第84話 もう一つの月の欠片
「おお!先祖!無事だったか!?」
「心配かけたな、というか、先祖ってのも何かヘンだな。」
「とはいっても、先祖様だし……」
「俺の事はタカでいいよ。お前の事もケンシロウでいいよな。」
「わかった、タカさん。」
「ああ。」
俺とケンシロウは再会した。
あの敗北でもう助からないと思ったそうだが、テツオからの報告で一安心したそうだ。
とはいえ、一度惨敗しているので、今後は慎重に行動するようにと釘をさされはしたのだが。
「“月の欠片”だって?」
「ああ、これと同じモノらしいんだが。」
俺はバッグから、サダコがいた世界で入手した月の欠片を見せた。
が、ケンシロウも他のメンバーも見たことはないという。
まぁ、そうだろうなとは思っていた。
「のう主様、もしやこの世界にもワシや天狗がおるのやもしれぬぞ?」
「そうかもな。だとしたらあの山、あそこに行けば何かわかるかもな。」
「あの山?」
「ああ、ケンシロウ。北関東って、どんな状態なんだ?」
「北関東っていうと、昔のトチギやイバラキって自治区のあたりか?」
「そうだな。」
「あの辺はすでに水没しているぞ。ここのすぐ南が海岸になっているんだ。」
「そうなのか……じゃぁ、平野部はもうないんだな。」
「かろうじて、かつて筑波山脈とか言われていた場所あたりの山々は、島になって残ってはいるがな。」
「あ、それで充分、かな。」
「その山に、それがあるのか?」
「いや、わからない。が、手がかりくらいはあるかもな。」
「とはいえ、ここから離れると、アイツらの格好の的になるぞ?」
「まぁ、それも承知だし、行かなきゃならんしな。あ、そこへは俺たちだけで行くことになる。ケンシロウたちの手は煩わせないさ。」
かなりの範囲が海の底になっている、というのも何となくわかる。
もう、俺の故郷は無いんだと思うと、こみ上げるものはあるけど、今はそれに拘泥している暇はない。
「明日、早速行ってみる。」
「そうか、ならせめて食料だけでも融通しよう。」
「それはありがたいが、大丈夫なのか?」
「食料だけは豊富でね。というのも……」
「その必要は無い!」
いきなり声が響いた。
どこか、聞いたことがあるような声色。
これって……
「久しぶりだな、タカヒロ。見違えたぞ。」
「お、おっちゃん……天狗のおっちゃん!」
この世界の、天狗のおっちゃんだ。
少し、あの時よりも老いた感じはするものの、間違いなく俺が会っていた、元の世界の天狗のおっちゃんだ。
「おっちゃん!おっちゃん!」
「大きくなったな、タカヒロ。ほれ、泣くんじゃねぇよ。」
俺は誰憚ることなく、おっちゃんに抱きついて泣いた。
サダコも、少し泣いているようだった。
「そこにいるのは童か。どうやら別の世界の童みたいだな?」
「う、うむ。別世界とはいえ、ヌシとは知らぬ仲ではないの。」
「タカさん、この方は?」
「ああ、ケンシロウ。この人、というかおっちゃんはな、あの山に住み着いていた天狗だよ。」
「天狗って、想像上の存在なんじゃ?」
「まぁ、その認識であってる。でも、実在するんだよ。このサダコもそうだしな。」
「……」
ケンシロウは言葉もなく、茫然と天狗とサダコを交互に見ていた。
「ところでおっちゃん、必要がないってのは?」
「ほれ、これだろ?」
と、天狗のおっちゃんが懐からとりだしたのは、紛れもない“月の欠片”だった。
俺が持っているものと違い、淡いピンク色に光っている。
「おっちゃん、どうして?」
「あ、ああ、この星がな、教えてくれたんだ。お前が来ること、そしてこれが必要なことをな。」
ご都合主義すぎて何か恐ろしくも感じるが、それも今はどうでもいい事だ。
