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婚約破棄?よろしい、ならば裁判だ!

作者: ひよこ1号

「アダルジーザ・フォルテ公爵令嬢、君はバンビーナ・ノータ男爵令嬢に嫌がらせを繰り返していたな?その様な女性を我が婚約者に据えておくにはいかぬ。よって、ここに婚約を破棄する!」


春の夜会、学園内の小さなパーティーで、この国の王子であるアレッサンドロ・ラ・ディエズィス第一王子が言い放った。

まだ入学して間もない生徒の初のパーティーであり、高学年と低学年の交流会でもある。

一様に、目をぱちくりして皆が呆気にとられて見守る中、大声で婚約破棄を言い渡されたアダルジーザは、美しい淑女の礼を披露した。

その声は微塵も揺らぐことも無く。


「承りました」


そう一言。

うねる黒髪を手で後ろに払って、側近の令嬢達に目線で合図しそのまま、退場しようとしていた。

だが、そこにアレッサンドロの声が追いかける。


「逃げる心算か!!」


「……何を仰っておられるのやら。わたくしも冤罪をかけられて気分が悪くなったので退出いたしますわ。裁判の用意もせねばなりませんし」


その言葉に驚いたのはアレッサンドロとバンビーナ、それを取り囲む側近の男達である。

今までニヤニヤと下品な笑みを浮かべていたのが、ぽかんと口を開いているのが滑稽だ。

そんな中、数人は冷ややかな態度から、穏やかに微笑みを浮かべる顔に変わったのも、また。


「さ、裁判だと?何故だ」

「そんなに大事にしなくても良いのです。わたくしは謝罪して頂ければそれで」


アレッサンドロの質問に、横に居たバンビーナが言葉を重ねる。

立場的には不敬なのだが、アレッサンドロはそんなバンビーナを愛おし気に見つめた。


「優しいな、バンビは。それに比べてアダルジーザ、お前は全く可愛げのない」

「左様でございますか。それでは、裁判にてお会い致しましょう。ごめんあそばせ」


またもや退出しようとするアダルジーザが踵を返す前に、今度は宰相の息子であるベニート・リタルタンドが大声で得意げに言った。


「だから、バンビーナがその必要はないと言っているでしょう。謝罪すれば許すと」

「何故、そのノータ嬢に許されねばならないのでしょうか?わたくしは謝罪するような事は一切しておりません」

「いい加減にしろ、裁判まではしないと、バンビが言っているだろう!」


シン、と辺りに沈黙が落ちて、アダルジーザは流石に形の良い眉を顰めた。


「あの……勘違いをされているようですが、その権利はノータ嬢にはありませんわ。わたくしが、貴方がたを訴える裁判でございますもの」


アダルジーザの後ろに控える側近の令嬢達も、まるでゴミを見るような眼でアレッサンドロ達を見ている。

高位貴族の子女達も、同じように。


「は?な、何を言っている!?」


慌てた様に疑問を投げつけた王子に、アダルジーザは流石に残念そうな目を向けた。


「ですから、わたくしと我が公爵家に対し、この様な衆目の前にて冤罪をかけ、謝罪を要求するなど正気の沙汰ではございませんわ。名誉を穢されたのです。貴方がたの家門に対し、抗議文を送らせて頂くと共に、裁判にて身の潔白を証明した上で、この騒ぎの罰と賠償金のお支払いをして頂きますわ」


ヒュッと喉を鳴らして、彼らは表情を失った。

ここは学園だが、学生のお遊びにしては度を過ぎていたのだ。


「いや、そこまで……」


と、カルロ・リテヌート伯爵令息が喘ぐように言うが、アダルジーザは首を傾げる。


「そこまで?我がフォルテ公爵家を足蹴にしておいて、その様な事を仰いますか。貴族にとって名誉がどれ程に大切なものか真に学んでおられないご様子ですわね。これからたっぷりと味わってくださいまし。貴方がたにわたくしの訴えを拒否する権限も無ければ、許可も不要でございますの。此処にお集まり頂いている紳士淑女の皆様が貴方がたの冤罪と暴言の証人でございますれば。……では忙しくなりますので、失礼いたしますわ」


