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第四話 「団長は甘いもの好き?」

 団長と副団長の執務室は、近衛騎士団庁舎のそれぞれ3階と2階にある。


 そして団長の執務室こそ、副団長のセラフィアですらほとんど入ったことのない、未知の空間だった。


「はい、確かに受け取りました」


「副団長、いつもありがとうございます」


 入れ替わり立ち替わりにセラフィアの部屋、もとい副団長の執務室に小隊長がやってくる。


 そこで受け取るのは各員の練習報告書。


 セラフィアは眼鏡をかけて一枚一枚に目を通す。


 団長に渡る以上は不備があってはならないから──とは言うものの、実際には団長の確認作業を少しでも減らすためだった。


『帰還後の訓練で騎士団の実力、士気共に旺盛であります。次回の遠征では若手の近衛騎士が中心となって活躍し、それを我々熟練が支援するように──』


 王都にある大聖堂の鐘が鳴る。


 いつもなら、この時間に団長が書類を取りに来てくれるのだが──


「団長、来ないなぁ」


 頬杖をついたセラフィアは、少しも動かない扉と目の前の書類を交互に見ていた。


 眼鏡を外してまた報告書へと目を落とす。


 元々視力はいい。それなのに眼鏡をかけるようになったのは、団長が眼鏡をかけて事務作業をしているのを知ったから。


 ……その姿を見たことは()()ないが。


「そうだ! なら、私が行けばいいのでは?」


 団長が取りに来る手間を省けて、なおかつ団長の眼鏡姿を見られる絶好の機会。


 ザッと立ち上がった。それから報告書の束を小脇に抱え、ついでに差し入れの麻のお菓子袋を持つ。


「団長の眼鏡すがた〜ふふっ楽しみ♪」


 口ずさみながら階段を駆け上がる。


 近づくにつれて胸の鼓動が大きく、早くなった。


 ──団長に会いにいくだけで、こんなに楽しくなっちゃうだ。


 団長の執務室の重厚な扉が目の前へと現れる。そしてその扉は若干開いており、隙間から夕陽が漏れていた。


 微かな空気の動きを感じる。


 確かに今、団長は座って何かをしているのだ。


(甘い香りがするのは紅茶かな。団長よく飲んでたし)


 団長に気が付かれないよう、そっと中を覗き込む。


 重厚な扉の奥は書類が整然と並ぶ机と、それを取り囲むように配置された本棚のある部屋だった。


 そしてその中で、数人で切り分けて食べるホールケーキを頬張る団長の、ひとりの少女の甘々な姿があった。


 一口ひとくちは小さくても、その手は止まることなくクリームの塗られたケーキを崩していく。


 少女は左手を頬に当てて、今にもとろけ落ちそうな頬っぺたを支えていた。


 団長がケーキ食べてる──


(……可愛い。可愛すぎます!)


 セラフィアも騎士団に入る前はよく弟に手作りのお菓子を食べさせていた。その時の弟の顔も幸せで包まれていたが、今の団長は、それすら比にならないほどに表情が溶けている。


 しかも『氷姫』と呼ばれるほど表情の固いネイト団長なのだからなおさら。


 心臓の拍動が強くなって、しばらくまばたきをすることも忘れてその光景に見入っていた。


 ひとくち、また一口と口いっぱいにケーキを頬張り続けている。時折り「ん〜」とか「おいひい」とか、聞いたこともない女の子の声を上げながら。


 ──今ノックしていきなり入れば、団長の慌てる姿が見られるのでは?!


 そしてこの考えの是非を心に問う前に、セラフィアの拳は勢いよく扉を叩いていた。


 コンコンコンコン!


「ひゃ、ひゃい?!」


「セラフィア・ロトリアルスです」


 室内からはガタゴトと急いで何かをしている音がする。と同時に、セラフィアの鼻をケーキの甘い匂いがくすぐった。


 ……団長、息遣いが荒くなってる。


「ど、どうぞ!」


 口角が吊り上がるのを必死に抑えて、セラフィアは扉を開けた。


 そこにはいつも通りの凛とした姿の団長……なのだが、鮮やかなピンク色の薄い唇の下に、少しクリームがくっついていた。


「ええと、副団長。珍しいね」


 あくまでも淡々と話す団長。だが、その白いお顔に、より白いクリームが輝いているのだ。セラフィアは何もついていない自らの唇を触ってみる。


「はい。本日の訓練報告書が集まったので」


「すまない。ケ……少し食事をとっていたんだ」


 言葉を濁す団長の手が、居場所のなさそうに机をなぞる。


 その様子がまた愛おしいのだが、セラフィアもそろそろ限界を迎えそうだった。


「団長っ……そのぉ、お口元にクリームが……」


 指摘の瞬間、セラフィアは団長から目を逸らしてしまった。堪えきれず、くすくすと笑いが漏れ出てくる。


「?! ……コホン! ふ、副団長、これはその──」


「か、可愛かったですよ! 団長も甘いものがお好きなんですね!」


 ピューっと首まで上気させた団長は、その瞳も赤く染めていた。


「セラフィアの馬鹿! 報告書を置いたらすぐに出て行って!」


 駄々っ子のように声を張り上げる団長。


 セラフィアは内心で可愛いが止まらなかったが、とりあえず差し入れと報告書を机に置いて素早く外へ出た。


 扉の前で、胸に手を当ててみる。


「……どうしよう。まだドキドキ、止まんない」


 扉の奥にいる団長の顔が、頭から離れなかった。

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