おっちゃん曰く、メテオインパクトとその後の地殻変動などで、あの山は山頂付近を残して近辺の平地や盆地は水没したらしい。
その際、この月の欠片を持って、奥州へと一時移っていたそうだ。
奥州ではおっちゃんやサダコのような物の怪が隠れ住む里があり、そこに身を寄せていたそうで、そこにも人間が避難しているんだとか。
で、先日俺がここへ現れた時に、ジーマからその旨伝えられて今日、ここに来たそうだ。
「にしてもさ、おっちゃん、茨城弁全然しゃべんなくなったよな?」
「まぁな。何だっけ、標準語、だったか?今は全国的に方言が廃れたからな。」
「そうなんだ。何か、それはそれで寂しい気がするなぁ。」
「ま、生きてるだけでめっけもんなんだ。細かい事は気にしちゃおれんだろう。」
「それもそうだね。」
「ところでタカさん。その玉は一体?」
「ああ、これは“月の欠片”といって、凄いパワーを秘めたモノらしい。詳しくは知らないけどな。」
「それがあるとどうなる?」
「さあ。知らない。」
ウリエルが言うには、これを吸収させると力の制限が解放される、みたいな話だったな。
「なあ、ウリエル。」
《結局その名前で落ち着いたのかよ。まぁいいや。で、あったな、月の欠片。》
「これ、どうすんだ?」
《ふふん、見とけよ。こうすんだよ。》
ウリエルが言うや否や、月の欠片は光る粒子に変わり、ウリエル、つまり胸当てと小手と剣へと吸い込まれていった。
すると、半透明だった胸当てと小手と剣はきらきらと、まるでパール塗装を施したようにパールホワイトへと変色した。
《よし、と。これで装具は金属も紙みたいに切れるし、光の銃弾もはじき返すぞ。すげぇだろ?》
「おお、なんか、奇麗だな。」
《だろ?これが本来のアタイの状態なんだよ。》
「なんというか、力も漲ってきた気もするなぁ。」
《あ、それは気のせいじゃないぜ。お前の本来の力も解放されてんだよ。》
「なるほどね。ウリエル、凄い。お前、凄いよ。」
《ほ、ほめても何もでねぇからな!あ、そうだ。ついでに余剰分の力はこっちに振り分けるぜ。》
そう言うと、カスミ達が装備している龍の鱗で作られた防具も白く輝きだした。
ワールドと同じく、レーザーにも対応できるようになったそうだ。
これって、もう完全なチート装備だろ。
《一応注意しとくけど、物理的な力だけは捌けないからな。打撃の衝撃とかは普通に受けるから気をつけろよ。》
「うむ、まぁ、どのみち的に接近などはせんがの。」
「旦那様の邪魔になる。後方で支援するだけ。」
「まぁ、そうだよね。アタシらじゃ傷もつけられなさそうだしさ。」
「とと様、私はとと様と一緒にいる。私は死なないから大丈夫。」
「そうか、雪子はシヴァがいる限り消滅はしないのか。でも、怪我はするからな、気を付けないと。」
「うん、気を付ける。」
「はは、大丈夫だ、俺が守るからさ。」
「とと様……大好き!」
「……アンタさ、それミトちゃんが見たら怒られるんじゃない?」
「何でさ?」
「いや、でもまぁ、ミトちゃんの妹、みたいなもんだからそうでもない、のか?」
みんなの装備もこれで大丈夫みたいだな。
しかし、この新しい剣、名前がワールドってのもな。
それってセットの名前みたいだし、剣そのものの名称は欲しい所だよな。
もちろん、付ける名前は決まっている。
《ファントム、だって?》
「ああ、ぴったりの名称だろ?」
《ファントムってお前……まぁ、いいや。当たらずとも遠からずなネーミングではあるしな。好きにしろよ。》
これでブルーの軍への対抗手段は整った事になる。
ケンシロウたちは現実問題として防衛一辺倒の戦力しか持たないので、ブルーへの侵攻は俺たち、いや、基本俺だけになる。




