プロポテと愛の三角筋関係
翌朝、ギルベルトは鏡の前で凍り付いていました。
「……なんだ、この……この『圧』は」
昨夜、エルゼが作った「超高タンパク・マッシュポテト(プロポテ仕様)」を一口食べただけ。
それなのに、鏡に映る自分の体は、かつてないほどの輝きを放っていました。
シャツのボタンを留めようとすれば「パチンッ!」と弾け飛び、ただ腕を組んだだけで袖が悲鳴を上げます。
「閣下! おはようございます!……って、わあ! 筋肉のキレが昨日より三割増しじゃないですか!」
部屋に入ってきたエルゼが、目をキラキラさせて拍手しました。
「エルゼ……君はあの芋に一体何を混ぜた? 私は騎士団長として日々鍛錬しているが、一晩で大胸筋が語りかけてくるような経験は初めてだぞ」
「ふふ、それだけ閣下のポテンシャルが高かったんですよ! ああ、今の閣下なら、マックスと並んでも見劣りしません。むしろ『バルク』だけなら勝ってるかも!」
「比べるなと言っているだろう!……くっ、このままでは執務服が着られん。……おい、執事! 今すぐ予備の、それも二回り大きい服を持ってこい!」
その日の午後、ついに恐れていた事態が起こりました。
国境守備隊から、一通の分厚い封筒が届いたのです。差出人は――「マックス」
ギルベルトは公務を放り出して、エルゼと共にその手紙を開封しました。
「……何だ、この手紙は。文字より『絵』の方が多いぞ……?」
手紙には、文章らしきものは数行しかなく、代わりに「最新の効率的なスクワットのフォーム」や「森で捕まえた猪とのスパーリング図」が、緻密なデッサン(血痕付き)で描かれていました。
『親愛なるエルゼへ。
元気か? 筋肉は裏切っていないか?
俺は先日、上官から「素手で殴って国境の壁を壊すな」と怒られた。
それより、お前が嫁いだ公爵という男は、しっかりプロテインを飲んでいるか?
そいつがもし、ヒョロヒョロの軟弱野郎だったら、いつでも俺のところへ帰ってこい。
追伸:同封したのは、俺の背筋を型取りした人拓だ。寂しくなったらこれを壁に貼ってくれ。』
「…………」
ギルベルトの脳内で、何かが音を立てて切れました。
彼は無言で、手紙に同封されていた「背筋の人拓」を暖炉に叩き込みました。
「閣下!? マックスの背中が! 暖炉のレンガが壊れちゃうくらい硬い背中が!」
「うるさい! エルゼ、今すぐ返事を書け。内容は私が指示する。いいか、こう書くんだ!」
『貴殿の心配は無用だ。我が夫は、貴殿が素殴りで壊した壁を、指一本で破壊するほどの筋肉を、昨日マッシュポテトで手に入れた。人拓など不要、本物の大理石のような肉体がここにある』とな!」
「閣下、それ、ちょっと何言ってるか分からないです……」
「いいから書け! 宛名は『国境の猪野郎』だ!」
冷血公としての威厳はどこへやら。
ギルベルトは今や、会ったこともない「マックス」という概念に勝つため、自らプロテインシェイカーを振り、エルゼの畑にさらに高価な栄養剤を撒く決意を固めていました。
愛するつもりはないと誓ったはずの新妻を、実在の、そしてあまりに脳筋なライバルから守るため、ギルベルトは図らずも「最強の筋肉公爵」への道へと突き進んでいくのでした。




