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第82話 復活

 帰還してから7日後、俺はようやく目覚めた。

 とはいえ、体の感覚が鈍く力が入らない。

 思考も覚束ない。

 かろうじて、寝かされているとだけ認識できる。


 「あ、気が付かれましたか。」


 サクラが、目の前にいた。

 なぜか、ホッとした。

 と、サクラは俺に覆いかぶさり、声を上げて泣いた。


 「あなた!……あなた……」


 大粒の涙が、俺の顔に落ちる。

 俺は言葉も出せないまま、サクラをそっと抱きしめる。


 「タカヒロ!気が付いたのね!」


 同じようにローズも泣きながら、俺に覆い被さってきた。


 記憶が蘇る。

 あの生物兵器になぶり殺しにされ、意識朦朧の状態でケンシロウたちに救助されたんだ。

 そこからはもう記憶がない。

 そうか、俺は生きているのか。

 死なずに済んだのか。

 とはいえ、圧倒的な力の差は、そんな安堵感など吹き飛ばすには充分だった。


 勝てない。

 どうあがいても、あいつらには勝てない。

 その事実だけが、重くのしかかる。

 しかし、なぜ勝てないのか、という疑念も、同じだけ圧し掛かっている。

 打開策が全くない、とは、どうしても思えない。

 いや、そんな気がするだけなのはわかっているが。


 俺が意識を取り戻した事が知らされると、皆がこぞってやってきた。

 カスミはもう錯乱状態で俺に抱き着いてきたのは、何か申し訳ないと思った。


 「う、うむ、まずはたらふく食べ、て…な、たい…体力を戻すのじゃ……」


 泣きながらそういうサダコが、とても愛おしく思えた。

 圧倒的に血が足りない。

 それは俺も実感していた。

 無くなったと思っていた腕、足、目は、きちんと残っていた。

 後で聞いた話だが、アルチナやシャヴィが魔法で何とかしてくれたそうだ。

 死んでさえいなければ、肉体の復元はアルチナ達なら何とかなるんだそうだ。

 もう、感謝してもしきれない。


 ともあれ、再びあっちへ行くだけの体裁は残ったといえるだろう。

 でも。


 「みんな、ゴメン。心配かけたな。」

 「い、いいのです。あなたが無事な事が、何よりなのですから……」


 ようやく落ち着いたサクラが、そう言ってくれた。

 ローズもアルチナもリサも、顔をくしゃくしゃにしながらサクラに同意していた。


 「みんな、ありがとう。でも、ごめんな、負けちまった。」

 「そんな事、ありません!」

 「そうだぞ、タカ。まだ生きてる。だから、まだ負けていない!」

 「暴論だけど、シャヴィの言う通りだよタカヒロ。」


 こんな時、みんなのこういう言葉が何よりも励みになるな。

 でも、俺はその励ましに応えられるのだろうか。

 そう思う反面、応えるべく何をすべきかも、不思議な事だけどおぼろげながらに判明している。


 「サクラ、すまん。ギブソンをすぐここに呼べるかな?」

 「ギブソン、というと、勇者様ですか?」

 「ああ、あの偽勇者だ。極めて速やかに、ここに連れて来て欲しいんだ。」

 「あの方なら、今はまだラディアンスにいたと思いますが……」

 「なら、私が引っ張ってこよう。」

 「シャヴィ、お前ならすぐだな、頼めるかな?」

 「まかせろ。」


 その日のうちにシャヴィはギブソンを連れてきた。

 かなり飛ばしたようで、ギブソンは寒さと恐怖でガクブル状態だったが、今はそれに気を取られている場合じゃないんだ。すまんな。


 「あ、兄貴!ご無事で何よりです!」

 「無事、でもないんだけどな。それより、兄貴?」

 「はい、タカヒロ様はこんな俺を助けてくれました。兄貴と呼ばせてください!」


 助けたって、そんな覚えはないんだけどな。

 まぁ、いいや。早速本題だ。


 「なあ、ギブソン。お前、このまま勇者として祀り上げられて生きていく覚悟はあるか?」

 「いいえ、俺はこの伝説の装具さえ外れれば、普通に生活したいです。」

 「そうか、それなら……」

 「兄貴?」

 「ギブソン、死んでくれ。」

 「え? ええええー!?」


 伝説の装具“ワールド”は、装備した者が死なない限り外すことはできない、と言われている。

 しかし、本当にそうなのか?と考えていた。

 そもそも、そんな伝説級の装備をギブソンが装備できたって所でおかしな話ではある。

 そして


 「あー冗談だよ。というか、もうお前の勇者稼業は廃業という事にしてほしい。」

 「じょ、冗談ですか……心臓に悪いです。で、廃業、というのは?」

 「その装具、俺が貰う。」