止めようと言葉をかけようとするも、何も思い浮かばずにアレッサンドロは開きかけた口を閉じた。

怒りに燃える赤い眼が、彼女の無実を証明するかのようで。

婚約者として五年も傍に居て、その様な眼を向けられたのは初めてだった。

いつも、優しく穏やかに微笑んでいる淑女だったのだ。

何故、彼女がバンビーナを害すると思ったのだろう。

婚約者で、嫉妬していたから、と何度も周囲に言われ、そうだと思ってしまった。

放心している間に、フォルテ公爵家に連なる者達は次々と無言で礼を執って会場を後にする。

それだけではない。

他の高位貴族の子女達も、彼らに続いた。


「え、何で……」


バンビーナは脅えて、大きな水色の目を瞬いた。

会場から次々と人が出て行くのを見送るしか無くて。

誰も自分達を祝ってくれる人もいない。

婚約破棄の後に、バンビーナとの婚約を大々的に発表して、嫌がらせをした悪役令嬢が謝罪して、それを許す。

そして、皆に祝福されると夢見ていたのに。


「だって、本当に、私、嫌がらせをされていたのに……」


「そ、そうだ。冤罪などではないのだから、心配することは無い」


ハッとしてアレッサンドロはバンビーナの細い肩を抱き寄せて、栗色の髪を撫でた。

その言葉にホッとしたように側近達も胸を撫で下ろす。


「いやぁ、驚きましたよ。あんな事を言い出すなんて」


そう言ったのは、商会を抱える子爵令息のカスト・ピアだ。


「どうせ強がりだろ。脅せばこちらが引くと思ってんだ」


溜息をついて頭を掻きながら、騎士団長の息子のフェデリーコ・ビバーチェ伯爵令息もめんどくさそうに言う。

だが、外務卿の息子、ジェレミア・スフォルツァンド公爵令息は冷たい微笑を浮かべた。


「ですが、嫌がらせが実際にあったとしても、フォルテ嬢が関わっていなければ冤罪なのですよ、殿下」


元気を取り戻し始めていた一同は冷水をかけられたように表情を凍り付かせる。

同じく、財務卿の息子である、フラヴィアーノ・ブリッランテ侯爵令息も追随した。


「残念ながら、ここまでです。私も殿下の側近の地位を辞したいと思いますので、ここで失礼しますね」

「ああ、じゃあ共に行こうか」


ジェレミアが促して歩き出すと、軍務卿の息子であるガリレオ・アジタート侯爵令息もその二人に無言で続く。


「お前ら、裏切るのかよ!?」


フェデリーコがそう声をかけるも、振り返った彼らの目は冷たかった。


「裏切るも何も、我々は散々止めた筈だぞ、フェデリーコ。忘れたのか?」


冷たいガリレオの言葉にフェデリーコはぐっと詰まる。


「まあまあ、いいじゃないか。私は殿下が婚約破棄してくださったお陰で、フォルテ嬢に求婚できる」

「……なっ!?お前にも婚約者がいるだろう!?」

「おりますが、彼女は正式な婚約者が決まるまでの仮の婚約者ですから。私はね、幼い頃からフォルテ嬢を愛してきたのですよ。貴方に横から奪われるまで。いや、奪われてからも彼女だけを愛してきたのです。

ですから、貴方に心より感謝を。ジーザを自由にして下さって有難う」


美しい紳士の礼を見て、バンビーナもアレッサンドロも呆然とした。

ずっと優しかったジェレミアが、他の人を好きだなんてバンビーナは思ったことも無かったのだ。

望めばパーティー同行エスコートだってしてくれた、のに。


「ふ、不貞じゃないか」

「いいえ?彼女と二人きりになった事すらありません。パーティー同行エスコートもしていないし、贈物だって誕生日にだけです。それをどう不貞と証明するのですか?貴方とは違いますよ、アレッサンドロ王子殿下」


不貞は、アレッサンドロの方だ。

今羅列された事は、アダルジーザを蔑ろにしてバンビーナに与えていたものなのだから。

側近だから、全てを知られている。

言葉に詰まった王子を冷たい眼差しで見て、三人はゆっくり立ち去って行った。

残された一団の中で、カルロとベニートは顔を見合わせて、ゆっくりと後退りその場を後にしたのである。



「お前とアダルジーザ嬢の婚約は、お前の望み通り破棄とされた。お前の不貞と夜会での暴言による有責で、だ」

「……その、裁判に、ついては……?」


恐る恐る国王に聞くアレッサンドロに、国王はため息を吐いた。


「まだ正式にではないが、通達は来ている。これを拒否する事は出来ない。内々に収めるにしても、お前の謝罪などでは到底足りぬだろう。裁判で勝てなければ、お前は廃嫡となる事は覚えておけ」

