日常生活異常なし
一瞬、木刀が視界から消えた。次の瞬間、左脇に鋭い衝撃と鈍い痛みが走る。
「うっ…!」
たまらずその場に膝をついた。
「ちょっと、ギー! みっともないわよ! これで次期当主? こんな木偶の坊なら、アタシが当主やった方がマシね!」
俺を叩きのめしたのは姉貴のクレイだ。男勝りの性格に、剣の腕も力も並の男じゃ敵わない。
もっとも、勉強や舞芸はからっきしだが。そんな姉貴の攻撃をモロに食らったら、どうなるか?
答えはシンプル。めっちゃ痛い。
打たれた瞬間はまだマシだったが、時間が経つにつれ痛みがジワジワ増してくる。脇腹が熱く、まるでそこに別の心臓ができたみたいにドクドク脈打つ。痛みが波のように押し寄せてくる。
「ねぇ、ギー! いつまで丸まってんの? そんなに強く叩いてないわよ。骨は折れてないって! …ホントに痛いの? ほら、ほら!」
信じられないことに、クレイは俺の脇腹を木刀でつついてくる。
「大袈裟なんだから! ほらさっさと立って!」
そう言うと、クレイはさらに強く突いてきた。
「わかった、わかった! やめてくれ…!」
このまま蹲ってたら、まるで子供が虫を棒で嬲り殺すみたいにやられてしまう。
俺は必死に力を振り絞り、木刀を地面に突き立ててなんとか立ち上がった。
「ほら、立てるじゃない! ホント、大袈裟ね!」
このままじゃマジでやられる…逃げるしかねえ!
「へへ、それは…すいませんでした……… じゃっ!」
「あっ待って! まだ訓練終わってないわよ!
…まだ試してない新技があるのに…」
そんな物足りなさそうに言われたって、そんなのに付き合っていたら体がいくつあっても足りやしねぇ。
必死に走ったら、なんとかクレイから逃げ切れた。
「ハァ、ハァ…マジで死ぬかと思った…」
ふと後ろを振り返ると、ファケマルとアデマールが近づいてきた。
この二人、俺の直属の部下だ。ファケマルは槍一本でのし上がった武辺者で、アデマールはいつも冷静に頭を働かせて俺に知恵を貸してくれる。
「いやぁ、いい感じにやられてたな、坊!
なぁ、アデマール?」
「確かに。ですが、次期当主ならもっとしっかりしてほしいものです。聖地を守る役目は我々に課せられているのですから。」
「おいおい、そう硬く言うなよ! 俺は知ってるぜ、大将に必要なのは力じゃねえ、頭だ!」
「さすがファケマル、インテリですね。」
「インテリ? いんてり…お、おう! そうだ、インテリだ!」
…コイツ、絶対インテリの意味わかってねえな。