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第99話 ブルーの残滓

 早急に現地に行かなければならないのだが。

 ここからラディアンスとネリスの間までは馬車でも数日かかる。

 しかしそんなに時間はかけられない。

 ジャネットさんとリサに頼むしかないか。


 「なら、私が何とかしよう。我が一族も今ここに何名か来ているしな。」

 「シャヴィ、すまない、力を借りる。」

 「ははは、任せてくれよ。こういう時こそ助け合い、なんだろ?」

 「ありがとう。」

 「そこは、愛してる、じゃないのかなー。」

 「はは、すまん、そうだな。シャヴィ、愛してるよ。」


 という事で、龍に乗って現地へ赴くこととなった。

 場所的には、温泉郷の西側の盆地だ。

 あまり人里もなく、一部砂漠になっている場所。

 よくよく考えると、あっちの世界のHQがあった場所と合致するのかも知れない。

 となると、そこにもゲートらしきものがあったのかもしれないな。

 あのダルシアの件もあったし。


 そんなことを想像しながらも、シャヴィ達のお陰で4時間もかからずに到着した。

 ちなみに、サクラはお留守番である。

 さすがにもう身重なので、激しい行動は控えないとな。

 かなり反発してたが、こればかりは、ね。

 説得して納得してくれた。


 「お、見えた。あれか……」

 「ねえ、タカヒロ、あれやっぱりアーマー、だよね。」

 「ああ、間違いない。それも100体以上いるな。」

 「うむ?主様よ、あの中心にいる者は、あ奴じゃないのか?」

 「うーん、遠くてよく見えない。よし、近づいてみるか。お前たちは一旦ここで待機だ。」

 「危なくないのですか、タカヒロ様。」

 「まぁ、大丈夫だと思う。アルチナ、みんなも、一応臨戦態勢は取っておいてくれ。あまり近づかないようにも気を付けてくれよ。」

 「とと様、私は?」

 「今回はこっちだ。俺とカスミだけで行く。」

 「え?アタシ?」

 「ああ。」


 あのアーマーの群れに歩いて近づく。

 数体のアーマーがこちらに気づくと、全体に情報が共有されたのか、全個体がこちらに向いた。

 その中心にいるのは


 「お前……ブルー、なのか?」


 あの、アトモスフィアの姿をした、おそらくはブルーだろう。


 「やはり、ここに来たか。タカヒロ。」

 「お前、消滅したんじゃなかったのか?」

 「私は確かに貴様に破壊された。しかし、なぜかこの姿で復活し、なぜか今ここに存在する。」

 「こっちの世界まで来て、人間を根絶やしにするつもりか?」


 妙な感じ、ではある。

 あの時のブルーのように、禍々しさや敵意は感じられない。

 そもそも、アーマーたちが襲い掛かってこないのもおかしい。

 それに何というか、このブルーの個体は、あの時のような機械っぽさが……ない?


 「私は、人間に興味をもった。私にはないものを持っていると、貴様との闘いで気づいた。」

 「お前にないもの?」

 「貴様はあの時、言ったな。

 『人間はな、想像や感情っていう、お前には身に着かない“心”ってものを持っているんだ。不可能にも挑戦する意志ってやつが、不可能を可能にすることもあるんだよ。』

 と。」

 「確かに言ったが……」

 「私は、それを探求したい、人間を知りたいと、初めて願望というものを感じた。そのきっかけを作ったのは、タカヒロ、貴様だ。」

 「俺?」

 「貴様には、私のその願望を叶える責任がある。」


 驚いたのは、こいつが興味とか願望とか叶えるとか、そういう単語を使っていることだ。

 何か、ブルーの中で変化しているのかもしれない。知れないが……


 「いや、それよりも、なぜお前がここに居るんだ。というか、どうやって来たんだよ。」

 「私をもってしてもそれは理解不能だ。いつの間にかここに居て、どうすべきかを考えていたのだ。そこに、貴様がこうして現れた。」

 「こいつらは?」

 「この兵器どもはいつの間にか私の周りにいた。もはや私にこの兵器どもをコントロールすることはできない。」

 「ちょっと待て、お前、もしかして、その体は機械じゃない、のか?」

 「動きにくい。不便でもある。おそらく、これが人間の肉体なのか?」

 「ブルー、お前……」


 ……なんてこった。

 こいつ、まさか転生したってことか?


