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もう一度、夫婦として歩き出そう

翌朝、公爵邸の門前には、マックスが旅装を整え、分厚いプロテイン入り水筒を肩に提げて立っていました。その隣では、エルゼが寂しそうに顔を伏せています。


「それじゃあ、エルゼ。またな」


マックスは、名残惜しそうにエルゼの頭をくしゃくしゃと撫でました。その手は、昨日収穫したばかりのプロポテのように、たくましく温かいものでした。


「うん……マックスも、体に気をつけてね」


「おう! 公爵様にも、プロテインを飲んで体を大切にするよう伝えとけよ! まあ、お前がそばにいるなら、俺が何も言わなくても筋肉は育つか!」


マックスはギルベルトの方を一瞥し、ニヤリと笑いました。ギルベルトは柱の陰から、不機嫌そうな顔で二人のやり取りを見守っています。


「なあ、エルゼ。……もし嫌になったら、いつでも国境に帰ってこい。俺の隣には、いつでもお前の場所があるからな」


マックスの言葉に、エルゼは顔を上げました。彼の真剣な眼差しに、一瞬、心が揺れるのが自分でも分かりました。しかし、彼女の視線は無意識のうちに、柱の陰に立つギルベルトの方へと向かいます。


その一瞬の躊躇を、マックスは見逃しませんでした。


「……そっか。まあ、元気でな!」


マックスは、エルゼの迷いに気づくと、それ以上は何も言いませんでした。ただ、寂しげな笑みを浮かべ、片手を上げるだけでした。


「俺は、エルゼが幸せならそれでいい。嫌になったらいつでも帰ってこいよ。国境の筋肉は、お前をいつでも歓迎するぜ!」


マックスはそう言い残し、背を向けました。そして、来た時と同じく地響きを立てながら、去っていくのでした。


エルゼは、遠ざかるマックスの背中が見えなくなるまで、ずっと手を振っていました。


マックスの姿が完全に消え去った後、公爵邸の庭園には静寂が戻りました。ギルベルトは柱の陰から出てくると、無言でエルゼの前に立ちました。


「……行ったな」


ギルベルトの呟きに、エルゼは小さく頷きました。


「……すまなかった」


突然の謝罪に、エルゼは驚いてギルベルトを見上げました。その声はかつての冷徹な「冷血公」のものとは思えないほど、か細く震えています。


「新婚初夜の……あの時の言葉だ。君を愛するつもりはないと、一方的に突き放したこと。あれは……私の傲慢だった。……謝って済むことではないが、謝罪させてくれ」


ギルベルトは視線を落としました。


「私は今まで、誰のことも愛するつもりがなかった。……私の周りに集まる女たちは皆、私の『公爵』という身分や、容姿、あるいは私の持つ『権力』しか見ていなかったからだ」


彼は一歩、エルゼに歩み寄ります。


「彼女たちにとって、私は自分を飾り立てるための高価なアクセサリーか、あるいは、自分の意に沿わない相手を成敗させるための都合の良い道具に過ぎなかった。……そんな人間に囲まれて過ごすうちに、私は心を閉ざすのが当たり前になっていたんだ。どうせ君も同じだろう、と……」


ギルベルトはエルゼの手を、初めて触れる宝物のように、自身の大きな手で包み込みました。


「だが、君は違った。君がこの屋敷に来てから、私に見せたのは野心でも媚びでもない。……あふれんばかりの『ジャガイモへの情熱』と、私を道具と思わない『真っ直ぐな心』だった」


「……閣下」


「私は君に救われたんだ。初めて一人の人間として、対等に……いや、ジャガイモと同じように向き合ってもらえた」


ギルベルトは少しだけ頬を染め、ふっと柔らかく微笑みました。


「……エルゼ、愛している……これからは君を私の唯一無二の妻として、心から大切にしたい。もし、君にまだ、私を受け入れてくれる気持ちがあるなら……今度こそ夫婦として共に歩んでほしい。……そして、願わくば、私の隣でまた新たな種類の『プロテイン野菜』を育ててくれないか」


「……はい」


ギルベルトの言葉に、エルゼは顔を赤らめました。いつも氷のように冷たかった公爵の、まさかの告白。


「さあ、行こうか。君の愛するジャガイモたちが、キッチンでマッシュされるのを待っているんだろう?」


ギルベルトは、エルゼの手を引いて歩き出しました。

愛するつもりはないと宣言した冷血公と、他に恋人がいると言い放った新妻。二人の奇妙な結婚生活は、今、本物の「夫婦」としての第一歩を、力強い筋肉の足取りで踏み出したのでした。

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