 「え、でも、外れないのでは?」

 「まぁ、そう言われているけどな。ちょっと、こっち来い。」

 「は、はぁ。」


 俺のそばまでギブソンが正座したままずり寄ってきた。


 「いいか、これ外れたらもうお前は勇者の肩書は無くなるぞ。」

 「それは願ってもない事です兄貴。もう勇者はこりごりです。」

 「そうか。」


 そう言って、俺はギブソンが身に着けている鎧に触れた。

 すると

 鎧は見る見るうちにその輝きを失い、石のようになったかと思うとボロボロに崩れ落ちた。

 剣も石化したようになり、ギブソンの帯から外れて落ちた。


 「こ、これって!」

 「伝説の装具が、壊れた!?」

 「え?え?」


 見ているみんなが驚いた。

 それはそうだろう。

 外れる事のないはずの装具は外れ、さらには崩れ落ちたのだからな。


 「兄貴!外れた、外れたよ!」

 「でも、無くなっちゃったの?」

 「いや、ちょっと待っててくれ。」


 その伝説の装具は、粉末状になりながらも空中で集まり、まばゆい光を放ち始めた。

 収束した光は見る見るうちに形を変え、胸当てと小手の形になり、俺の手に収まった。

 胸当てと小手は、半透明というか、ガラスかクリスタルのような感じの質感だ。


 「こ、これは、どういう……」

 「何でギブソンから離れてタカヒロの手に?」

 「それより、形が変わっていますね……」


 次いで、剣も形状と色が変わった。

 胸当てや小手よりも透明度は低いが、同じような質感に見える。

 ギブソンが手に取り俺に渡そうとするが


 「お、重いです!持ち上げられませんよ!」


 これはアレか、真の持ち主しか持てなくなった、というやつか。


 「やはりな。ギブソン、これでお前はこの装具の呪縛から解放されたぞ。よかったな。」

 「え?ええ、それは良いんですが、兄貴、これって……」

 「タカヒロ様、これは、どういう?」


 サクラは不思議なものを見るような顔で俺に問いかけた。

 まぁ、不思議なものなんだけどね。

 何とか俺の手まで運ばれた剣を握り、軽々と持ち上げながら話した。


 「実はな、夢を見てさ。」

 「夢?ですか?」

 「いや、たぶん夢じゃないかも知れないんだけど、この装具が俺に言ってきたんだよ。」

 「???」

 「これはさ、俺の手に渡るようにと、ギブソンに取り憑いていたんだそうだ。」


 “ワールド”の話を要約するとこうだ。


 そもそも、この装具はムサシさんが来るべき時の為に、何かの啓示を受けて作製した魔装具らしい。

 そして、その来るべき時は今まさにこの時なんだそうだ。


 で、ワールドは俺がこの世界に顕現することを予知し、ひとまず俺と接点を持つことを優先し、たまたまそこにいたギブソンを使ったそうだ。

 勇者、という肩書を持てば、自然と俺と邂逅するのは明らかだったからだと。


 事実、その通りに物事が進んで無事俺を見つけられたと。

 あの時、キラリと光ったのはそう言う事だと言っていた。

 が、その先は予想をはるかに上回る速度で物事が進んでしまったために、俺に取り憑きなおすタイミングを逃してしまった、という事らしい。


 「ちなみにだが、この装具、お前に憑いている間はずっとお前の生命力を吸い取っていたらしいぞ?」

 「え?そうなんですか?」

 「装備してからお前、だいぶ瘦せたんじゃないの?」

 「そういわれれば、そうですね。疲れもなかなか取れなかったように思います……」


 で、この装具は今回、俺の力が弱まったタイミングで、ようやく俺の精神にコンタクトできたらしい。

 そして語ったのが、早く俺に装備するように、という事だ。

 形状や色が変化したのはこれが持つ本来の機能らしく、装備する者が必要とするモノに最適化した結果なんだそうだ。


 「でな、この装具、元になったのは“悪魔”らしいぞ。」

 「悪魔!?」

 「まぁ、それがどんなモノかは俺もしらないけど、本人はそう言っていた。」

 「ねぇ、タカヒロ、悪魔って、この世にあらざる厄災の根源って言われているものだよ?」

 「私達魔族でも、悪魔は諸悪の源、と言われ恐れている存在です。その悪魔がタカヒロ様に……」


 こっちでも悪魔ってそういう位置づけなんだな。

 まぁ、今はそれはどうでもいいか。


 「うーん、とはいえ、そもそも“悪魔”ってなんだ?」

 「そ、それは、“天使”の対の存在、善悪の悪の象徴と言われています。」

 「それってさ、実際誰かが見たり確認したりしたのかな?」

 「それは……ないと思う。」


 ワールド自身、自分を悪魔だと言っているが、それって誰かの主観に過ぎないんじゃないのかなーって思う。

