里恵の歴史書三
文庫本というのは、これほどまで面白いものなのかと、感動したのでした。感銘を受けたとも言えるのでしょうが、言葉遊びや外連味を込めて言うのではなく、本心から、そう感じたのです。小さなことで、これだけ心が動かされるのですから、あの頃の私は幸せ者だったのかもしれません。それからというもの、私は沢山の書物を読み漁りました。何から何まで、内容にこだわりはありませんでした。乱読派だったのでしょう。言葉や文章の神秘に触れていると、私は次第に、自ら執筆をするようになりました。作成した本はこっそり、魔女の目に触れないよう、市場のフリーマーケット売り場に、値段をつけて売っていました。私が姿を晒すのはリスクがあるため、無人販売という形で、本を売りました。その影響もあってか、ある日、雑誌を流し読みしていると、私の小説が載っていたのでした。
『フリーマーケットに現れた期待の小説家! その正体は!』
という大きな見出しで紹介されていたのです。売り場に出したのは十数冊で、環境的に印刷もできないため、全て手書きの手作りでしたが、ある層に刺さったのでしょう。それに目をつけた雑誌の編集者が記事にした、という流れなのでしょうが、全ては推測の域をでません。どうであれ、これは私にとって絶好の機会なのでした。実を言うと、私は社会に出るタイミングを狙っていたのです。魔女の世界から排除された私は、居場所を失っているも同然でした。そのため、周りの魔女からしてみれば格好の的。いいサンドバックですね。ですから、社会に溶け込み、私の居場所を作ることで、彼らの追跡の目を誤魔化そうといった魂胆です。とはいえ、この雑誌を編集した人へ連絡する手段はなし。待ちに出て、公衆電話を使うしかなさそうですが――――
「こんにちは」
考え事をしていると、後ろから、聞き覚えのある声が聞こえるのでした。
「ドアから入って来てもらってもよろしいですか」
声の正体は、私の母でした。
振り返らずとも、気づいていましたけれど。久しぶりに顔を合わせましたが、前とはすっかり変わって、やつれていました。けれど、その目には相変わらず、恐怖と憎悪が入り混じっており、鋭い眼光で私を見つめるのです。
「私たちがあなたをこの山から出さないよう、結界を張ったと言うのに。お前は……」
「私にも事情はあるのです。あなたにもあるように。危害を加えるつもりはありません。それに、いつまで私にかまけているのですか。力を使う気も、あなたたちの世界に戻る気もありません。理解していただけたのであれば、私のことは放っておいていただけると助かります」
母は血が出るほど唇をかみしめ、言葉を吐き捨てるのでした。
「あなたは、絶対に、苦しんで死ぬことになる。地獄を見るでしょう」
そうですか。
そう一言だけ告げて、私は家を後にするのでした。




