里恵の歴史書二
そんな私を恐れた母は私を幾度となく殺そうとしていました。実際に私の母がそう言っていたわけではないのですが、人の殺気というのを私は肌で強く感じることができました。自身へ向けられる敵対心や危険に敏感だったのです。
ある日の夜、記憶が正しければ私が十三の頃です。母が包丁を両手で持ち、私の寝室へ侵入してきた時、母の強い殺気で目が覚めました。しかし、目を覚ました時にはすでに母が私の上にまたがり、包丁を振りかざそうとしていました。驚いた私は咄嗟にそれを阻止しようと、枕元においてあった本を浮かせ、重力魔法で加速させた後、母へとめがけて放ったのです。力の小さな魔女が、その威力に耐えられるはずもなく、本に押し出されるようにして母は襖を突き抜け、隣の部屋まで吹き飛びました。咄嗟の行動だったので、威力の調節ができず、母はかなり痛がっていました。心配に思った私は、うずくまってお腹を抱える母の肩に手を差し伸べたのですが、母は勢いよくその手を叩きはらい、恐ろしいものを見るような目で私を凝視しました。昔、とてもやさしく握ってくれた私の手を叩いたのです。
私は誰からも愛されていませんでした。結局、母の愛も私だから注いでいたのではなく、天才の魔女だからというのが理由だったのでしょう。
私である必要は微塵もなかったわけです。
この出来事がきっかけとなり、以来、私のことを血の繋がっている魔女同士で結託し、襲うようになりました。学校の帰り道、寝込み、買い物、いつどのような状況でもあの人たちは私を殺そうとしました。
方法は様々です。
包丁で切りつけようとしてきたり、罠を仕掛けようともしてきました。仕舞いには道を陥没させ、地の底へ私を落とそうともしました。魔法の行使はしたりしなかったり、おそらく、殺し方なんてどうでもよかったのでしょう。しかし、私は現在も生きています。それが事の顛末を表しているでしょう。その殺害計画の全てが失敗に終わってしまいました。失敗に終わったというより、私があの人たちから逃げるように、母の家で寝泊まりすることをやめたのです。
私はうんざりしていました。
どの道、様々な方法や工夫を試行錯誤し、実行したとしても未来が見える私をそもそも殺すことなんてできなかったのですが、とはいえ、殺意を向けながら生活するというのは疲れるものなのです。
私が十四になった年に家を抜け出し、元住んでいた家からそこそこ離れた山の奥に拠点を構えました。魔法でこぢんまりとした小さなモダンの家を建てたのです。ここから私の新たな人生が始まる予定でしたが、事はそれほど順調にいきませんでした。家を変えてからすぐ、私を殺そうと試みてきた魔女たちが、居場所を特定したのです。そして、殺害することはもう諦めたのか、何十人という魔女を集め、大規模な結界を張ったのです。私がある一定の範囲から出られないようにする結界でした。正直、私からしてみれば、そのような結界を破壊するのは容易なことで、例えるなら紙切れ一枚を破くような感覚です。しかし、私はその結界から出る事なく生活することにしました。それであの人たちが襲ってこなくなるのであれば、私はよかったのです。
それからは何も騒動を起こすことなく、ひっそりと一人で暮らしていたのですが、十四で一人暮らしというのは中々大変でしたし、暇を持て余すこともしばしばありました。ですので、私は近くにポツンと建っている古びた書店に行き、本をたくさん買占めました。時間を潰せるものであれば正直どんなものでもよかったのですが、お手頃価格でなお、入手しやすいものといえば本ぐらいだったので、とりあえず、私は買える分だけの本を買い占めました。そして、その本は買った次の日に読むこととなったのですが、私はとても強い衝撃をうけました。
私は実のところ本を読んだことがなかったので(魔女伝や魔導書、魔法に関する書物は昔から散々読み漁りましたが、小説たるものは読んだことがありませんでした。理由は家の方針で外界の書物は読ませてくれなかったからです)、初めての小説を読書したわけですが、その内容は私の心境が変化するほどの衝撃でした。普通に育って普通の暮らしをしてきた人からすれば、その内容に衝撃をうけることもなかったと思うのですが、私は魔女ですので普通の人ではありません。タイトルはもう覚えていませんが、その内容だけはよく覚えています。物語の流れや内容は至ってありがちなもので、確か家族絡みの感動小説だった気がします。まぁ、この際その本に関することはどうでもよくて、私が言いたいことはどうして衝撃的だったのかということです。