第61話 永遠のサクラ
自分で書いてて涙したエピソード。
親しい人の死は表現できない程の衝撃があります。
サクラは医療室へと運ばれ、ひとまず止血の応急処置を続けている。
ラファールが治癒の魔法をかけ、アルチナが解毒の魔法をかけるが、効果はない。
少しずつ、少しずつサクラの呼吸は弱くなり、その間隔が伸びている。
「サクラ…サクラ…サクラ……」
俺はサクラの手を握り、そうずっと呟いていたそうだ。
もう、この時俺はほとんど思考はなかった。
ただただ、サクラの名を呟き、手を握りしめ、サクラを見つめていたそうだ。
「ど、どうなんだ、姉上は?」
「すみません、血が、血が止まりません、毒も。このままでは……」
「姉上…」
すると、サクラが目を開け、口を開いた。
弱々しい、途切れ途切れの声で
「タカ、ヒロ…さま……」
声を出すのも辛いだろうに、俺に話しかけてくる。
俺はこの時ばかりは我に返った。
「サ、サクラ……しっかり、しっかりしてくれ……」
「タカヒ…ロ、さま。」
「うん、うん。」
「い…まま、で…ありが、とう…ござい…まし、た……」
「な、何を言って……」
「わたしは、わたしは……あなたに…あえ、て…しあわ、せ…でし…た……」
「サクラ……」
「あい……し…て……い…………」
「サクラ?サクラ!」
握っていたサクラの手は力が抜け、するりと俺の手から抜け落ちた。
「サクラ…………」
薄く目を開け、涙を流しているサクラは、もう、息をしていなかった。
それからは、何も覚えていない。
気が付くと、俺は中庭のベンチに座っていた。
頭の中は色々な感情が渦巻いて、涙の一つもでてこない。
思考が、感情が、どこかで堰き止められているような感覚だ。
こんな感覚、二度目だ。
妻が、マスミが亡くなる時もこんな感じだった。
あの時、、マスミは俺が見守る中、仕切り窓の向こうで息を引き取り、医者が連れ出すまで俺はずっと仕切り窓に貼り付いていた。
その時も茫然自失で固まっていたそうだ。
意識だけははっきりしているのに、一切の感情が抜け落ちたような、何も考えられない感覚。
どれほどの時間こうしているのかもわからない。
ただ、これだけがはっきりとわかった。
サクラは、サクラとは、もう話すこともできない。
声を聴くことも、笑い合う事も、怒られることも。
そして、愛し合う事も。
それだけが、はっきりと認識できる。
できるのに……
気が付くと、いつの間にか横にカスミ、いや、コロルが居た。
コロルは、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
感情を表に出さないはずの精霊のコロルが、泣いていたんだ。
「……コロル?」
何の感情もない声で、コロルを呼んだ。
「タカヒロ…ひぐッ…カッ、カスミが、ひくっ、居なくなっちゃった……サクラも死んじゃって、カスミも……うぐうっ」
カスミが……いない?
なんで?いや、どこへ?
だめだ、こんな状況で、頭は情報が処理できない。理解が追い付かない。
足はがくがくと震えているのが分かる。
何とかコロルの元まで歩きコロルを抱きしめると、コロルも震えて大声で泣きじゃくっている。
そこに
「タカヒロ!」
「ロー…ズ?」
「お姉さまが、お姉さまが!!」
それを聞いた途端、俺はコロルを抱いたまま医療室へと走った。
文字通り、無我夢中で。
医療室に入ると、皆がサクラを囲んでいる。
その中に割って入り、サクラを見る。
血が、というか傷が塞がっている?
胸も上下していて、呼吸をしている?
サクラは、サクラは無事だったのか?
いや、そんな事はないはずだ。
あの時、確かに……
でも、これは?
サクラの手を握る。
暖かい。
生きている……
生きている!
俺が手を握ると、サクラはゆっくりと目を開けた。
そして
「タカ…ヒロ…様。」
俺の名を呼んだ。
「!!」
言葉なんか出てこない。
ただただ、俺はサクラに抱き着いた。
それまで止まっていた全ての感情が、一気に湧き出してきた。
「う、うわあぁぁぁー!」
大声で泣いた。
泣く事しかできなかった。
寝ているサクラに覆いかぶさり、しっかりと抱きしめて。
「タカヒロ様……」
サクラは小さく呟き、俺の頭を優しく撫でていた。
すると、サダコが
「みな、よいな。」
そう言うと、みんなが部屋を出て行った。
ここに残ったのは俺とサクラ、コロルとサダコだけだ。
部屋を出ていく皆の顔は、悲痛なままだったようだが、そこまで気が回らない。
抱き合ったままの俺を、サダコが呼ぶ。
「主様よ、聞いてくれ。」
「サダコ、グスッ、どうした?」
「サクラは息を吹き返した。これは、まぎれもない事実じゃ。」
「ああ、でも、どうやって?」
「よいか主様、落ち着いて聞いてほしい。」
俺はサクラを見て、サダコに向き直った。
「この世界、というか、どの世界でも同じだとは思うが、死んだものというのはの、絶対に生き返らないのじゃ。」
「え?いや、でも、現にサクラやカスミは……」
「うむ、カスミはその、霊体で存在しつつ、精霊とやらの力とそこのコロルじゃったか、依り代があったから実体化できたに過ぎないのじゃ。」
「確かにそんな話ではあったけど……」
「この世界で言う魔法というモノにも、死者の蘇生の魔法はないそうじゃ。もちろん、ワシらもそのような術は聞いたことがない。」
「じゃ、サクラは?」
「うむ、まず例外として、というか、この場合は世の理から外れた事なんじゃ。」
「例外?」
「よいか、落ち着いて、よく聞いておくれ。」
「……」
サクラの手を握る俺の手は震え、少し力が入る。
「サクラを生き返らせるには、代償が必要だったそうじゃ。そして、その代償は人間を大きく超えるほどの生命力と精神力を持つ何か、という事なんじゃ。」
「え? 何だよ、それ?」
「それに加え、星のエネルギーに匹敵する力と、この世界にはない“要素”とやらが必須らしいのじゃ。」
「ちょ、まって、え?話が……まさか……」
「うむ、カスミはの、その代償になると言って、その魂を捧げたのじゃ……」
「え?……そんな、それじゃ、カスミは……」
「で、じゃ、ワシが持っていたあの小さな玉が、その“要素”と“力”というモノだったようじゃ。」
え?
