第53話 龍女王、マリュー
シャヴィの案内で、龍王の城まで来れた。
いよいよ龍族の女王への謁見なんだが実の所、その目的ってのがよくわかっていない。
何の用だ?と問われても、何の用でしょう?としか返せないような気がする。
そんな事を言ったら、即座に追い返されるだろうな、きっと。
人間を嫌っているそうだし、さて、困ったなこれは。
そんな懸念を抱いたまま、とうとう龍女王の前に来てしまった。
俺たち一行は龍女王を前に跪き、女王の一声を待った。
すると
「そちがタカヒロか。良い、面を上げなさい。」
やんわりとした優し気な、それでいて威厳を含んだ言葉でそういった。
「初にお目にかかります、龍の女王様、トモベタカヒロと申します。」
ちょっと、怖い。というか、オーラが半端ない。
魔王と対峙した時と同じ緊迫感がある。
とはいえ、女王様も相当な美しさだ。
思わず見とれてしまう程、というか、神々しさを感じる程だ。
「緊張せずともよい。そちがここへ来た理由はわかっている。」
それを聞いて、ちょっと安心したのは内緒だ。
「理由、ですか?」
「うむ、そちはもはや、魔族や人類のゴタゴタに構っている場合ではない。」
「は、はい?」
「わらわがシヴァ様から聞いた話では、そちはこの星そのものの命運を握っている、との事だ。」
「え?」
「わらわはその詳細は知らされていないが、わらわの協力が必須であるとも言われたのだ。」
「ちょ、ちょっと話が見えないのですが……」
「うむ、そうであろうの。わらわが言われたのは、そちをとある世界へと赴かせ、“月の欠片”とやらを回収させる、という事のみなのじゃ。」
「月の欠片、ですか?」
「うむ、それがどの様なもので、どこにあるのかはわらわも知らぬ。が、とある世界へそちを飛ばせば、必ず回収できる、と言っておった。」
「お、私もその“月の欠片”っていうのは知らないのですが?」
「うーむ、とはいえ、行けば分かるともシヴァ様は言っておったしな。」
「はぁ……」
「ともあれ、そこへ赴くには、ここにある神殿がその役目を果たす、と言っておられた。」
「そうなのですか。」
これまた無理難題を吹っ掛けられたな。
そもそも、その“月の欠片”ってなんだよ。
見たことも聞いたことも無いものを探せって言われてもな。しかも探すだけじゃなく回収って、それもどうなのよ?
「今日の所は長旅で疲れておろう、この里でゆっくり休み、明日神殿へと赴くがよいぞ。」
「はい、有難うございます……」
そう言うと、マリューさんとやらは玉座から立ち奥へと消えていった。
俺たちは里にある宿屋へ、かと思ったんだが、どうやら城に宿泊させてくれるそうだ。
魔王城と同じくらい大きく立派な城だ。
各部屋がとてつもなく大きいのは、龍族の人の本来の姿が龍だから、なんだろうと勝手に推測する。
いや、マジで無駄に空間が広いもんな。
その夜は歓迎会とはいかないまでも、贅を尽くした料理と酒で歓待された。
人間嫌いと聞いていたが意外にもフレンドリーであり、特にシャヴィは俺にべったりとくっついていた。
サクラやローズ、アルチナがほっぺを膨らましていたのは言うまでもない。
食事が済み、就寝しようと部屋へ戻った。
今回は一人一部屋が宛がわれたので、部屋には俺一人だ。とはいえ、部屋は大きいので数人ずつでも良かったように思うのだが。
しばらく経ってウトウトしていると、ドアがノックされた。
「はい」
ドアを開けると、そこにはマリューさんがいた。
「少し、宜しいか?」
「は、はい。どうぞ。」
マリューさんは部屋の中央にあるテーブルまで来ると、椅子に座り俺にも座るよう促した。
謁見の間でみた豪奢で威厳のあるドレスではなく、若干動きやすそうなドレスに変わっている。
室内は明るいので、マリューさんの顔は良く見えるのだが、やはり近くで見ると相当な美しさだ。
「まずはそちにお礼を述べておく、有難う。」
「はい?お礼って?」
「うむ、ヘザーは、わかるな。」
「はい。」
「そちはピコと呼んでいる様だが、その者は我らの眷属でな。要するに一族という訳じゃ。」
「そう聞き及んでいます。では、お礼とは」
「そう、彼の者を助けてくれたそうで、とても感謝している。」
「は、はい……」
「聞いていると思うが、わらわは人間が嫌いじゃ。その理由は奴らの身勝手さにある。」
「はい、耳が痛い話です。ですが……」
「まあ聞け、それだけではなく、奴らは過去、我ら龍族に対し裏切りをしたからなのじゃ。」
「そ、それは……?」
聞けば、かつて近隣の人間たちは龍族を神と崇め崇拝していたそうだ。
それは龍族が自然災害などが起きた時に人間を救ったりしていたからだそうだ。
しかし、ご神体として祀っていた龍の鱗が、都市部では高額で取引される貴重な品だと分かった。
農作物も満足に育たないその土地に暮らす人間たちは、暮らしを楽にしたいがため、やがて龍の鱗を得ようとした。
時には懇願し、時には酔わせて寝ている隙に鱗を剥ぎ、終いには龍を殺してまで。
それが発覚した時、先代の龍の女王、つまりマリューさんのお母様はその近隣の人間を許すことなく根絶やしにしたそうだ。
そして、その事が龍族も魔族と同じ人間にあだ名す存在として忌避されるようになった、と。
魔族との戦争もそうだが、結局は人間側が自己の都合、というよりも自己中心的な考えでそんな関係になったわけだ。
