里恵の歴史書
歴史書と言っても、私が人生の中で今までに体験してきたことを淡々と書き連ねるだけの書物であり、歴史書と言うにはあまりにも、威厳はおろか、歴史要素すらありませんが、しかし、自身の生涯を語るということは、それは自身の歴史という解釈にもなりますので、一概にこれは歴史書ではないと言い切ってしまうのは、それはそれでおかしな話ですが、この際、タイトルとか美しい飾りだとか、そのようなものは不要なのです。ただ、私と同じ轍を踏んで欲しくないがために、そして孫の美玖のためだけに書かれた書物なのですから。
これを渡された美玖、あなたは恐らくどうして私なんかに、ですとか、どうしてお母さんじゃないのなど、様々な疑問が頭ごなしのように襲ってくるでしょうけれど、それは先ほども申しました通り、あなたに手渡した理由は、私と同じ轍を踏んで欲しくないからです。
いつかは忘れましたが、あなたの目をふと見た時、私と同じ目をしていることに気がついたのです。あなたの目は、いつもどこか遠くを見ているようで、視線の先は目の前に映る景色ではなく、そのまた奥の、要するに死の先を見ているようでした。見覚えのある目をしていたので、まさかとは思いましたが、私の見ている景色と美玖が見ているものは、おそらく同じなのでしょう。私は自身の諦観の目を見ているとやるせなくなるのです。なので、これは私の願望を押し付けてしまうだけになるのですが、あなたはまだ先のある少女ですので、もう少し明るい将来を見てほしいのです。
そう。諦観ではなく、また違う何かを見つめてほしいのです。
余談が少々過ぎましたが、本題に入ろうと思います。
私は魔女です。
この世界で生きとし生けるものの中で数少ない魔女なのです。
私の話をするには、まず現代における魔女の立ち位置と定義を説明しなくてはなりませんね。
魔女と言っても、あなたが昔に観ていた少女アニメのように空を飛んだり、強い魔法を使ったりですとか、かの有名な海外の魔法ファンタジー小説のように、杖で呪文を使ったりですとか、そのようなことではありません。魔女とはいえ、せいぜいできることを挙げれば、物を浮かせたり、明日の天気を占ったり、少量の水を生成したりなど、どちらかと言えば占い師に近いものとなります。そして、魔女というのは代々受け継がれるものであり、その存在は狭く、魔女の血縁者、および同じ魔女同士しか知らないのです。
私の母や祖母、その上の方々も皆魔女でした。魔女はいずれ結婚し、子供を作ることを使命としており、魔女の子供に魔法を教えると、その力を使うことができるのです。そうやって、何代にもわたって魔女の力を継承していくのです。私もそのようにして生まれ、幼いころから魔法を教えこまれました。
先ほども記述した通り、現代の魔女というのはちっぽけな魔法しか使えないのですが、私は違いました。
私は魔女の中のイレギュラーだったのです。
魔女が一生をかけて覚え、練習していくはずの天気予想を私は六歳にしてできてしまったのです。その頃には水弾も撃てましたし、数秒先の未来を見ることもできました。そんな私を見た親族や他の魔女は全員、「天才の魔女」、「天地創生の魔女」とか様々な異名を名付け、隅から隅まで褒めちぎりました。
不思議に思った母が魔女専属の医者に私を見せましたが、理由は不明。それどころか、文句のつけどころがない健康体だと言いました。
しかし、いつまでも皆が私を褒めることはありませんでした。それどころか、徐々に私へと対する当たりは強くなっていったのです。「気持ち悪い」、「どうしてこんな子が産まれたのか」、「いつか私たち殺されるのではないか」など、皆が口を揃えて私を踏みにじり、あることないこと好き勝手言い始めたのです。
強すぎる力は尊敬や敬意を超えて、畏怖へと変わっていくのだと知りました。
私は天才の魔女などではなく、ただの忌み子だったわけです。
その理由の大部分は、歳を重ね、体が大きくなるにつれて力が次第に強くなっていったからでしょう。美玖と同じ歳の頃には、水弾を撃つことまでしかできなかったのが、海を切り裂くことができ、数秒先の未来しか見えなかったのが、次の日や明後日に起きる様々な出来事のパターンを複数見ることができるようになり、小さな種から目を出すことまでしかできなかった生物操作魔法も、種から巨大樹まで一気に成長させることができました。
私は神の力、いえ、悪魔の力を持つことになったのです。