「はっ?何故ですか、何故廃嫡など……」

「高位貴族相手に冤罪と暴言、婚約破棄の宣言などして貶めておいて、何故?だと?お前は正気か?」


真顔で正気かと問われて、アレッサンドロは顔色を失くして震えた。

縋るように母親を見れば、王妃の方が数倍冷たい目を光らせている。


「公爵家が婚約者を降りると共に其方の後ろ盾からも降りるのは当然として、衆目でその面目を潰せば敵対するに決まっているでしょう。冤罪でないと証明されればよし、それでもお前が王になる事はない」

「……勝てば、向こうが悪いと証明出来るのですよ!なのに、何故」

「はぁ。教育係を処刑すべきかしら?側近達は何をしていたのかしら……ああ、止めたけど聞かなかったので側近を降りると申し出があったわね。……高位貴族を蔑ろにする王に、誰が付いてくるのかしら?答えてみなさい」


名誉を大事にする貴族が、名誉を穢す王に仕えるかと言われれば。


「でも、悪いのはアダルジーザです!」

「ねぇ、本当にそう思っているの?あの子がそんな小娘に嫉妬してつまらぬ嫌がらせをするほど馬鹿で、お前に惚れていたと、そう言うの?」

「それは、その……」


会場でも疑問に思っていた事を突かれて、漸くアレッサンドロは静かになった。

王妃は落胆を隠せずに溜息を吐く。


「お前が足りないからあの子に任せようと思ったけれど、そこまで足りない男に人生を捧げるのは嫌だわね。わたくしだって逃げると思うもの。今から、其方の個人資産は凍結します。慰謝料に足りない分は廃嫡したとしても、其方が働いて返すのよ」

「何故、負ける前提なのですか……」

「ならば勝てばいい。どんな手段を使っても良い。そこまで言うのなら裁判に勝ってみせよ」


呆れた様に、国王が突き放す。


勝てばいい。

それは罪が無くとも良いという事だ。

例え手を汚す事になろうとも、廃嫡よりはマシだ。


アレッサンドロは一礼すると部屋に向けて重い足取りで戻って行った。


「明日から証拠と証言を集めねばな……」



バンビーナは寮の部屋で震えていた。

こんな大事になるとは思っていなかったのだ。

素敵な王子と出会って愛されて、少しくらいの意地悪くらい何でも無かった。

でも、王子と結婚するには、婚約者である公爵令嬢が邪魔で。

ジェレミアに言われるまま、嫌がらせをされたと言ったのだが、アダルジーザに直接危害を加えられたことは無い。

それどころか、無関心を通されていた。

注意も文句も、言われた事がない。

それも、アレッサンドロにも皆にも言ったのだが、何時の間にかアダルジーザが悪女だという事になってしまった。

どうせあの女がやったに違いない。

それが、皆の共通認識で。

次第にバンビーナも違う、とは言えなくなってしまった。

きっと、そうねと言う内に、そうあって欲しいと願い。

その内に、そうだ、と思うようになってしまったのかもしれない。

だって、邪魔だったから。

アレッサンドロとバンビーナを結び付けるには、要らない存在だったから。

何の恨みもないけれど、ただ婚約者であるという事だけが羨ましかったけれど。

アレッサンドロの愛情はバンビーナのものだった。

他の令息達だって優しくて、贈物を沢山もらって可愛いと褒められて。

幸せな学園生活を謳歌していた。

それでも、バンビーナも貴族だから、政略結婚からは逃れられない。

今のままではいずれ誰かに、嫁ぐことになってしまう。

だから、アレッサンドロに相談したのだ。

もうあと一年で卒業だから、その前に何とかしたかった。

その結果、訴えられる事になってしまうなんて。

慰謝料なんて払えないし、今からでも謝って許して貰えるんじゃないか、なんて考えてみたけれど。

でも、そうしたら自分達が悪者になってしまう。

虐められたのは本当で。

虐められて悲しかったのも本当なのに。

でも。

無実だったら?

