美玖の手記
一週間前、私の祖母が亡くなりました。
享年七十五歳。
まぁ、長生きしたと思います。しかしながら、現代医療が発達している現在において、七十五歳で亡くなってしまうのは、早死にとは言いませんがこの世を去るには少々急ぎすぎたのではないかと思うのです。けれど、お葬式に参列していた方は皆節々に「とても長生きしましたね。ご愁傷さまです」と頭を下げ、挨拶をしてくださいました。葬式という場ですので、当たり前と言えば当たり前ですが、私には長生きなのかな? と疑問を募らせずにはいられませんでした。
私は私の祖母が嫌いでした。
嫌いと言ってしまうと語弊を招いてしまいますので、言い方を変えますと、苦手でした。学校が長期休みで私たち家族が暇を持て余した際、祖母のいる実家へ帰省することがあったのですが、私はあまり気が進まなかったのです。けれど、わがままを言って私だけ家に残ることはできないので、いつも仕方なくついて行っていたのです。そこで、祖母が毎回丁寧に出迎えてくれるのですが、祖母の表情には感情というものが排斥されたかのように暗く、辛そうでした。
私はその表情と目が嫌いでした。
けれど、祖母は亡くなる数日前、私と私の母を実家に呼び出して、話がしたいと言いました。向こうから来てほしいとお願いされたのはそれが初めてでしたので、私たちは大急ぎで実家に向かいました。先に母が祖母の寝室へ入り、二人で小一時間ほど話をしていました。内容まではわかりませんが、襖越しに何かを話していることだけは分かりました。その後、私が寝室へ呼ばれ、二人きりで話こととなったのですが、私が祖母とこれだけ近くで話をするのは、私が小さい頃に一度か二度あったぐらいで、それっきり祖母と親身になって会話をするということは一切ありませんでした。なので、私は少々緊張してしまっていました。寝室へ入り、布団の近くで腰を下ろし正座をすると、祖母はゆっくりと体を起こし、枕の横においてあった書物を手に取って私に話しかけたのです。
「これをあなたに差し上げます。これは私の生涯を記録したものです。いつ読むかなど、それらすべてはあなたに全て委ねますが、私はもう長くありません。色々聞きたいことがあるかもしれませんが、それを読めば全てわかります。友恵……お母さんには、私がもうすぐ死ぬことを伝えていません。これは私たちだけの秘密でお願いします。そして、この書物の内容も口外しないようにお願いします。どうか、どうか……」
私は何も言いませんでした。言わなかったというより、言葉が出なかったのです。でも、祖母は私の言葉を必要としていないようでした。ただ、「どうか」と、最後に言葉以外の何かを願うようにそう告げて、祖母は体を横にして眠ってしまいました。
私が婚家に帰ったあとすぐに祖母は亡くなりました。
遺書は残されていないと家族はそう言いましたが、お葬式が行われた次の日に、私は書かれていないと思われていた遺書を発見しました。それは祖母から渡された謎の書物に挟まれていたのです。書物の内容は口外禁止と言われましたが、遺書までは触れられていませんので、遺書は私がこっそり拝見した後、母に渡しました。
私はその遺書と祖母の手記を読んで、あの人の人生がどれだけ悲惨なものかを知ることとなったのです。私がこれを読んだ後、どの選択を選ぶのか、それは読者の想像によって決まるのだと思います。