 そんな諸悪の根源とかを、人類、果ては星を救う為に使役するって理由がわからない。

 それ以前に、悪魔と天使っていう存在自体、本当なのかどうかも分からないしな。


 《あー、色々と言ってくれちゃってるけどな、アタイは悪魔だっつってんだろ。》

 「こ、これは?」

 「何、エルデさん?」

 「いや、こいつだよ。ワールドだ。」

 《あのなぁ、遅いんだよ。ようやくお前に取り憑くことができたけど、遅いんだよ! 》

 「そんな事言われてもな……」

 《アタイが憑いてりゃ、お前もこんな大怪我追わずにすんだんだぜ?バカめ!》

 「そうなのか?」

 《あたりめーだっつーの。まぁ、とはいえようやくこうしてお前に取り憑く事ができたんだ。仲良くやろうぜ!》

 「というかだな、お前、本当に悪魔ってやつなのか?」

 《な、なにを言う!悪魔だよ、ア・ク・マ!恐れ入りやがれバーカ!》

 「俺にはさ、どっちかってーと天使じゃないかって思えるんだけどな。」

 《なななな、ナニを言っちゃってくれてんだバカ!なんだよ天使って!》


 まぁ、仮にそういう存在がこの世界にあったとしよう。

 でもさ、その天使と悪魔の区分けって、実は最初からないんじゃないのかな。

 人間も一人が善と悪両方の側面を必ず持ち合わせている。

 そうして構築された世界も、あらゆる相反するものを同時に持ち合わせていると言える。

 いわゆる二律背反や矛盾なんて言葉もあるくらいだ。


 しかもこの装具の特徴もそうだ。


 防具は何物も通さない完ぺきな防備を誇るという。

 しかし

 剣は全てを完全に切り裂く力を持つという。


 もう、存在自体がそのまんま“矛盾”なんだ。


 装具の名称もワールド、だしな。

 世界は矛盾に満ちている。それを表したネーミング、というわけだ。


 「まぁでもさ、装備が手に入ったとしても、あっちで通用するかどうかは、まだ何とも言えないけどな。」

 「あなた、またすぐに行かれるのですか?」

 「サクラ、心配ばかりかけちゃうけど、コテンパンにやられはしたけど、だからこその打開策も見えてきたんだ。」

 「あなた……」

 「たぶん、だけど。死にはしない、と思う。たとえ四肢が無くなったとしても、生きて帰ってこれる。そんな気がするんだ。」

 「……」


 現状が現状なだけに、誰も言葉を発せないでいる。


 《まぁ、アタイがお前に取り憑いた時点で、お前を死なせるつもりはない。せっかく取り憑いたんだ。簡単には死なせないぜ? 》

 「それはありがたいけどな。」

 《ただな、そうは言ってもこのままだとまた同じ目に合う確率のほうが高いな、うん。》

 「ん?どういう事だ?」

 《こっちはともかく、あっちじゃアタイの力も100%出せないんだよ、忌々しいがな!》

 「じゃあ、どうしようもないじゃんか。」

 《そこで、だ。お前、“月の欠片”持ってんだろ?》

 「月の欠片?」

 《ああ、わかるぜ、その力を感じるしな》

 「あ、あれか、天狗のおっちゃんからもらった光の玉。」

 《あれな、あっちの世界にもあるんだよ。それをアタイに吸収させろ。それで制限はなくなるぜ。お前の精霊どもも、本来の力を出せるようになるだろうよ。》


 月の欠片にそんな力があるのか。

 というか、あっちにもある?


 《ちなみにだが、この世界にも存在する。でもな、吸収するのはあっちの世界にある月の欠片じゃないとダメなんだよ。》

 「それって、その世界での適性みたいなもんか?」

 《お?よくわかったな。いわゆる相性だな、うん》

 「そうなのか。あっちでもまず光の玉をさがさないといけないのか……」

 《まぁ、無くてもとりあえずはこの前みたいな無様な姿にはならないけどな。アタイが居りゃな。》

 「そうか。いや、しかし、何でお前そんな事知ってんだよ?」

 《ん、ああ、そりゃアタイが悪魔だからだぜ!恐れ入ったかよ!》

 「答えになってねえし、まず悪魔じゃねえだろうよ?」

 《キーッ!しつこい!バーカ!》

 「先日、エルデ様が言っていたのは、こういう事なのですね?」

 「サクラ、エルデがって?」

 「はい、月の欠片、専用の装備、これらがあっちの世界で、あなたの力を完全に引き出す、と。」

 「そうか、エルデがそんなことを……」


 ともあれ、こうして伝説の装具“ワールド”は俺の手中に収まった。

 あとは体力を回復して、再度あっちへ赴くだけだ。

 その為、今は体力回復に全力をそそぐのだった。


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