第50話 勇者
翌日、ファルク達はエスト王国へ向け出発した。
誰が残るのかでけっこう揉めたようだが、結局
「一緒。嬉しい。」
フランが残る事となったようだ。
まぁ、なんとなくそうかなーとは思っていた。
が、きちんと理由はあるらしく、何かあった場合に連絡係としては最適な事と、英雄一行ではファルクに次いで実力者であること、そしてなんと、ジパング国と縁ある人物なので救出は必須、だという事、らしい。
ジパング国って、あのギブソン達が修行したってところだろ?
聞いた限りでは、元の日本列島で間違いないようだ。
そこと縁があるってのは初耳なのだが、何となく身のこなしとか忍者みたいだし、そんな気はしてた。
いやしかし、忍者ってそんなん、俺の時代ですらもう存在していなかったが、謎だな。
「さて、それじゃ俺たちはしばらく待機ってことだな。」
「そうですね、タカヒロ様はこの間どうしますか?」
「そうだな、魔族の世界を見て回りたいってのはあるけど……」
「タカヒロ、まさかあの姫とデートするつもりじゃ?」
「しないって。回るならお前たちと一緒だろ?」
「う、うん、それならいいんだけど…えへへ」
因みにカスミは、ミノリさんの所へ内容を伝えに行っている。
そこから直接ラークの元へ行き話をする算段となっている。
という事で、俺たちはファルク達が帰ってくる間、この魔界を見学して回る事になった。
一応これで「魔界の偵察」という事実は作れたかもしれないんだけど、もはや意味は無い様な気もする。
で、今日は魔王自ら、とある場所を案内してくれるらしい。
城下町から50kmほど離れたところにあるらしいが、ハーピー族の人が送ってくれたので数十分で着いた。
石造りの古い庭園のような、ヨーロッパの貴族が暮らす邸宅にあるような、優雅な空間に来た。
庭園らしき場所の中央に、それとは対照的な建物が建っていた。
なんというか、この場に似合わないそれは、まさしく日本家屋だった。
藁ぶきではなく瓦屋根だが、まさしく日本式の家だ。
「こ、これは……」
「ジパングの建築。こんな所に?」
フランは何となくわかるようだが、俺とは違う受け止め方みたいだな。
「ここはな、勇者が死ぬまで暮らしていた場所だ。」
「え?勇者は行方不明になったんじゃ?」
「人間側ではそうなっているが、あ奴はここで静かに暮らしていたんだよ。まぁ、静かかどうかはいまいちわからんが。」
「なんでそんな世捨て人みたいな暮らしを……」
「まぁ、結局はあ奴も人間の醜い所を見続けるのはつらかったんじゃないかな。もっとも、それ以外の理由もあるとか言ってたな、たしか。」
「そうか、それで人間が寄り付かないここで……というか、それ以外の理由?」
「奴が言うには、人間の悪意は薄れているはずだ、と言っていたな。その辺はよく分からぬが。
ま、オレはちょくちょく遊びにきたりしていたし、色々とその、来客もあったようで一人寂しく、という訳ではなかったようだがな。」
「来客?」
「うむ、あ奴なりにここでの生活を満喫しておったようでな。」
「そうなんだ、しかし、来客ったって、魔族以外いないんじゃ?」
「実はな、あ奴はその、何というか、そう、女誑しだったんだよ。」
「は?」
「来客というのは人間やら魔族やらの女でな、ここでその、多数の女性と仲睦まじい時間を過ごしていたな、うん。」
「へー……」
「……」
微妙な空気が流れたが、呆けている場合じゃないと魔王も気づいたのか
「それはそれとして、だ。こっちに来てほしい。」
と、連れてこられたのは、その家の裏手、そこには一つの石碑というか、石像があった。
いや、これ、ブロンズ像か?