嫌がらせをしたのはこちらになってしまう。

他に加害者がいたとしても、アダルジーザにとっての加害者は自分達だ。

そんな事に漸く気づいて、バンビーナは震えながら涙を流した。



「漸くだ、アダルジーザ。漸く君に求婚できる」


フォルテ公爵邸の一室に、ジェレミアが通されて開口一番そう言った。

金の髪に淡い緑の瞳を輝かせる美丈夫に、アダルジーザは困った様に微笑む。


「貴方が婚約をすると言った時は、もう終わりかと思っていたけれど……」

「いずれあの馬鹿と君との関係は終わると思っていたからね。婚約者にもきちんと説明してあるし、理解してもらった上で婚約して貰ったからね」


ジェレミアの婚約者はベレニーチェ・カラント伯爵令嬢だ。

三年前から婚約しているが、その三年間ジェレミアの住まうスフォルツァンド公爵邸の離れに居住している。

彼女は生家で虐待を受けていたのだ。

その環境から救い出す代わりに、このお飾りの婚約者を引き受けたのである。

カラント家では妹が中心となって、ベレニーチェを冷遇していたという。

暴力こそなかったが、使用人同然の暮らしをしていたというのだから呆れてものも言えない。

けれど、ベレニーチェは努力を重ね、立派な淑女として成長していた。


「だとしても、救い出した貴方に思いを寄せているのではないかしら?」

「それは分からない。けれど、私が愛しているのは君だけだ。幼い日に出会ってからずっと、優しくて愛らしくて気の強い、お転婆な君が」


ジェレミアの言葉に、ふとアダルジーザの頬が緩んで少しだけ赤く染まる。


「お転婆は止めてくださいまし。もう、子供ではないのですから」

「そうだね、美しい淑女になった。ベレニーチェは修道院に行きたいと言っていたけれど、気持ちが変わっているかもしれないから、新たな希望を聞いてみるよ」

「もし、お嫌でなければ侍女として雇い入れても良いですし、信用できる方との縁を手配する事も可能でしてよ」

「話してみるよ」


話が一旦落ち着いたところで、公爵とアダルジーザの兄、ファウストが部屋に入って来た。

ジェレミアもアダルジーザも立ち上がって出迎え、共に座る。


「ジェレミア殿、早速だが貴殿からの婚約の申し出はアダルジーザが了承すればお受けしよう」


そう言って公爵は娘に視線を当てる。

アダルジーザは背筋を伸ばして頷いた。


「謹んでお受け致します。ですが、瑕疵のなきよう双方の婚約破棄と解消の手続きが終わり次第、改めて婚約をしたいと存じます」


娘の言葉に重々しく頷き、公爵は胸元から書簡を机の上に滑らせた。


「こちらの婚約破棄については、アレッサンドロ王子の有責にて既に成立している」

「私の方も滞りなく済みましてございます」


ジェレミアも従者から書簡を受け取り、机の上に置く。

婚約時に約束を交わした上で作成した書類に、ジェレミアとベレニーチェの署名サインも入っている。

公爵はその書簡に目を通し、一つ頷いた。


「では、これを今から貴族院に提出しておこう。新たな婚約については良き日を選び、整えよう。出来るだけ早く、な」



裁判の日に向けて、アレッサンドロは側近達と話し合う事にした。

当然ながら、側近を辞した三人はいない。

そして、何故かカルロとベニートも姿を現さなかった。

王子とその側近は、皆揃いも揃って「裁判に勝てなければ廃嫡」と言い渡されている。


「証拠を、集めなくてはならない」

「分かっています。僕達も大変な事になりました」


苦々しい顔のアレッサンドロに、憔悴したカストが呟く。

婚約者からも抗議と、今までの婚約に対する姿勢から解消したいという申し出があり、受けざるを得なかった。