いや、その経緯というか理由っていうのは俺も良く分かる。
人間側としては、それも生きていくための手段の一つと判断したんだろう。
生きていくためには資産も必要だし、不安定な農作物の売買よりも手っ取り早く大金を得られるなら、そういう行動に至るだろう。
ただ、それを客観視した場合、善悪で分けた場合、非難されるべきは人間というのは当然だと思う。
龍族からすれば文字通り、恩を仇で返された形だもんな。
「しかしな、そんな馬鹿な人間の中にも、それを善しとしない者がおるのも事実でな。」
「は、はい……」
「母者は、直接害を加えた人間以外には何もせず、人間を拒絶する事で納めたのじゃ。」
「それは、なぜ?」
「勇者、とは聞いたことがあるか?」
「はい、聞いています。」
「彼奴が、母者に説いて、それ以上の報復は無駄だと悟らせたのじゃ。これはあの魔族と人間との戦の前の話じゃな。」
「ムサシさんが……」
「話の中身はわらわもよく理解はできぬが、それ以来母者はわらわに人間は憎むべき存在、しかし、相手にしてはならぬ存在、と言い続けたのじゃ。」
「関係しなければ、接触がなければ双方とも利害も発生しない、という事でしょうか。」
「そうじゃの。わかりやすく言えば、無視するのが一番、という事なんじゃろうな。」
「……なんか、いたたまれませんね。」
「ふふふ、まぁ、人間であるそちにこんな話をしたのは、いささか意地悪にも感じるだろうが、本題は別にある。」
「別、ですか。」
「うむ、此度のシヴァ様からの指示なのじゃが、この星の命運、と言っておったのは先の話の通りなんじゃが。」
「はい。」
「どうも、我らが思っている以上の大事のような気がするのじゃ。」
「と、言いますと?」
「この星そのものが消滅するような規模の厄災なのではないか、と、わらわは思っておる。」
星が消滅って、それってどんな災害なんだ?
まさか、星の寿命とか、あるいはジャイアントインパクトみたいなものとか、か?
「そうなると、もはや人間がどうこう、魔族龍族がどうこう言っている場合ではないのじゃ。」
「だから、こうして憎むべき存在の、人間である私に協力する、という事ですか?」
「ふふふ、たわけめ。わらわがすべての人間を憎むなど、そのような狭い視野は持っておらぬぞ?」
「はい?」
「一つだけ言っておこう。そちからはこの世界の人間とは違う価値観を感じる。
というよりも、そちを見ていると憎しみよりも、不思議と慈しみの感情の方がより強くなる。」
「……」
「そちが本当は何者なのかはわからぬが、わらわにそう思わせるような者を好いてこそすれ憎む理由はないであろう。」
「あ、有難うございます……」
「それにな、あのシャヴォンヌがあれだけそちに懐くのも、そう思わせる一因でもある。
あの子も含め、我らは感情でなく本能で好意を理解するのじゃ。」
「そ、そうなのですか?」
「うむ、もちろん、わらわもそちを好いておる。が、わらわのそれは嫌いではない、という意味じゃからな、勘違いするでないぞ?」
「そ、それは、もちろんです!」
「ふふふ、で、だ。」
「はい。」
「明日、そちには神殿へ赴き、“月の欠片”があると思われる世界へと飛んでもらう。」
「それは良いのですが、そもそも月の欠片とは何なのですか?」
「それなんじゃが、謁見の後シヴァ様に再び尋ねた所、そちの所縁の地にそれは存在する、という事らしい。」
「お、私の所縁の地?」
「うむ、そこへは神殿の門が勝手に連れて行ってくれるそうじゃが、問題はその“月の欠片”がどういうモノなのか、じゃな。」
「はい。知らないものを探す、というのは、とっても難しいと思いますし……」
「それはな、この位の、光る玉らしいぞ。いわば宝玉みたいなもんじゃな。」
マリューさんが手で形作ったのは、ソフトボール位の大きさの丸い物体、だった。
「それ以上はシヴァ様もわからぬようだが、やや無責任かもしれぬがあとはそち次第、という事なのであろうな。」
「……」
まぁ、俺所縁の地なんてそんなに多くは無い。
行けば何かヒントのようなものも有るかも知れない。
なにより、具体的な形状が判明したなら、探し出すのも不可能ではないと思う。
簡単ではないだろうけどね。
「ところで、なのですが。」
「ん、何じゃ?」
「シヴァ様というのは、どういうお方なのですか?」
「知らぬのか?」
「以前、精霊女王だというのは聞きましたが、この世界では“神”のようなお方なのですか?」
「まぁ、そのように崇拝されることはあるだろうが、そんな存在ではないな。あの方は精霊女王であってそれ以外の何物でもないぞ。」
「は、はぁ。」
「ただし、の。今この地上で一番長く生きておられるのがシヴァ様じゃ。それだけの記憶の蓄積とそれに伴う知恵と力がある。そういう意味では、神と称しても良いかもしれぬがな。」
「そうなんですか。」
「いずれシヴァ様の下へも赴く時があろう。その時、直接聞けばよいと思うぞ。」
「はい、わかりました、有難うございます。」
「さて、明日は朝早い。わらわももう寝る時間じゃ。そちもゆっくり休め。」
「はい。」
「何なら、わらわが添い寝するか?」
「い、いえいえ、そんな……」
「ふふ、たわけめ、冗談じゃ。とはいえシャヴォンヌはどうかわからぬがな。では。」
こうしてまたいろいろな事が頭を駆け巡り、寝付いたのはまもなく空が白み始めるであろう時間だった。