「オレが建てたんだ。惜しまれつつこの世を去った勇者、ムサシの生きた証だ。」
「ムサシ?ムサシって言うんですか、勇者は?」
「うむ、どうもジパング出身らしいのだが、本人は違うと言っておったがな。」
ムサシって、どう考えても日本人の名前だろ。
そういや、持っている剣も刀、ちょっと長いけど日本刀だよな、これ。
ん、下の石碑に文字が彫ってある。
【 TAC‐HERO MUSASHI. My CloseFriend RestsHere.Eternally. 】
訳すると
何々、闘いの英雄ムサシ。親友、ここに永眠す、でいいのか?
タック・ヒーローって、あんまり使わない言い回しだよな。
タックヒーロー?
タクティカル、戦術的ヒーローってことか?
でも、聞いた限りじゃ勇者って戦略的、のほうがしっくりくるけどな。
「そのタックヒーローの意味は解らんが、墓石にはこれを刻んでくれとあ奴が言っていてな。」
「文字も英語なんですね。」
「英語、というのかこの文字は? 我らの言語とは違うしな、後ろの文の意味はあ奴から聞いたのだ。」
「そうなんですか……」
「そういえばタックヒーローとは、タカヒロ、とも聞こえるな。偶然か?」
「偶然……でしょう。間違いなく。」
「そうなのか。」
タクティカルヒーローを敢えて一般的じゃない言い回しにしているってのはちょっと引っかかるけど、俺とは一切繋がりも無いしな。
偶然で間違いないと思う。
にしても、その……ムサシさん銅像だけど、かなりのイケメンだな、おい。
何だこの世界、イケメンしかいないのか?
これじゃ俺、もしかして容姿では最低レベルじゃねーの?
ちょっと……へこむ、かな。
ひとしきりムサシ亭を見た後、城下町へと戻った。
特にすることも無いので、魔王は俺と手合わせをしないかと持ち掛けてきた。
俺としても、魔王の実力は知りたいかなーと思ってはいたんだが
「タカヒロ、やめといた方が良いと思うのだが……」
エイダムがやたらと心配した。
「父上は手加減が苦手なのだよ、その、大怪我をしたらマズイだろうし。」
「そんなに強いのか、魔王って。」
「地上最強は伊達ではなくてな、我は未だ足元にも及ばぬのだ。」
「そ、そうなのか……」
とはいえ、手合わせはしてみたい。
俺の実力って、実はまだ明確になっていないんだよな。
魔王なら、俺の力も見極めて教えてくれるだろうし。
「じゃ、お願いします、魔王。」
「うむ、一応手加減はするが怪我をさせてしまったらすまん。」
「……死なない程度でお願いします……」
と、城壁の外まで行き、手合わせをすることになった。
今回は剣を使わず、いわゆる組手、肉弾戦だ。
サクラとローズ、リサ、フラン、エイダムが離れた場所で観戦している。
ピコも来ていたようだ。ん?ピコの隣の女性は?アルチナさんじゃないな?誰だろ?
