第67話 大精霊 シヴァ
しばらく歩いたところにある扉の前で止まった。
「さあ、入るがよい。他の者は散れ。誰も入れるでない。」
「はい、女王さま。」
促されて部屋に入ると、かたく扉を閉ざされた。
部屋はどうも、シヴァ様の私室のようだ。
テーブルにはすでに、暖かいお茶と茶菓子が準備されていた。
「あの、シヴァ様……」
そう言いかけたところで、シヴァ様は俺に抱き着いてきた。
「わッ!あの、シヴァ様!?」
「すまなかったのう、すまなかったのう、タカヒロよ。」
「え?え?」
シヴァ様は抱擁を解かない。
俺は戸惑うしかない。
「あの時は怖がらせてしまい、此度も辛い役目を負わせてしまい、そなたには謝る事しかできぬ……」
「あの時って?え?」
「こんなわらわを、どうか嫌わないでおくれ。」
「嫌うも何も、あの、シヴァ様?」
「……うむ、すまぬ、ちょっと唐突すぎたな。許してくれ。」
「そ、それは良いのですが……」
「まずは座ろう。説明はしなければな。」
「は、はい。」
促されて椅子に座る。
シヴァ様も座る、のだが。
なぜ隣に?
普通は対面では?
椅子に座りしばしの時間。
シヴァ様は、あー、とか、うー、とか言いつつモジモジしている。
たまりかねた俺は
「あの、シヴァ様?」
「ふぁ!?」
「あの……」
「あ、ああ、そうであった、あ、ほら、茶じゃ、茶を飲んでくれ。」
そう言ってシヴァ様はお茶を勧めようとカップに手を伸ばすのだが、目測を誤ったのか、カップを倒してお茶をぶちまけてしまった。
「ああああああ、すすすすす、すまぬ!」
「いやいや、シヴァ様、大丈夫です、というか、俺が拭きますから!」
なんか、とってもアレな感じだ。
もしかして、シヴァ様ってけっこうなドジっ子なのか?
「うううう、見苦しい所ばかり見せてしまうな。ちょっと緊張しておるようじゃ、申し訳ない。」
「それは良いのですが……」
「そうじゃな、コホン、では、きちんと話そう。」
「はい。」
「まず、じゃ。そなたとは、昔すでに出会っておるのだ。」
「え?」
「あの妖怪、そなたがサダコと名付けたものも、な。」
「じゃあ、もしかして……」
「あー正確にはわらわではなく分身体なのだがな。分身体といえども、中身はわらわそのものじゃからな。」
「サダコが言っていた精霊の子や、天狗のおっちゃんが言っていた雪ん子って……」
「そうじゃ、わらわじゃ。」
なんとなくそうかなぁとは思っていたけど、やっぱりそうだったんだ。
「すまぬ、あの時はなぜかそなたが愛おしくなっての、我を忘れて愛でようとそなたに突進してしまったのだ。」
「そ、それは、謝るのは俺の方です。あなたを怖がってしまって、傷つけたのは俺の方で!」
「違うのだ、ちょっと冷静になれば小さなそなたがそんなわらわを怖がるのは当たり前じゃ。配慮が足りなかったのはわらわの方じゃ。」
「そんな……」
「それに、だ。そなたにそのような縁を作ってしまったのも、恐らくはわらわのせいでもあるだろう。」
「え?何で?」
「わらわがちょっと落ち着いておれば、そなたに会う事も避けられた。そなたがこんなことに巻き込まれる事も無かっただろうに。」
「いや、それは……」
「すまなかったのう、タカヒロ……」
「……ちょっと待ってください、シヴァ様。」
「シヴァ、と呼んでおくれ。」
「いや、それもちょっと待ってください。あの、経緯はわかりました。でも、今の状況については、むしろ俺はあなたに感謝します。」
「なぜだ?この後もっとつらい事があるやも知れぬのだぞ?」
「だとしても、です。確かに、子供たちというか、元の世界の惨状を知ってしまった事や、星を救うなんていう重要な役目を背負ったのは辛いです。」