何しろ、バンビーナに夢中になって蔑ろにしていたのは本当だ。

フェデリーコも苛々したように、腕組みしながら文句を言う。


「とにかく、何でもいいから裁判に勝ちゃいいんだろ?」

「そうだ。だから、お前達に頑張ってもらうしかない。私が生徒達に聞いて回る訳にはいかぬからな」


アレッサンドロは随分と寂しくなった生徒会役員と雑用係を見遣る。


そうして数日が経ったが、思うようにアダルジーザとバンビーナの接点が浮かばずにアレッサンドロは頭を抱えた。

校舎がそもそも違うのだ。

最高学級(クラス)は特別棟という場所にあり、そこから出ると食堂や中庭がある。

だから、人目を避けて一般学級(クラス)の教室に行く事すら出来ない。

寧ろ、一般学級(クラス)でアダルジーザを見た者すらいないのだ。

中庭の周囲にある共有領域(スペース)の食堂や喫茶室カフェテリアで見かけたことがある、程度。


「バンビーナはアダルジーザに言葉をかけられた事はないのか?」

「ありません……」


前々から接点はない、と言っていた。

その言葉にアレッサンドロは落胆する。

幾ら偽の証言をさせるとしても、バンビーナがしていないことを証言させるには無理がある。


「それに、いつも王家の護衛や監視がついていたのでは、無理では……、と」

「そうか、それだ!そちらは私が調べておこう」


王家が遣わした護衛ならば、アダルジーザの嫌がらせの証言に使える。

悪意のある笑みを浮かべたアレッサンドロに、カストもフェデリーコも頷く。


「では、こちらもバンビーナの虐めの内容に合わせて証言を頼める人間を探しておきます」

「え、でも……」


それは、冤罪では?


不安そうに言葉を呑み込んだバンビーナに、アレッサンドロは優しい目を向けた。


「バンビーナは優しいな。けれど、裁判には勝たなければならない。君を傷つけた犯人たちは別途必ず追及する。けれど今は、裁判の為の準備をしないと」

「………はい」


バンビーナもそれ以上逆らう事は出来なかった。

失くした小物が捨てられていたとか、教科書が隠されていた事とか、細かい嫌がらせを思い出しては伝えていく。


「きっと、アダルジーザ本人ではなく手の者にやらせたのであろう」

「だったら、やったという人間がいれば」


ニヤリ、と男達は顔を見合わせて笑った。

バンビーナは脅えながらそれを見ている事しか出来なかったのである。



アレッサンドロは城に戻ると、早速、登城している王家の護衛を数人呼びつけた。

彼らはアダルジーザに付いた事がある護衛達だ。


「裁判の事は聞き及んでいると思う。そこで諸君らにはアダルジーザの罪について証言してもらいたい」

「……罪?にございますか?」


騎士達は眉を顰めて、お互い目を見交わした。


「うむ。彼女はバンビーナに嫌がらせを行っていたのだ」

「…………」


それは既に決定事項で、証言の強要に他ならない。

一人の騎士は前に進み出て、毅然とした態度で言った。


「フォルテ公女は素晴らしいご令嬢でした。幾ら王家の命といえど、偽の証言などしてその名誉を傷つける事は騎士道に反しますれば、お断りをさせて頂く」


ビシリと威圧的な態度と共に言われれば、アレッサンドロは先程までの余裕を失くした。

引き留める間もなく、彼は部屋から出て行く。

もう二人、軽蔑した眼差しをアレッサンドロに向けて、彼の後に続いて部屋を出て行った。

残ったのは一人。


「殿下。あの者達の態度をお許しください。ですが、我々はお護りする相手に敬意をもって仕えております。今の殿下のお言葉はその清廉な志に、泥を塗るようなものでした。残念でございます、殿下」