「では、用意はよいか、行くぞ。」
「はい。」
「まずは小手調べだ。」
言うなり、魔王は攻撃してきた。
迅い!迅すぎる。
除けるので精いっぱいだ。受けるのも捌くのも、ギリギリだ。
こっちの攻撃を出す暇がない。
なので、一旦間を置く。
繰り出してくる攻撃も、一撃一撃がとてつもなく重い。
「ほう、やはり、強いな。」
「いや、除けるので精いっぱいですよ。」
「オレの攻撃を除けるってだけで、これ以上ない強さの証明だぞ。」
「そうなんですか。」
いやあ、こりゃマジで勝てないわ。
隙がないし力も段違いだし。
とはいえ、受け身一方ってのもなんだかな。
玉砕覚悟で一本くらいは取りたいな。
「フッ!」
気合を入れて魔王に向け攻撃を仕掛ける。
手を休めず、受けられても流されても攻撃は止めない。
「お、おおお!やるな!」
魔王は防御しながらも攻撃を繰り出しているが、それはこちらも受け、流す。
ひとしきり攻防が続き、再び間を置き対峙する。
「ね、ねえ、何してるのか見えないんだけど?」
「速すぎますね、タカヒロ様も、魔王様も……」
「ち、父上とあれだけやれるとは……」
「タカヒロ、凄い……」
ギャラリー組は信じられないものをみているように見入っている。
どうやら、サクラやローズの目では追いきれないほどの動きをしていたらしい。
こっちは夢中なので実感はないのだが
「タカヒロ、やるな。これだけ楽しめるのは久しぶりだぞ。」
「いや、もう限界かも……」
「なら、これで最後にするか。」
「そうですね、最後の攻撃、行きますよ。」
突進していくらかの打ち合いを続けたが、途中から記憶がない。
気が付くと、サクラの膝枕で寝ていた。
「あ、気が付きましたか、タカヒロ様。」
「あ、あれ? 俺?」
「おお、気が付いたか、やはりお前は人間界最強なんだな。」
「魔王……」
見ると、魔王の頬っぺたは腫れていた。
俺はというと、体中が痛い、というか動くのもおっくうになっている。
膝枕が気持ちいいから、ではなく、力が入らないのだ。
「いやしかし、良い動きだったなタカヒロ、というか予想以上だ。オレに拳を入れたのはムサシ以来だ。」
「そ、そうなんだ……」
ムサシさん、半端なく強かったんだな、流石は勇者だ。
というか、魔王の頬っぺたの腫れは拳じゃなくてビンタの手形……?
「が、もしかするとお前はムサシ以上の強さだな。恐ろしい奴だ。」
というか、ムサシさんもそうだが、魔王も恐ろしすぎるだろ、あれでもまだ手加減してたんだろ?
「魔王さん、半端なく強いですね。地上最強ってのは納得できました。おみそれしました。」
「わははは、まぁ、魔王の役目なのでな、絶対的強者でなくてはならぬのでな。」
「役目、ですか……」
「まぁ、種を明かすとだな、オレには相手の力に呼応して能力や力を数段階も上乗せしてな、自分の力を増幅する能力があるのだよ。」
「はえー、それは常に相手を上回るってこと?それってもう、無敵の能力ですね。」
「うむ、相手が100の力なら、常にその倍、200の力を得られるという事だ。まぁ、それ故あまり争いは好まぬのだがな。
あ、これは秘密だぞ。それとな、」
「はい?」
「どうも調子が狂うのでな、オレとは普通に話してくれ。つまり敬語は禁止だ。」
「ああ、なるほど、わかった、わかったよ。」
こうして地上最強の魔王との手合わせは終わった。
サクラとローズは、俺が崩れた時には絶叫して一目散に俺に駆け寄ってきたんだそうだ。
心配かけちゃったけど、いい経験にはなったかな。
そんなこと言ったら怒られそうなので
「ありがとう、サクラ、ローズ」
とお礼だけ言っておいた。
たいした怪我はないが、いかんせん体を動かすのが苦痛だったので、宿へは魔王自らがおんぶしてくれた。
ちょっと恥ずかしかったが、しゃーないな。お姫様だっこじゃないだけマシだろうさ。
その時に聞いたのだが、あの場にいたもう一人の女性は魔王の妻の一人だったそうだ。
名前をベルフィーさんと言うらしい。
魔王のほっぺの手形は、ベルフィーさんによる物だそうだ。
何で?
それよりも大変だったのは、その後だ。
「お父様をぶち殺してきます!」
宿へ来たアルチナさんが俺を見て理由を聞くなり、そう叫んで出て行こうとしたんだ。
止めるのも大変だった。
見かけによらず、アルチナさんは怪力だったのだ。
引き留めようとアルチナさんに抱き着くと
「まあ、タカヒロ様、私をお望みなのですか!?では、どうぞ!」
違うって!何でそうなる?
「タカヒロ様!何をなさって!」
「やっぱり、タカヒロあんた!」
何がやっぱりなんだ、見てないで止めてくれ。
「さあ、熱い口づけを、そして!」
そして!じゃない!




