平行世界
「この中があなたの部屋ですよ。」スロンが指さしたのは鉄製のドア。そこに「606号室 空き部屋」と書かれている。
同じ階には似たような部屋が20くらい並び、それが5階あるマンションのような場所だった。
だが俺は一抹の不安を覚える。入り口のドア間の間隔がかなり狭い。部屋は狭いのではないだろうか。
「ドロシーさん、カードありますか?」とスロンが近くにいた社員寮管理人のドロシー婆さんに尋ねる。この婆さんの見た目を一言で表すのであれば、まさに「魔女」だ。この美術館の支配人は魔女らしいが、彼女は妖精の類だろうと俺は疑っている。それくらい美人なのだ。だがこの婆さんはまさしく魔女だ。この婆さんにない魔女要素は、三角の帽子と箒だけだ。それを除けば外見は完全に魔女である。黒いローブを羽織り、鼻が曲がっている。そしてボサボサの白髪。
婆さんは頷いて金ぴかのカードを取り出してドア横のタッチパネルに当てる。
そして次の瞬間、俺は驚くことになる。
無機質な鉄製のドアとコンクリート製の壁に似つかわしくない部屋が現れたのだ。まず壁は木製。ログハウスのような内装であった。奥には金の装飾がされた大きな暖炉があり、その横には薪が沢山入った箱が置かれる。手前には大きな肘掛椅子がある。緑色の大きなクッションがその上に乗っている。その椅子と背中合わせに置かれているのは、これまたふかふかのソファだ。ソファの前には重厚な大理石のテーブルが置かれていた。中央にりんごやぶどうが盛られた籠が置かれる。
「浴槽はこちらよ。」とドロシー婆さんは言い、先に立って部屋の奥の木製の扉に向かう。この扉もおしゃれなデザインだ。表面にドラゴンや騎士、天使らしきものが彫られている。
そして俺はまたもや混乱することになる。
何と婆さんがドアを開けた向こうには、木のベランダに置かれたバスタブとハーブのようなものが入った半透明の石鹸が入ったコップが見えた。だが俺の記憶が正しければ、このマンションの裏はすぐ美術館の壁になっていた筈だ。それによく考えたらまだおかしなことがある。部屋は見かけの割に広すぎる。外からみたあのドアの間隔だと、ありえないくらい広い。それに部屋に差し込むこの光は何だ⁉天窓があるようだ。だがここはマンションの3階。上にあと2階ある筈だ。上の部屋を貫通でもしない限り、天窓は作れない筈だ。
混乱する私をあの美青年、スロンは微笑んでみていた。「ああ。社員寮の説明がまだでしたね。まあベランダに出てみて下さい。」彼の言う通りに俺はベランダに出た。
するとありえないことに、目の前は一面に広がる丘とその奥にある森の風景が広がる。「これは・・・」俺は目をこすってもう一度見てみる。だがあいかわらずの絶景が広がる。「そう、ここは平行世界なのですよ。」とスロンは何でもないことのように言った。だが俺は頭の整理が出来ず、情けないことにへたりこんじまった。「へ、平行世界?」「ええ。後ろを見てごらんなさい。」そう言われた後ろを見た俺は、しかしもう驚かない。そこにはマンションのような建物ではなくログハウスが建っていた。俺とスロン、ドロシー婆さんは今ログハウスのベランダにいるのだ。これくらいこの美術館の敷地内では普通のことなのだと俺は理解した。
「このマンションの一つ一つの部屋はそれぞれ別の世界に繋がっているんだけどねえ、今空き部屋は限られていてね。あんたの部屋は小さいサイズでごめんよ。」とドロシー婆さん。「高級なタワーマンションや城のような部屋もあるんだけどねえ、平行世界の森の中なのよこの部屋は。」