「あ……」


最後の一人も、騎士の礼を執ってから部屋を出て行く。

王子の命令だと言えば、言う事を聞くものだと思っていた。

けれど。

言外に嘘を吐け、と強要した。

一人の淑女を陥れる手伝いを、しろと。

当然ながら、応える騎士もいなくはないだろう。

だが、全員がそうかと問われれば、そんな悪辣な者は一握りだ。

為政者として、彼らに仕えて貰う側としては有難いが、今は。


「ぐっ……」


アレッサンドロは初手から間違えたのだ。

誰もが思い通りに動くわけではないし、しかも無償で動く人間となれば相当親しい間柄でないと無理である。

金を積むにしても、資産は王妃によって凍結されていて。

それ程信頼関係を築いた騎士もいなければ、護衛騎士達などに詳しくもない。

誰が自分の意を汲んでくれるのかすら。

なのに、彼女は確かに護衛達の心を掴んでいた。


「アダルジーザ……!」



同じく、カストやフェデリーコも難航していた。

裁判で虐めを告白をするなど、誰も喜んではやらないだろう。

自分の家門の名誉を下げる事になるのだから。

証言だって、偽と分かっていて言うのは憚られる。

けれど、そちらはまだいい。

善意の第三者として、金を握らせれば偽証しないことも無い人間はいる。

でも肝心の『アダルジーザに命じられて、バンビーナに嫌がらせをした令嬢』は、いない。

いないから作り出そうとしても、誰も引き受けない。

カストもフェデリーコも、バンビーナに群がる他の男達も既に婚約は解消されている。

そのせいで証言を頼める令嬢がいないのだ。


「没落令嬢に頼むか」

「ああ、あの……」


思い当たるのは家が貧乏だと言われている、カルマート子爵令嬢のメラーニア。

顔を見合わせて、善は急げとばかりに二人はメラーニアの許へと急ぐ。


「いいですよ」


訳を話せば拍子抜けするくらいあっさりと、彼女は応じた。

最初から金を渡す約束ならば、こうも簡単だったのかと二人は肩を大きく下げたのである。


「でも、きちんとお金は頂きたいので、誓約書に署名サインを下さい」


メラーニアは慣れた様にさらさらと紙にペンを滑らせて、二人にその紙を向けてペンを渡す。

彼らの言う通りに証言するので、提示した金を払うという、簡単な物だ。

困るような内容は書かれていないので、二人ともさっさと署名サインを済ませる。


「裁判前に前金を半分、銀行へ振り込んで下さい。貰った貰わないで揉めるのはお互いの為になりませんから」


極めて事務的に言うと、メラーニアは銀行の口座の書かれた紙片をカストに渡した。


「あ、ああ、分かった。君はその……手慣れているのだな」

「まあいろいろと、手広くやらせて頂いてますから。では」


そそくさと離れて行こうとするメラーニアをフェデリーコが呼び止めた。


「おい待て。話をもっとしないと」

「それなら文書にして渡してください。一緒に話している所を見られたらあまり宜しくないでしょう」


そう言って周囲を見れば、聞こえる範囲ではないが人はいる。

証言を頼んだと言い訳もできるが、結託していると思われるのは不味い。


「分かった。後で届けさせる」

「はい。では」


静かに手早く淑女の礼を執って、メラーニアは立ち去って行った。

何とかなった、と安堵したカストとフェデリーコは、アレッサンドロに朗報を抱えて学校を後にしたのである。



迎えた裁判の日。

余裕を得て、婚約破棄の時に見せたニヤニヤ笑いを浮かべた一団の前で、アダルジーザがとんでもない事を言い出した。

裁判官が偽証についての罪を説明したところ、その罪の重さを変えたのだ。


「もし、わたくしを陥れんが為に偽証をする者が居たとして、それを教唆する者を含めて処刑にして頂きたいと存じます。貴族制度の身分差に従って、わたくしより爵位の下の者が行った場合という制限付きで構いません」


