯が砕け散り、空間そのものが裂ける。
眩い光に飲み込まれ、俺は病院のベッドごとどこかへ引きずり込まれていった。
◆
「成功だ! 異界より英雄を召喚した!」
目を開けると、石造りの大広間。
円陣を描く魔法陣が床に刻まれ、ローブ姿の魔導師たちが歓声を上げていた。
だが、その中心に現れたのは――
点滴のチューブを繋ぎ、呼吸器を装着した、痩せ衰えた俺の姿。
「……え?」
「ま、待て……どういうことだ……」
「英雄が……病人……?」
魔導師たちはざわめき、ざっと距離を取った。
俺の身体はベッドに縛り付けられたまま、心臓の鼓動さえ不安定だ。
――英雄?
笑わせるな。俺はもう歩くことすらできない、死にかけの患者だ。
◆
やがて、王冠を戴いた男が進み出た。
王だろう。彼は苦悩の表情を浮かべていた。
「……魔導師よ、説明せよ。この者が本当に英雄なのか?」
「理論上は……。強大な魂を持つ者を呼び寄せたはず……」
俺はその言葉に苦笑した。
魂の強さ? 皮肉なものだ。
死の淵に置かれ、毎日「生きたい」と願い続けてきた。
それが、強さだというなら。
「……くっ」
喉が塞がり、呼吸器が苦しく鳴る。
医師も看護師もいない。ここは病院じゃない。
このままじゃ、本当に死ぬ。
◆
すると一人の少女が駆け寄ってきた。
白い衣を纏った聖女のような存在。
彼女は俺の手を取り、必死に祈った。
「どうか……どうか、この方に命の光を!」
温かな光が俺の身体を包む。
点滴の針から流れ込む薬ではなく、純粋な癒しの魔力。
呼吸が楽になり、胸の痛みが和らいでいく。
「……息が……できる……?」
奇跡だった。
病室では決して感じられなかった「回復」が、確かにここにはあった。
◆
王は宣言した。
「異界の英雄よ。我らの国を救ってほしい」
笑うしかなかった。
俺は英雄なんかじゃない。ただの病人だ。
だが――
(生きられる……? ここなら……まだ)
死を待つだけのICUではなく、誰かに必要とされる場所で。
俺は初めて、もう一度立ち上がりたいと思った。