「であろうな、そうであろうな……」
「でも、逆にそれで星も含め、今ここに生きている人々を救える機会を得た、チャンスをもらった、ともいえると思います。」
「タカヒロ?」
「もちろん、俺の行動次第なのでしょうけど、それで世界の未来を拓けるのなら、みんなを救えるのなら、それならば辛さなんて苦になりませんよ。」
「タカヒロ、そなたは……」
「それに、辛い事は今まで……何度もありました。今更です。」
「うむ、強くなったな、あの小さくわんぱくで臆病で可愛かったそなたが、こんなに強くなったのだな。わらわは、嬉しいぞ。」
「シヴァ様。」
「シヴァ、だ。人間ではそなただけが、わらわをそう呼ぶ資格がある。というか、呼べ。」
「いや、それはさすがに……」
「呼べ。」
「は、はい。わかりました。シヴァ。」
「うーん、やはり愛い奴じゃ!」
またギューッと抱きしめられてしまった。
「というかですね、シヴァはなぜ俺をそこまで?」
「うむ、それはわらわにも分からぬ。そなたを初めて見た時にな、こう、なんか胸に熱いものを感じたのじゃ。」
「それって……」
「この世に顕現して15,000年、そんな気持ちは初めてだったのだ。」
「15000年?」
「うむ、わらわはあの西暦とかいうものよりもずっと前から、この地球にいるのだぞ。」
「ふえー。」
「なんだ、ババアとでも思ったのか?」
「いやいや、そんな事は思いませんって。その、姿は全然美しいですし……」
「わー!そんな事を言われると、胸が苦しくなる!」
「あ、ごめんなさい。」
「もっと言え!」
「どっちですか!?」
抱き合ったまま、シヴァはこんな言葉を放ってきた。
真剣なまなざしで、俺を見つめて
「タカヒロ、お願いがある。」
「何でしょうか?」
「う、うむ、あ、あのな……」
「言ってください。無茶な事でなければ、大抵の事は大丈夫です。」
「そ、そうか、では、コホン。」
「……」
「わ、わらわと子を成そうぞ、今、ここで!」
「……は?」
「イヤ、か?」
「いやいやいやいや!、そんな急に、というか、なんで?、え?子を成すって、え?」
「心配ないぞ、すぐに済む故。」
「そういう問題じゃ……」
「イヤか?」
「う……」
心なしか、瞳が潤んでいる気がする……
これはちょっと、ヤバくないか?
というか、シヴァのような高位存在に対して行為をぞんざいに、なんて……
うん、座布団1.5枚だな。
じゃなくて!
やばい、俺も混乱してきた。
「ささ、熱いベーゼを交わそうぞ!」
「そ、そんな、こんな所で……ベーゼ?」
「に、人間は、その、口づけで子を成すのであろう?」
「え?」
「だから、その、そなたと口づけがしたい。イヤか?」
「シヴァ……」
やられた。
もうだめだ。
何、この、ギャップ萌え、でいいのか?
長寿で博識で威厳もあり全ての者から神の如く崇拝され恐れられているシヴァが。
キスで子供が出来ちゃう、とか、大人に憧れ始めた少女みたいな事を言い出して。
破壊力抜群の、最強の攻撃だろ、これ。
「……わ、わかりました、その、俺なんかで良ければ……」
「そなたでないとだめなのじゃ……」
俺、理性が飛びました。
ごめんなさい、全世界の皆様。
これは抗えません。
意を決して、シヴァの顔を直視し、両手でシヴァの頬を包む。
そのまま、ゆっくりと顔を近づけて、キスをした。
手を放し、今度はシヴァの体に回して抱きしめると、シヴァも抱いている腕に力を入れる。
顔を放すと、シヴァはポーっとしたまましばらく固まって。
そして
気絶した。




