第55話 故郷、茨城
黒い光に包まれ、気付いたらあの場所にいた。
俺が消えた駅前のあの場所だ。
三重県の桑名市。
俺はそこで暮らしていたんだ。
仕事で越してきて25年近く経った、住み慣れた都市だ。
「こ、ここは、返ってきた、んじゃないんだな……」
「あー、あの時のまんまだね。」
認識した途端目頭が熱くなった。
溢れるいろんな気持ちが、止められない。
誰憚ることなく、涙が流れる。
嗚咽が止まらない。
「ミト、ヤマト……」
道行く人が、訝し気に俺を見ては気持ち悪がっている。
そりゃそうだろうな、道端で突然大泣きしているオッサンなんて「いやどーも」としか言いようがない。
が、俺はそんな事気にしている余裕はない。
もう、理屈じゃないんだよ。
「あー、もう、ちょっと、気持ちはわかるけど……」
「あ、ああ、す、すまん。でも、うぅぅ……」
「こんな姿、サクラ達には見せられないわね……」
俺はこの場所で、数分泣いていた。
「どう?落ち着いた?」
「ああ、ごめんな。ちょっと、歯止めが利かなかった……」
「まぁ、しょうがないんちゃう?でもや、ここは元の場所ちがうに?」
「ああ、そうだな。違うはずだ。何となく空気が違うのはわかる。」
「そーやんな。アタシ地元やけど、何か違う気がするんよ。」
「お前、言葉が三重県のそれになってんな。」
「あ、そやね!不思議なぴーちぱ…」
「ま、それはそれとして、さて。」
「あ、そこは流すんやね。」
降り立った場所は、俺があの世界に呼ばれる時に消えた場所。
しかし、目的地は500キロ以上離れた茨城県だ。
なんでまたココなんだろうとは思うが、それは考えても仕方がない。
きっと答えは出ないだろう。
それよりも、感慨にふけっている時間はない。すぐに茨城県に向かわなければならない。
がしかし。
「どうやって行きゃ良いんだよ……」
「そりゃ、新幹線で行くんやないの?」
「いや、そうなんだけど、俺、金持ってないぞ。」
「あれ?財布は失くしてなかったやん?」
「あるにはあるが……」
そう言って、バッグから財布を出し……
あれ?
バッグは向こうのまま、変な空間になっている。
という事は、ココに何でも大量に放り込めるな。
いや、今はそこじゃない。金だ。
財布の中を見ると……
諭吉さんが数十枚入っている。
俺、そもそもそんな大金は所持していないんだが?
「凄いやん!?リッチやん!!」
「いやいやいや、俺こんな大金、持っていなかったぞ?」
「いいやん、今はアンタの持ち物やん!使っちゃえばいいやん。必要経費やって。」
まーそうなんだろうけどさ。
拘泥していても仕方がない。
早速、茨城へ行くとしよう。
電車に乗り名古屋駅まで来た。
ココから新幹線を乗り継ぎ、ひとまず栃木県の小山駅まで行く、のだが。
「ねえ、アタシ新幹線ってすんごく久しぶりなのよー、ワクワクするは!」
「お前、何かキャラ変わってないか?」
「ええんやってそんなん。というか、あれ食べよ、駅弁!え・き・べ・ん!」
「わかったよ、もう。」
新幹線とはいえ、小山駅までは乗り継ぎ時間も入れて3時間半ほどかかる。
昼ごはんも食べていないから、駅弁くらいは食べておくか。
「ね、ね、新幹線で駅弁食べるって、ええよね。こんなんでも美味しく感じるーぅ。」
「これこれ、こんなんでもは余計だ。基本駅弁は美味しいんだぞ。」
「そーなん?いや、でもマジ美味しい。」
さながら、親娘で旅行している感じだな。
ミトも帰省時はこんな風にはしゃいでたっけ。
「ねー見て! 富士山! 綺麗だよねー!!」
と、流れる景色を堪能している。
ひとしきり車窓を楽しんだカスミは、いつの間にか寝ていた。
可愛い寝顔が、ミトと重なる。
そんな姿を見て押さえきれず、涙が溢れる。
いかんな、感傷的になりすぎだな、うん。
俺の手を握りながら寝ているカスミの手に、少し力が入ったような気がした。
東京駅で東北新幹線に乗り換え、小山駅に着いた。
ここから、水戸線に乗り換えて目的地まで一直線だ。
すでに陽も傾き、気温のピークも超えた頃に、俺の故郷に到着した。
茨城県の桜川市という所にある羽黒駅。
何の特徴も、これといって大した名所もない、過疎化が進む田舎の駅だ。
あ、唯一近くに山桜の名勝があったな。
駅の南側に見える山、あれが目的地の山なんだが……
「今日はあそこへは行けないな。こんな時間じゃ。」
「え?なんで?別に夜でもいいんじゃね?」
「あー、あの山な、実はな……」
俺は、夜にあの山に一人で入るのはとても怖いのであった。
他の山は平気だし、心霊スポットとか、幽霊とか、そんなのは全く気にしないし、一人でそういう所に平気で行ける俺なのだが、あの山だけは何故かダメなのだ。
何が、という明確なものはない。
しかし、あの山だけは行く気になれないのだ。
「タカヒロ、お化け怖いん?」
「あほか、お前がお化けじゃんか。」
「そう言やそうやね、でも何で?」
「いや、俺にも分からないんだよ。夜にあの場所だけは、どうしても行く気にならないんだ。」
「ふーん、不思議やね。じゃあ、どうする?」
「ひとまず、宿を取って明日朝から登ろう。」
「そやね、そうしよ。」
「ま、その前に、久しぶりの故郷だ。ちょっと散策したいかな。」
「いいんやない?アタシも付き合うよ。アンタの故郷見てみたいし。」
束の間の帰郷、懐かしい街並みを見て回り、時には感慨深くなり、時には懐かしさに涙し、羽黒駅に戻った。
「アンタさ、意外と、というか、けっこう泣き虫だよね、やっぱり。」
「そう言うなよ。歳取ると涙腺が緩くなるんだってば。」
「まぁ、それもアンタらしくていいんちゃうかな、うん。」
そうして、俺たちはその日は東に3つ隣の笠間駅まで行き宿をとった。
丁度その日は何かの祭りの日らしく、夜でも駅前通りは賑やかだった。
が
「なあ、カスミ、あっちから何か異様な気配を感じるんだけど。」
「あ、やっぱり?アタシもなんやけど。」
宿から600m程離れた佐白山、そこは有名な心霊スポットで、幽霊を見たという話が絶えない場所だ。
俺も昔夜中に一人で行ったんだが、その時は何もなかったので拍子抜けしたもんだ。
が、今は何か違う。
世界が違うからなのか、今は魔力を感じられるからなのかはわからないが、確かに違和感がある。
「ちょっと、行ってみる。何か光の玉につながるヒントがあるかも知れないし。」
「あ、アタシもいくー。」
そうして、歩いてその場所に向かった。