制限になっていない。

王族以外は処刑と言っているも同じだ。


「ふむ、確かに。重罪ではあるが……」

「それに、これは嘘を吐く事の抑止になりますので、正直に誓いのまま、事実だけを証言すれば誰も処刑になどなりませんもの」


ちら、と裁判官が王に目を向ければ、国王は鷹揚に頷いた。

ここで拒否をしてしまえば、国王自ら嘘を許す人間だ、という事になってしまう。


「特例として認めよう。この裁判に於いて、偽証をした者とそれを唆した者は双方、処刑とする」


待ってくれ!と言いたい気持ちをアレッサンドロはぐっと抑えた。

言ってしまえば、画策した事が相手に伝わる上に、国王が頷いた後である。

王子が何を言ったとして国王の権限の前では塵に等しい。


「で、殿下……」

「これはまずいんじゃねーのか……」


カストとフェデリーコが脅えた様に言うが、もう引き返せない。


一番目の証人はダミアーノ・コモド男爵令息だ。


「真実のみを語る事をここに誓約いたします」

「君は、バンビーナ・ノータ男爵令嬢がアダルジーザ・フォルテ公爵令嬢に虐げられている所を目撃したか?」

「いいえ、見ていません」

「では、何を見たのか説明をしたまえ」

「何も見たことはないし、知りません。ただ、アレッサンドロ殿下の命にて、フェデリーコとカストに証言をするように頼まれただけにございます」


「う、嘘だ!」

「静粛に」


耐えきれずに叫んだフェデリーコに、裁判官が注意を与える。

冷たい視線を、被告の一団に向けて裁判官は低い声で言った。


「裁判の進行を妨げるようならば、法廷侮辱罪としてここから出て行ってもらう事になる」


二番目の証人は、メラーニア・カルマート子爵令嬢だ。


「真実のみを語る事をここに誓約いたします」

「君は、バンビーナ・ノータ男爵令嬢をアダルジーザ・フォルテ公爵令嬢の命令に従って虐げたか?」

「いいえ。ノータ嬢に近寄った事もございませんし、アダルジーザ様に命じられた事もございません」

「では、何故証人として立ったのか、聞かせて貰えるかね」

「はい。偽証の依頼がありましたので、それを証言する為です。ピア子爵令息とビバーチェ伯爵令息の署名サインもある書類と、銀行口座に振り込まれた証明書、それから偽証の内容について書かれた手紙を証拠として持参致しました」

「ふむ。見事な……完璧な証拠と証言ですな。裁判官。これを証拠として提出致します」


何も言えないまま、一方的に裁判で偽証を強要した事が暴かれた。

裁判が始まった時ににやけていた顔は、蒼白になってガタガタ震えている。

処刑とならないまでも、アレッサンドロも廃嫡目前だ。

父に目を向ければ、冷たい目で見下ろされて、アレッサンドロの胸に絶望が広がっていく。

今はもう何故、この状況で安心出来たのかも分からない。


「しょ、処刑なんて嫌だ……」


ぶるぶる震えながらカストが呟いた。

しかし、何か思いついたように、そうだ、と言うとカストは声を張り上げた。


「我々も、殿下に強要されたのです。望んで教唆した訳ではありませんっ!」


死を逃れたいがために、主人を売ったのである。

だがフェデリーコもそれに続いた。


「本当はやりたくなかったけど、仕方なく。フォルテ嬢を犯人とする証拠が見つからなかったから…」


浅ましい二人の言い訳に、アダルジーザが挙手をして発言を求める。


「発言をお許し頂けましょうか」

「どうぞ、フォルテ嬢」


席を静かに立つと、国王夫妻に敬意を払うように淑女の礼を執った後で、アレッサンドロ達の方に身体を向けた。

アダルジーザは悲し気に見える顔で穏やかに言う。


「あの場で罪を認めて、謝罪してくださったのならわたくしもここまで致しませんでした。けれど、今無実を主張したお二人は、あの場で笑っておられましたね。貴方がたの元から離れたスフォルツァンド公爵令息、ブリッランテ侯爵令息、アジタート侯爵令息からは正式にその日の内に謝罪を戴いております。殿下の暴走をお止めする事が叶わなかった、と。翌日にはリタルタンド侯爵令息とリテヌート伯爵令息からも正式に謝罪を戴いております」


静かに指摘されて、カストとフェデリーコは言葉を失った。

去っていく三人に対して、彼らは裏切り者と罵声を浴びせたのだ。

そして二人は、翌日から生徒会の集まりに顔を出さなくなっていた。


「今更殿下だけに罪を負わせようとするのは無理がございます事、ご自分でも分かっていらっしゃるでしょう。それと、殿下」


真っすぐに美しい宝石のような赤い目で見つめられて、アレッサンドロは分からなくなった。

何故この美しく賢い令嬢を、自分から捨ててしまったのか。


「わたくしは殿下をお支えする為に傍に置かれていただけで、お慕いしていた訳ではございません。穏便に解消を申し出て頂ければ宜しかったのに、何故あのような事をなさったのでしょうか。わたくしがノータ嬢に嫌がらせをする理由は何でございましょう?」


静かに淡々と問われて、アレッサンドロは改めて考えた。

何時の間にか、疎ましいと感じていたのだ。

優秀で美しい婚約者だから?

自分とバンビーナの恋に邪魔だから?

