第83話 再出発
も、だめ。
もう食べられない。
げっぷ。
「もっと食べないとダメ。血が足りない。」
「いや、フラン、そうだろうけど、お腹の容量にも限界があってね?」
「何なら。口移しで流し込む。する?」
「いや、そういう事じゃなくてだね?」
今現在、1日5食の食事療法を続けている。
ワールドの件から5日、ようやく動けるようにはなったのだが、まだ厳しい。
筋力は戻りつつあるが、何しろ1回の食事量が半端ないのである。
最初は粥とかの流動食ばかりだったのだが、その量が初っ端からハンパなかった。
動けない程食べて、食休みしたらもう次の食事。
トイレに行くのも、重たい腹抱えての苦行に等しい。
しかも、だ。
今頂いているジパングの食事、これがメチャクチャ美味しいのである。
フランの兄である王様が、話を聞いて手配してくれたらしいのだが。
もう、まんま和食。それも、高級食材をふんだんに使った和食だ。
卵を載せたうどん、和牛のチーズ、焼き魚、お刺身、天ぷら、しし肉の味噌焼き、清酒、その他もろもろ……
これ、普通にメタボになるぞ。
とはいえ、血肉が不足しているのも事実なわけで。
フランが率先して介護してくれているのだが、その間他のメンツは立ち入り禁止になってしまっている。
ここはもうフランの独壇場なのであった。
「旦那様、お風呂に行きます。」
「あ、ああ、お風呂ね、お風呂……」
入浴もフランが付きっ切りだ。
檜の風呂はこれまた気持ちがいいのだが、フランと二人きりでまっ裸で密着しているのだから、これもある意味苦行に近い。
フランの裸は刺激が強いのである。
引き締まったお腹周りにボリューム満点のバストとヒップ。
率直に言って奇麗なのである。
まぁ、補助がないと風呂もままならないのは事実なんだが。
何かをするわけでもなく普通に湯あみするだけなんだが、やはりねぇ。
そんな日々が続いて、動けるまでになったことでようやくリハビリとなった。
まずは身体能力の確認という事で、模擬戦を徹底的に実施することにした。
殿様の指揮の下、ジパング軍の猛者50人との戦闘訓練を行った。
俺一人対武士50人の接近戦。50人の中にはフランも入っている。
そこにアルチナ、シャヴィ、なぜかやってきていたエイダムまで加わって、集中攻撃を受ける形だ。
あの生物兵器が複数体相手では、これでもまだ足りないけど、リハビリにはもってこいだな。
新たに装備したワールドの性能も素晴らしいものだった。
軽く、硬く、そして鋭い。
胸当てと小手はこれだけで防御の心配がないほどに強化されたことになる。
もともと無防備だったのだからな。
そして剣に至ってはスターファイターをも遥かに上回る魔力耐性を持っていた。
さらには、月の欠片を使えばあっちでもこれ以上の性能を引き出せるとか。
これで負けたらもう後はない、だろうな。
使う程に馴染んでいくワールドは、やはり特別な装具なんだと実感した。
心なしか、徐々に自称悪魔も活き活きしてきている気がする。
「しかし、よく付いていけるな……」
「私にはもう何をしているかすら見えません。」
「タカヒロって、どこまで強くなるんだろう?」
「でも、あれでもまだ不安は残る、かな……」
模擬戦を見ているサクラやローズ、サダコ、カスミは、もはや目で追えない模擬戦を見てはそんな感想を抱いたようだ。
「よし、ひとまずここまでとしようぞ。」
「はぁ、はぁ、さすがに体が鈍っているなぁ。」
「そうは言っても、これだけ動けるようにはなったんだ。大したものだな。」
「というか、エイダムも容赦ないな。」
「当然だ。手を抜いてどうする。というか、手を抜いたらこっちが危ないのだぞ。」
武士たちも疲労困憊である。
個人戦、集団戦ともに連携が完璧なジパングの兵は、下手したらこの世界の人間界では最強の軍じゃないかと思う。
そんな人たちであっても、エイダムとアルチナ、シャヴィの足元にも及ばないというのだから、魔族や龍族はやはり別格の存在なんだろうな。
そういたリハビリを4日間続け、今日一日は休む事にした。
そして、明日はいよいよあちらへ赴くことにした。
あまり時間はかけていられないし、何よりケンシロウたちが心配でもある。
で、だ。
「旦那様についていく。」
「いやいや、危険すぎるからダメだ!」
「ワシは行かねばならぬだろうよ!」
「ならぬって何だよ!?」
「大丈夫。自分の身は守る。旦那様も守る。」
「とと様には私が必要だよね?」
