第97話 悲しみの凱旋
第八章はこれで終了です。
次章、最終章です。
◇◇◇
あの人があちらの世界へ行ってから、もう2か月になる。
毎日毎日、心配で、会いたくて、胸が苦しくなる。
何の連絡もないのは、無事だからなのか、それとも……
そんな事ばかりが、頭の中をぐるぐると回っている。
一人でいたら、たぶんそんな思いに押しつぶされていたかも知れません。
でも、私は一人じゃない。
あの人を信じ、あの人を愛し、あの人を待つ仲間が一緒に居てくれる。
こんなに心強い事はありません。
でも、それでも、思ってしまう。欲してしまう。
あの人の声が聴きたい。
あの人の笑顔が見たい。
あの人に優しく抱きしめられたい。
あの人を強く抱きしめたい。
ただ、ただそれだけの事すら叶わないのが、とても苦しい。
ただ信じて待つ。
それがこんなにも苦しいなんて。
きっと、皆も同じ気持ちでしょう。
「……サクラ様?」
「はッ、ア、アルチナ様……すみません、ぼーっとしていました。」
「やはり、城で休んでいた方がよろしいのでは?」
「いえ、大丈夫です。もう安定しているようですし……」
「まぁ、大丈夫と言っているんだ、本当に大丈夫なんだろうさ。でもなサクラ、具合が悪いときは直ぐに言ってくれよ。」
「はい。ありがとうございます、シャヴォンヌ様、いえ、シャヴィ様。」
「あははは、様付けは無くならないんだな。サクラらしいよ。」
今まで半分ずつここにきて待機していましたが、何故か今日は全員がここに居る。
エルデ様から、今日かも知れない、と通達があったのです。
私とローズ、リサ様、アルチナ様、シャヴィ様、ピコさん、ジャネット様、それに、ラークも、エイダム様もいる。
たぶん、今日あの人は帰ってくる、帰ってきてくれる。
この上ない吉報をもって。
正直に言うと、私にとって吉報とは、あの人が無事に帰ってくることが最高の結果です。
あさましいとは思ってしまいますが、正直な思いです。
「あ!皆さん、あれを!」
アルチナ様が叫んだ。
そちらを見ると、赤い光がこぼれている。
あの人が、最愛の人が帰ってくる……
◇◇◇
ゲートを通過した。
俺は、この世界に帰ってきた。
この星の危機は去った。
すべき事はすべてやり遂げた。
でも、喜べない。
本当に、これで全て終わったんだろうか。
終わりにしていいんだろうか。
ゲートの外に、最愛の人たちが居る。
俺を、待っていてくれたのか。
それはとても嬉しい、ありがたい事だ。
でも……
「あなた!」
「タカヒロ様!」
「タカ!」
「「 タカヒロ! 」」
皆が駆け寄ってくる。
俺は……俺も、皆の所に駆け出したい。
が、それが出来ない。駆け出すことができない。
「あなた!よくもご無事で!おかえりなさい!」
「サクラ……サクラ!」
俺に抱き着いてくるサクラに、こっちから抱き着く。
「あなた?」
「サクラ……」
抱きしめた瞬間、俺は涙があふれてきた。
言葉も、出せない。
色々な感情が、渦巻いてどうしていいかもわからない。
ただ、サクラにすがるしかできない。
「あなた……震えている……泣いているのですか。」
「す、すまない……少し、こうしていても良いか……」
「はい、いつまででも。」
サクラは訳も聞かず、優しく俺を抱擁し、頭を撫でてくれている。
俺は、それに甘えて、嗚咽を漏らしながら泣く事しかできない。
情けない。
それだけしか、考えられない。
「タカヒロ……いったいどうし……というか、カスミ?」
「えぐッ、ひっく、ううう……」
「アンタまで、なんで泣いてるのよ?」
「ローズ、すまぬが、しばらくはこのままにしておいてくれると助かる、かな。」
「とと様があんななんで、詳しくは落ち着いてから話すから、ちょっと待っててね。」
「ご、ごべんね、ローズ、う、うわあああああん!」
「わ、わかったから、ね?ほら、ちーんしなさいよ、もう。」
「ううう、ぢーん!」
「わっ!フランもガチ泣きしてるじゃない!」
「な、泣いでない!」
「いや、顔グシャグシャだからね……」
一時間程だろうか。
見苦しい姿をみんなに見せてしまったなぁ。
皆が黙って落ち着くまで待ってくれていたのが、とても有難い。
「みんな、すまない。見苦しい所を見せちゃったな。」
「それは良い。タカヒロ殿、向こうで何があったのだ?」