 『タカヒロ、その者は元はブルーですが、今はその記憶を継承した疑似生命体のようなものです。』

 「エルデ?それって……」

 『先ほど、ジーマから聞きました。経緯は不明ですが、ブルーはその力の全てを破棄され、この世界へ転生したそうです』

 「え?なんで?というか、ケンシロウやほかの人間を放っておいて、なぜブルーだけがそんな……」

 『ああ、言い忘れましたが、あちらの世界の人間も全て、この世界へ移転したそうです。』

 「移転した?」

 『はい。私とジーマはまもなく統合します。質量と力の差で、統合は私に準ずる形で行われます。ですので、ジーマは消滅、あちらの住人はすべてこちらに移る、という事です。』

 「ってことは、アイツらも無事ってこと、なのか?」

 『無事、と言えば無事です。ただ、この世界へ、どのような形で、どこに転移したのかはわかりません。ごめんなさい。』

 「あ、いえ、あなたが謝る事じゃありません。どんな形であれ、あいつらが生きていてくれるなら……」

 『それだけは保証します。』


 そうか、あいつらは無事だったんだ。

 嬉しい。素直に嬉しい。

 ちょっと、泣いてしまう。

 あんな終わり方じゃ、当人の思惑はどうあれ傍から見たら救われないだろう。

 と、今はこっちを先になんとかしないとな。


 「なぁ、ブルー。」

 「何だ?」

 「お前、こっちに来てこれからどうするつもりなんだよ?」

 「どう、とは?」

 「お前は何がしたいんだ?」

 「……わからない。だが、こういう思考の不確定さは初めてだ。」

 「て言うと?」

 「また破壊されるのを善しとしない私がいる。まだこの世界を見ていたい、世界の行く末を見てみたい、私ではない者と共に存在したい、という思考がある……」

 「そうか……それってたぶん、お前に心、あるいは“感情”が備わったのかもな。」

 「心?感情?」

 「前に言っただろう?人間が持つものだよ。」

 「人間が持つもの……」


 何やら黙考する姿は、もはや人間そのものだな。


 「ねぇ、タカヒロ、こいつってさ、もうあの凶悪なブルーじゃなくない?」

 「そうみたいだよな、どう考えても。」

 「こいつ、このまま放置するとさ、野垂れ死んじゃうんじゃないのかな、生身の人間っぽいし。」

 「うーん、どうしたもんかなぁ。」


 仮にこいつが機械の体だったとしても、だ。

 以前のような力は持っていないのは明白だ。となると、放置したところで俺たちに直接的な害はない。

 でも、なぁ。


 「なぁ、ブルー。このアーマー達はどうすんだよ?」

 「これらはもはや私には不要なものだ。なぜここに居るのか、何のために一緒にきたのかわからない。」

 「こいつらって、機能停止させるわけにはいかないのか?というか、機能停止できないのか?」

 「それは可能だ。シャットダウンスイッチがある。」

 「あるのかよ。それって?」

 「個体毎の、ケツの穴と言われる部分、生物でいう肛門という所にある。」

 「お前、ケツの穴とか……」

 「??」

 「ま、まあいいや。そこを押せばいいんだな?」

 「そうだ。」


 試しに、一番近くにいるアーマーの、その部分を指で押してみる。

 あのアーマーがこんなに大人しいってのも、何かすごく違和感があるが。

 ボタンらしきものは無く、該当箇所には丸いタッチプレートみたいなものがあった。

 丁寧にも、肛門の形をしている。

 これ、創ったヤツって相当マニアックな奴なんじゃないかな……

 そこを指で触れると、その個体は機能停止したらしくその場に崩れ落ちる。


 「こんな簡単に機能停止させられたんだな。無理に破壊することも無かったんじゃないのか、これ。」

 「あー、でもさ、そこを押す事自体、かなーりムリっぽいけどね。」

 「そういわれればそうだな。」

 「でも、お尻の穴って……」

 「……だよな。」


 という事は、ブルー関連の脅威は全くといっていい程無い事になる。

 となると、あとはこいつの処遇が問題なのだが……

 何と言うか、今のコイツを見ていると放っておけないなぁ。


 「なぁブルー、お前、俺と一緒に来ないか?」

 「タカヒロ!?」

 「貴様と一緒?」

 「お前行く当ても、これから何をするのかさえ分からないんだろう?このまま彷徨ってたっていつか死んじまうだろうし。」

 「死ぬ、とは?」

 「あの時みたいに、お前の存在が消えてしまうってことだ。」

 「それは、避けたい。」

 「じゃあ、お前が自分の答えを見つけるまで、俺と一緒に居ようじゃないか。」

 「貴様と……共に……」


 「タカヒロ、大丈夫なの?」

 「まぁ、言ってみればブルーは知識量だけは人間を遥かに超えている赤ん坊みたいなもんだ。俺たちと行動を共にしていれば恐らくは、人間のように“心”を得られるだろうさ。」