「雪子、ダメだよ。ホントに危ないんだから……」
同行するといって聞かない人が数名。
もとより、全員行くとは言っていたのだが、あのゲートをくぐれるのは何某かの条件があるそうで、その条件を満たしているのはカスミ、サダコ、フラン、雪子だけのようだ。
なので、その4名が行くと言い張っているのだが。
当然、俺は反対した。
戦いに巻き込まれたら、間違いなく大惨事になる。
相手は規格外の、しかも感情を持っていないであろう殺戮兵器なのだから。
しかし
「結果としてカスミが付いていったから、主様も生還できたのであろう?」
というサダコの一言で、俺は何も言えなくなってしまった。
こうして、あっちへは5人で行くことになったのだ。
サクラ、ローズ、リサ、ピコ、アルチナ、シャヴィは当然憤慨したが、こればかりは仕方がない。
なので、彼女たちは
「せめてあの社で、あなたの帰りをずっと待っています。」
となったわけだ。
まぁ、危険な場所に連れて行かなくて良かったと思う反面、ちょっと寂しいと思ったのも事実ではある。
そういったサクラは、ある物を俺に手渡してくれた。
「あなたの治癒と体力回復を促した秘薬です。これを持って行ってください。」
ラディアンス王国で秘密裡に造られたという回復薬、いわゆるポーションだ。
小さなガラス製の瓶に入った、薄い青緑の液体。
20本ほどを受け取ったが、現在の所これで全部なのだそうだ。
「いいのか?貴重なものなんだろう?」
「あなたに比べたら、そのような些事はなんともありません。」
とか。
有難く置け取っておく。
ちなみに。
別の場所でも少し騒動があった。
精霊たちと自称悪魔のワールドだ。
そもそもお互い全く別階層の住人のようで、俺一体に皆が取り憑いている状態なので干渉を起こすというのだ。
珍しくムーンが感情的になっていたが、自称悪魔は飄々と受け流し
《アタイがいなけりゃ、お前らはその力も出せないクセに何を言ってるんだ?んんー?》
(ぐッ……)
ま、まぁ、お互い言いたいことはあるだろうけどさ。
「なぁ、悪魔、干渉って実際どうなるんだ?」
《知らねーよ。でもな、あの魔法ってのの発動には影響あるかも知んないな。ま、微々たるもんだとは思うがな。》
「そうなのか。じゃあさ、その干渉の影響もまるっと含めて魔法を行使すりゃ大丈夫なんじゃね?」
《お前バカだろ。そんな事……》
「できないのか?」
《でき……なくはないかも知らんが、そんな事やったヤツはいないし……》
以前、ミノリさんから聞いた「羅象門」、その極意はこういう事なのかもしれないな。
という事で、ひとまず精霊たちと自称悪魔はそれぞれの役目に集中する、という事で納めた。
精霊たちも納得してくれたようで、一安心だ。
ところで
「なぁ、自称悪魔。」
《その呼び名、やめろ。》
「いやだって、お前名前がないしな。」
《ワールドでいいじゃんか。何言ってやがるんだ。》
「それは装具の名前だろ、お前そのものの名前って無いのか?」
《ない!》
「そんなキリっと言われてもな。」
《まぁ、以前はウリエルとか呼ばれてたこともあったがな。》
「ウリエルってお前、それ、4大天使とかいうヤツじゃないか。」
《なんだよ4大天使って?》
「あー、そういうおとぎ話があってだな、まぁいいや、じゃ、ウリエルって呼んでいいか?」
《なんでだよ!いい訳ねーだろうが!》
「逆になんでだよ?俺はお前をそう呼びたいんだけど?身近に感じられるしな。」
《うっ、く、クソが。じ、じゃぁ勝手にしろ……》
「そうするよ。ウリエル。」
《うぅゥゥゥゥゥ……》
何となくだが、真っ赤な顔をしているような気がした。
さて、そんなこんなで準備はできた。
「間に合ってよかったよ。お母さまがかなり頑張ってくれたそうだよ。」
「あ、ありがとう、シャヴィ。」
シャヴィが渡してくれたのは防具だ。
カスミとサダコ、フラン、雪子の4人用で、それぞれ専用のモノになっている。
“龍の鱗”という素材でできたそれは、それぞれに完全にフィットしていて防御力もかなり高い。
さすがにレーザーとかは防ぎきれないかもしれないけど、銃弾なら軽くはじくかもしれない。
「タカはそのワールドがあるし、もうあんな怪我は負わないだろうけど……気を付けてね。待ってるから。」
「シャヴィ……ありがとう。」
戦地へ赴く者、見送る者。
それぞれの想いは皆同じだ。
地球を救い、かならず帰ってくる。
その想いを胸に、俺たちはゲートへ飛び込んだ。




