嫉妬とは、未摂取のプロテインである。
数日後、公爵邸の庭園には、およそ貴族の屋敷には似つかわしくない光景が広がっていました。
ギルベルトは執務室の窓から、庭の隅でせっせと土を掘り返しているエルゼを苦々しく見下ろしていました。彼女は豪華なドレスの袖をまくり上げ、なぜかスコップを振るっています。
「……何をしているんだ、彼女は」
「はっ。奥様は『マックスとの思い出のジャガイモを育てたい』とおっしゃり、庭師から一画を借り受けたようです」
執事の報告に、ギルベルトの手の中のペンがミキッと嫌な音を立てました。
「ジャガイモだと? 観賞用のバラを抜いて、根菜を植えたというのか。……いや、それよりマックスだ。例の男の調査はどうなった」
「……それが。国境警備隊に『マックス』という名の男は三十二名おりまして。そのうち、熊を倒した経験がある、あるいは自称している男は十二名にのぼります」
「……多すぎるだろう、マックス」
ギルベルトは苛立ちを隠さず、デスクに置かれたプロテインの袋を睨みつけました。昨日、わざわざ隣国の商人から高値で取り寄せた、最高級の筋肉増強剤です。
その日の午後。
ギルベルトは重い腰を上げ、庭にいるエルゼに「偶然を装って」近づきました。
手には、なぜかこれ見よがしに「プロテイン入りのシェイカー」を持っています。
「……ふん。エルゼ、精が出るな。そんな泥遊びよりも、私と茶でもどうだ?」
「あ! 閣下! 見てください、この土! 最高に栄養が詰まってますよ。マックスが言ってたんです、『土の良し悪しは、舐めた時の甘みでわかる』って!」
「土を舐めるな! 頼むから公爵夫人のプライドを持ってくれ!! ……それより、見ろ。これが例の『魔法の粉』だ。私が持っているものは、そのマックスとかいう男が飲んでいる安物とは格が違う」
ギルベルトは、まるで最新兵器を披露するかのようなドヤ顔でシェイカーを振ってみせました。
「ええっ! 閣下、それ……わざわざ買ってくださったんですか!? もしかして、私のために……?」
エルゼが瞳を輝かせて駆け寄ります。
ギルベルトは内心「ふっ、やはり私の方が財力も配慮も上だと気づいたか」と口角を上げました。
「……まあ、君がどうしてもと言うなら、分けてやらんことも――」
「ありがとうございます! これ、肥料に混ぜたらジャガイモがすっごく大きく育ちそうですね! さすが閣下、お目が高い!」
「…………は?」
「マックスも言っていました、『筋肉にいいものは野菜にもいい』って。これで冬にはマックスに立派なジャガイモを送ってあげられます! さあ、閣下、早くその粉を土に!」
「断る!! これは私が……いや、人間が飲むものだ! 誰がジャガイモの肥料にすると言った!」
ギルベルトの叫びが庭園に虚しく響き渡りました。
愛するつもりはないと宣言したはずの妻に、なぜか「ジャガイモの肥料を買ってきた夫」として認識され始めた公爵。
「閣下、そんなに怒らなくても……。あ、もしかして閣下もジャガイモ、食べたかったんですか? 案外可愛いところがあるんですね」
「……違う! 私は、君が、その……っ!」
「愛さない」と宣言してしまった手前、「私を見てくれ」とは死んでも言えないギルベルト。
そんな彼の苦悩を知ってか知らずか、エルゼは鼻歌交じりに、公爵が取り寄せた最高級プロテインを、惜しげもなくジャガイモの畑にぶちまけるのでした。