何だよ。それ?
サクラは生き返った。それは、とても嬉しい事だ。
でも、その代わりに誰かを失うんじゃ、意味がないじゃないか……
なんで、カスミが……?
カスミが、消え……た?
「すまん、主様よ。ワシらは何も言えなかった。止めることはできなかった。何も……できんかったのじゃ。」
「そんな……」
サクラも悲痛な表情になる。
それはそうだろう、誰かが自分を生かすために、代わりに消えたのだから。
まだ元気になっていないサクラは、横になったまま俺を見つめ、涙を流している。
「タカヒロ様、私は、どうすれば……」
「サクラ……」
俺も涙が止まらない。
どうしていいのかもわからない。
どうすべきなのかなんて、もちろんわからない。
俺は膝から崩れ落ちて、膝立ちの状態になる。
また体の力が全部抜けたような感じだ。
とめどなく流れる涙が、どういう意味かすら判断できない。
何分たっただろうか。
みな無言のままだった。
そして
「カスミ……」
俺は呟くようにカスミの名を呼んだ。
すると
「はーい!呼んだー?おまたせー!!」
カスミは虚空から出現した。
小さく、淡く光る、妖精のような姿で。
「「「「 は? 」」」」
「恥ずかしながら!帰ってきました!」
「わー!カスミー!」
コロルは泣き顔のまま、妖精のようなカスミをはっしと掴む。
「ちょ、ちょ、掴んじゃダメ、掴んじゃ。」
「だって、だって、うわーん、カスミー……」
「コロル、さっそくもう一度一緒になっていいかな?」
「うん、うん。もちろんだよ!」
妖精の姿のカスミは、コロルの胸に飛び込む。
すると、コロルはカスミの姿になった。
「あー、やっぱりこれが落ち着く!」
「カスミ!」
「ッ……」
俺はカスミに歩み寄ると、カスミは体を硬直させた。
怒られるとか思ったんだろうけど、怒るわけがない。
そのまま、カスミを抱きしめる。
「バカやろう……」
「……ごめんね、タカヒロ。でもあれしか思いつかなかったの。」
「うん、うん。」
「一度死んだ私だもん、二度も三度も一緒だと思ったの。」
「そんなわけあるか。」
「だって、アンタは大切な人をたくさん失ったじゃないの、だから……」
「ばか、お前だって大切な人なんだぞ。」
「……ごめんね。」
「ああ。」
こうして、奇跡ともいえるカスミの活躍で、サクラもカスミも無事だった。
これ以上、何も望むことはない。
俺たちは、そんな思いを噛みしめて抱き合った。
「こんなことって……ワシの理解の範疇を超えた現象じゃな……」
少し落ち着いた所で、カスミは事の顛末を説明してくれた。
「アタシがサクラの命の代償として、その玉へと飛び込んだのね。」
「あのさ、何であの玉にそういう力があるって判ったんだ?」
「なんとなく、なんだけど、あの玉が話しかけてきたような気もする、かな。とにかくそんな事が頭に入ってきたのよ。」
「ほう、あれが……」
「んでね、サクラの魂は霊体にもならずまだそこにあったから、アタシはそれに融合しようとした、んだけど……」
「だけど?」
「あの玉、融合しようとしたらアタシを弾き飛ばしたのよ!で、あの玉がそのままサクラの魂に融合して、サクラの体にもどったのさ。」
「じゃあ、お前は」
「うん、結果的に、あの玉を運ぶ役目をしただけだね。」
いまいち想像が難しい流れではある、が、しかし。
何となくだが、偶然にしてはでき過ぎていると思う。
たまたま、あっちでサダコに出会い、
たまたま、あっちであの玉を手に入れて、
たまたま、ダルシアの逆襲とかち合って、
たまたま、蘇生に必要な要素が揃っていて。
「あのさ……」
「「「 ん? 」」」
「これって、サダコのお陰じゃないのか?」
「なぜワシが?」
「だってお前、座敷童じゃないか。幸福をもたらす座敷童。」
「それは認識違いじゃな。ワシらと共にあって富や権力を得た、という者はな、元々そういう力か素養があったにすぎぬ。
他力本願においそれと恵みをもたらす存在など、むしろ害悪以外の何物でもないであろうよ。」
「そうなのか?」
「考えてもみよ、もしワシがそんなラッキーパーソンだったなら、そもそもサクラは凶刃に倒れてはいまいよ。」
「そう、かもな。」
本当に、偶然が重なった結果なんだろうか。
謎は深まるばかりだな。