アダルジーザは常に一歩引いて、距離を置いていたのに、何故か。


「………分からない。其方を憎んでいた訳ではないのに……」


ぽつりと零れたアレッサンドロの言葉に、アダルジーザは静かに微笑んだ。


「分からないのであれば、殿下はやはり為政者に向いていないのでございます。恋する女性と静かな生活をお送りになられませ」

「私が分からぬのに、其方には分かっているのか……?」


優秀と凡愚。

そこには霄壌(しょうじょう)の差が横たわっている。

だが、彼女は穏やかに微笑んだ。


「わたくしは最初から答えを知っていただけに過ぎませんもの。殿下が気づかぬのも無理からぬ事にございますので、お気になさいませんよう。殿下の罪に対する罰は、陛下の決定に従う心算にございます。わたくしは、殿下のお側にいる間はお支えするつもりで万事学んで参りました。もう二度とわたくし達の道は交わる事はございませんが、どうぞ、御元気であらせられますよう」


最後まで、穏やかに優しく語られて、何故、という疑問がぐるぐると頭の中に浮かんでは消える。

だが、ようやっとアレッサンドロは言葉を紡ぎ出した。


「君も、元気で……」


混乱するアレッサンドロを見て、ちらとアダルジーザはジェレミアを見れば、その一瞬だけジェレミアは口角を上げて見せた。

表面的には穏やかな笑みだが、そこには毒がある。

何もジェレミアは手をこまねいてアダルジーザが他の男に仕えるのを見ていただけではない。

薄らと毒を飲ませ続けて、アレッサンドロの道を逸らしていったのだ。

言葉という毒、態度という毒、嘘に欺瞞を重ねて、そうと気づかれないように。

親友の二人、ガリレオとフラヴィアーノは加担せずとも黙認していた筈だ。

幼い頃求婚されて、年頃になって婚約をという話になった時、両家が結び付くのを嫌った王家が差し止めて、王命によって結ばれたのがアレッサンドロとアダルジーザの婚約である。

だからこれは、ジェレミアにとっては王家へ対する復讐でもあった。


王家に仕え意向に従いながらも、意に染まぬ事を強要すればそれなりの報復をする。

国王夫妻が気づいているか否かは定かではないが、再び持ち上がった両家の婚約は今度こそ認めるしかないだろう。

よりにもよって王子が主導しての冤罪事件を婚約者に対して行ったのだから。

少なくとも、アダルジーザにとっては幸せな結果である。

「悪い人」と言葉にせず唇だけで形作ってアダルジーザは微笑んだ。


最終的に、アダルジーザの嘆願によって命を奪われる事は無く事件は終幕を迎える。

アレッサンドロは王位継承権を剥奪された上で、子爵位を賜りバンビーナと婚姻を結んだ。

辺境の領地で一生、二人はそこから出る事は許されない。

バンビーナの周囲に群がっていた男達は、フェデリーコとカストを筆頭に、鉱山奴隷として死ぬまで働くことを余儀なくされた。

一度死ぬかもしれないと恐怖した身では、恩情として有難く受け取るしかなかったのである。

そして、アダルジーザとジェレミアは目出度く結婚し、次代の王を支えながらもその権力を確かなものにしていった。

普通は冤罪だって分かり切ってたら戦うよね、という話。ちなみに相手が用意した偽証の二人はアダルジーザの仕込みではないです。登場予定だった本来の黒幕(いじめの主犯)に証言してもらおうとしてたのに、奴らが自滅したせいで出番がなくなりました。

腹黒ジェレミアの仮婚約者目線も書いたので、後日アップ予定です。

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王子とバンビの罪は、婚約破棄と最初の冤罪のみ→臣籍降下

側近達の罪は、格上の地位の者への更なる冤罪、偽証教唆の実行犯なので廃嫡&奴隷落ち

ジェレミアがやってたのは、王子のアダルジーザへの好意を断つ事。

バンビの恋を応援する相談役。

虐めも扇動にも関わってないです。アダルジーザの評価を下げる事はしません。

作中でも友人達が言ったように、忠告はしてます。止めてないですが。

ご意見ご感想いつも、ありがとうございます!多謝ひよこ

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― 新着の感想 ―
この後の国は荒れそうですねぇ。 二つの大家が結びつくことを危惧した国王の判断が誤りとは言えない。 アレッサンドロがやらかさず、ジェレミアの策謀を躱せていたら勢力の拮抗を正しく生み出せていたのでしょうか…
バンビがいじめられていたこと自体は冤罪でなく実際に行われていたようだが、これは策略でなく、第三者がものしらずで目障りな下級貴族に嫌がらせしていた、でいいのかな。
ジェレミアが一番悪いのに何故この結末なのか少し考え込みました。アレッサンドロに関しては完全に自業自得ではありますが、バンビは実質ジェレミアに唆され陥れられたわけなので可哀想に感じました。そしてアダルジ…
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