 「そうかなぁ……」

 「ま、既に脅威じゃないんだし、敵だったとはいえ俺にはこんな状態のこいつを放っておけないさ。」

 「まぁ、アンタらしいけどね、そういうとこ。」

 「ん?惚れ直したか?」

 「バ、バーカバーカ!そんなん……当たり前じゃん。」

 「ははは、ありがとうな、カスミ。」


 という事で、こいつは俺が保護することにした。

 したのだが。


 「さて、こうなるとお前は“ブルー”って名前じゃ都合が悪いな。」

 「名前など、個体認証の為の揮毫にすぎぬ。今の私には意味がない。」

 「いや、無いってことはないぞ。でも、変える必要はある。そうだなぁ……」

 「ね、そもそもブルーってのはどういう意味なのさ。」

 「私は知らぬ。最初からそういう呼称だった。」

 「たぶん、地球を模した言葉だろうよ。青い星。」

 「そういや、そんな歌もあったわね。」

 「やっぱり昭和生まれだよな、カスミ。」

 「アンタもでしょ!」


 ブルー、ブルーか。

 インパル……はちょっと違う。エンジェ……もちょっと違う。サンダ……これはダメだ。

 ブルーからちょっと離れてみよう。


 「ルナ、ルナってのはどうだ?」

 「ルナって、月の事じゃないの?」

 「そうだな。もはやブルーは地球がどうこうって存在じゃないし、それはエルデの事なんだし。ついでに言うと月の欠片によって転生したようなもんだし。」

 「ルナ、ねぇ。そういやさ、こいつは性別ってあるのかな?」

 「性別とはなんだ?」

 「あー、人間というか生き物のほとんどはな、雄と雌の2種類ずついるんだよ。」

 「何の為にそんな面倒な仕組みに……」

 「それは後で覚えていけばいいんだけどさ、お前はどっちなんだろうなーって。」

 「それはどうやって判別するのだ?」

 「外観ですぐにわかるさ。」

 「……外観」


 何を思ったのか、ブルーは着ていた物を全部取っ払った。

 露になったブルーの体は……


 「…………なんてこった」

 「うわぁ、こんなの、本当にあるんだぁ……」

 「??」


 性別は……無かった。

 ちょっとこれは、非常にマズイのではないだろうか。


 「ちょ、ちょっと!エルデさん!!」

 『どうしましたか、タカヒロ?』

 「性別がない人間って、これ、マズイんじゃないの?」

 『そんなことはありえません。性別のない人間などこの世に存在……あら?……してますねー。』


 「これ、ウリエルと同じ存在ってことじゃないのか?」

 《あー、アタイと一緒にすんじゃねーよ! とはいえ、そうだよなぁ、アタイと同じだよなぁ。これ、とってもマズイんじゃね?》

 「まー元々サイボーグだかアンドロイドだかがベースだから、そうなのかも知んないけどさぁ。」

 《あのな、こいつの存在って今は人間とイコールなんだよ。その上で性別がないってなるとよ……》

 「だよなぁ……良いのか、コレ?」


 不思議そうな顔でこちらの様子を伺っているブルー、もといルナ。

 パッと見は容姿端麗な美女、と言っても良いのだが……


 「しゃあないか。これもこの世界ならアリなのかもしれない、かなぁ。」

 《アタイらは別層位の住人だからいいけどさ、コイツ、このままだと絶対後々世界に影響を及ぼすぞ。》

 「性別、というのが無いとダメなのか?」

 「あ、いや、ダメとかそういう問題じゃないんだ。それってさ、この世に非ざる存在って事になるんだよ。」

 《んでもだよ?それ言ったらお前だってそれと同じくらいの存在なんじゃねぇの?》

 「そ、それはこの際置いておこう、うん。たぶん違うから……」


 まぁ、どっちにしろ存在している事実は変えられない。

 俺の元に置いておく分には、当面差支えはないかもしれないし、あとで何とかできないかを考えよう。


 「よし、この問題は後回しだ!それよりも、名前だ名前。」

 「そ、そうだね。そうだよね!?」

 「お前はこれからは“ルナ”だ。ルナって名前だよ。」

 「ルナ……」


 心なしか、ブルー改めルナは、嬉しそうな表情を浮かべていた。

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