「ああ、全て話すよ。ひとまず、この星の危機は去った事だけは確かだ。安心してくれ。」
俺は、あっちで危機の元凶であったブルーを排除し、星の消滅の危機が去ったことまでを話した。
「そうですか、危機は去った。私達は消滅せずに済んだ、という事なのですね。」
「しかし、それで何でタカがあれだけ悲しい顔をしていたんだ?」
「ああ、それは……」
それは、俺たちがゲートをくぐる前の事だ。
あっちの世界は、星の統合により消滅してしまう。
そうなると、向こうの人間たちは星と運命を共にする事になる。
だから……
◆◆◆
「今からでも遅くない、全世界に散らばった人類をここに集めて、向こうの世界へ行こう!」
「タカさん、その提案は有り難い。でもな、俺たちはここで生まれここで育った。この世界の人間なんだ。」
「ケンシロウ……」
「だから、俺たちはこの星と運命を共にするべきなんだよ。」
「でも、それじゃあ……」
「俺たちだって、もっと生きたい。せっかく平和になった世界で、平和に寿命を全うしたい。でもさ。」
「じゃあ!」
「だから、だよ。これまで一緒に戦ってきて死んだ奴らを置いて、俺たちだけのうのうとそっちの世界へは行けないよ。」
「ケンシロウ……」
「タカさんだって、俺の立場だったら、そうするだろう?」
そう言われてしまうと、何も言えない。
俺がケンシロウの立場なら、同じことを考えて、同じことを言ったかも知れない。
こんな世界で必死に生きてきたんだ。苦楽を共にした仲間、家族と。
第三者がそこにこっちの感情や都合を押し付けるなんて、できるはずもない。
「ケンシロウ……」
「タカさんが成し遂げてくれた事は、それだけで俺たちこっちの人類の願いをかなえてくれたんだ。それで充分なんだよ。」
「……」
「あなたには、向こうで待っている人がたくさん居るんだろう?だったら、こっちの事は気にせず、胸を張って帰っていいと思うぜ。」
「ケ、ケンシロウ……」
「あー、泣くなよ。全く。俺のご先祖様は、泣き虫なんだな、あははは。」
「だってよ、お前……」
「さあ、行ってくれ。俺たちに笑顔で見送りをさせてくれよ、ヒーロー。」
「……ああ、わかった。」
◆◆◆
「そんな事が……」
「俺は星の危機は回避できた、でも、結局、あっちの人たちを救う事はできなかった、できなかったんだ。」
「タカヒロ様の子孫がいた、というのも驚きですが、その方も、やはりタカヒロ様と同じ高潔な方なのですね。」
「だけど、何も星の消滅に付き合わなくてもさ。自ら未来を閉ざさなくてもいいじゃないかって思う。」
「だがな、その者が言うように、タカヒロ殿とて同じ立場なら同じ選択をしたのであろう?」
「そ、それを言われちゃうと……」
「であれば、タカは救ったという事実だけを見ていれば良いのではないか?難しいかもしれないけど。」
「う、うん……そう、なんだろうか。」
「現実問題としてさ、少なくともアンタはこの世界に生きて、この世界の一部だって事が真実なんだからさ。だから、この世界で、今後どう生きていくかを考えていればいいんじゃないかな。」
「そうですよ。でも、知ってしまったあちらの世界の事は忘れる事も、考えないようにすることもできないと思います。
しかし、その辛い想いはあなた一人が背負うことはありません。
私達も、その犠牲の上に未来を掴めたのですから、私達もあなたのその思いは背負っていきます。」
「サクラ、そう、そうだな。ありがとう。」
とても有難い事だ。
俺の辛い想いの真相を、こうも見事に看破してしまう程、サクラ達は俺の事をよく理解してくれている。
そんな人たちの励ましは、何よりも俺の辛さを和らげてくれる。
とはいえ、ケンシロウを始め、あちらの人たちの事を考えると、このままで良いとは思えない。
何か、あいつらの気持ちも納得できて、尚且つこちらに来れるようにする事はできないのだろうかとの思いも拭えない。
ケンシロウたちの意思も尊重したいが、どうにかならないのだろうか。
まだ、あっちのフォーマットまでは時間がある。
何かできないかは最後まで諦めずに考えよう。
「さて、ここでこうしているのも何だな。帰ろうか。」
「はい、あなた。」
第九章の投稿開始は週末になりそうです。
いよいよエンディングの章へ突入です。




