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第49話 魔界の姫アルチナ

 いつの間にか魔王の横に立っている女性が叫んだ。

 さっきエントランスにいた女性だ。

 近くで見ると、さらに美しく、もう美人なんてもんじゃないな。

 が

 冷たい視線を俺に突きつける。

 なにやら怒っているのかな?


 「こ、これ、アルチナ…」

 「勇者様は我ら魔族の希望、救世主、神に等しい存在です!貴方とは次元が違いますのよ!」


 おおう。

 アルチナさんとやらは勇者崇拝者なのか。

 その勇者以外の勇者なぞ認めない、という事のようですね、うん。


 「その、タカヒロ、すまぬ、この子も悪気はないのだが……」

 「お父様!私はこのお方が勇者とは思えません!勇者というなら私と闘いそれを証明なさい!」

 「おい、アルチナ、父上と客人の前だぞ、お前……」

 「お兄様は黙っていてください、このお方に負けたくせに!」

 「いや、そうなんだが……」

 「さあ、タカヒロ様、私にその力を示しなさい!」


 そう言うと、貴賓室は突然開けた野原に変わった。

 空間移動?か、これ?

 ここに居る全員を一度に?

 え?すごない?これ。


 「いや、その、力を示すって言われましても……」

 「私がタカヒロ様の実力を推し量って差し上げようというのです。さあ、行きますよ!」


 そんな、俺は女性に対して攻撃なんてできませんって!

 魔王様?傍観してないで止めてくれませんかね?

 いや、すんごい魔法仕掛けてきそうなんですが!


 「我が力の根源を成す光の魔力よ、その力を顕現し我が掌に集いたまえ……」


 へぇー、これが魔法の詠唱ってやつか?

 いや、感心してる場合じゃない、ってなんだアレ、手の上に光の玉が出来てる!

 それ、こっちに投げるの?


 「消滅せよ!『聖なる恒星』!」


 投げた、こっちに投げたよ!

 どうすりゃいい?

 フェスターどうすりゃいいんだよ?


 (あー、特に何もしなくてもいいぜ、なんなら弾いちゃえよ。)

 (は?)

 (お前にあの魔法は効かないから)

 (そ、そうなのか?)


 放たれた光の玉は、それこそ音速の何倍もの速さでこちらに迫る。

 迫ってくる光の玉が到達するまでの極々わずかな瞬間にフェスタ―とそんなやり取りをして……

 俺は


 「ふんッ!」


 光の玉を胸に受け止めて両腕で包んだ。

 光の玉は弾けることもなく、そのまま消えた。


 「おお!さすがだな……」

 「タカヒロ、お前、凄いな……」


 あの、魔王様、エイダム、感心してる場合じゃないのよ?

 俺の仲間はみんなあっけにとられて放心してるし。

 ギブソン、失神してる場合じゃねえぞお前。


 「な!? 私の魔法を?」


 アルチナさんとやらは、信じられないような顔をしている、と思ったら……

 再び周囲は貴賓室に戻っており、俺とアルチナさんとやらは向かい合って対峙している状態だった。

 すると、突然。

 アルチナさんとやらは俺に向かって突進し、なんと抱き着いてきた。


 「きゃー!!やっぱり思った通りですわ!素敵すぎます!タカヒロ様!」


 ??

 なになに、いったい何がどうなっている?

 なんでアルチナさんが抱きついてんの?

 なんでアルチナさんが歓喜してんの?


 「こ、これアルチナ、まずはタカヒロに謝るのが先であろう……」

 「……妹よ、お前。」


 「あ、あの、えーと、アルチナ様?」

 「あ、失礼しました、申し訳ありません、ほんのちょっと貴方様の実力が見たかったのです。」

 「は、はあ、」

 「それと、私の事はアルチナ、とお呼びください、タカヒロ様!」


 そう言うと、アルチナさんはいきなりキスしてきた。

 もう、サクラやローズは開いた口が塞がらないようで目も点になっちゃってるよ。


 「こ、これアルチナ、はしたないですよ、人前で……」

 「父上、言っても無駄のようです……」

 

 「ぷはッ、ア、アルチナさん!何を!?」

 「もう、アルチナ、ですわ、タカヒロ様。」

 「いや、ああ、アルチナ、何をしていらっしゃるんですか?」

 「何をも何も、旦那様になる人に愛情表現をしていますのよ?」


 「「「「「「「 だ、旦那様ー?? 」」」」」」」


 「「はあー……」」


 俺の仲間と、魔王様親子の反応は対照的なのが面白い。

 じゃなくて、旦那様ってあなた……

 すったもんだの末、ようやく落ち着いて話に戻ったのだが


 「私は、ヘザーから貴方様の事を聞いて以来、密かに観察していましたの。」

 「俺を?」

 「はい。初めは人間など興味なかったのですが、貴方様を見ているうちに会いたくなり、その思いが募り……」

 「募り?」

 「貴方様にとても興味を抱きましたの。そして今日、兄との闘いを見て、興味は好意へと変わりました。」

 「あれを見ていたのか……」

 「そして、城前で初めて貴方様を目の当たりにして、心を奪われてしまったのです。」


 なにやら展開が急すぎる、というか、アルチナさんは本気でそんな事言ってるのか?

 まぁ、言われて悪い気はしないというか、嬉しいけども……

 サクラとローズの視線が痛いです。

 リサもフランも、ほっぺ膨らまして睨まないで。

 ファルク、ラファール、お前らは違うだろ。


 「ま、まあ、それは置いといて、だ、タカヒロよ」


 置いとくな、というかそれでいいのか父親よ!


 「話を戻すが、うん、ここからが実は本題なのだが……」

 「本題、ですか……」

 「うむ、さっきの、勇者が何かの声を聴き厄災に備えて、という件の所なんだが」

 「はい。」

 「その厄災に関して、タカヒロが関係している、という事を精霊女王から告げられてな。」


 精霊女王って、前に聞いたな、そういえば。


 「ここより西にいる、精霊女王であるシヴァがそのような事を言ってきてな、お前に協力してやって欲しいと依頼してきたのだ。」

 「いや、ちょっと待ってください。俺が厄災に関係してるって?」

 「実の所、その厄災というのはオレも良く知らぬ、ただ……」

 「ただ?」

 「タカヒロだけでなく、我ら魔族、隣の龍族も、お前同様重要な役割を持っている、とだけ教えてくれた。」

 「はー……」


 なんというか、ますますファンタジーっぽくなってきたな。

 もうこれ、あれだろ、未来じゃなくて実は異世界でしたってヤツだろ。


 「龍族の女王はオレの喧嘩友達でな、付き合いも長い面白いやつだぞ。」

 「喧嘩友達って……」

 「まぁ、我ら魔族以上に人間を毛嫌いしているがな。あの勇者でさえ嫌われておったからな。」

 「ちなみに、龍族って相当怖いんじゃ……」

 「まぁ、オレほどではないが、地上最強の名を冠しているくらいには強い種族だな、うん。」

 「ちなみに、だ、父上は恐らくタカヒロも敵わないくらい最強の存在だぞ?」

 「うん、それは俺もよくわかる。魔王様は何というか、文字通り別次元の存在のような気がするし……」

 「オレはな、史上最強の存在でなければならない理由もあってな。まぁそれは今は関係ないからな、後でゆっくり話そう。で、だ。」


 ん?何だろう?


 「タカヒロにはこのまま龍族の里へ向かってほしいのだ。シヴァからの指示でもある。」

 「俺が?龍族の里へ!?」

 「うむ、龍族の里へは、オレの紹介状が無ければ入れないだろう。お前がここに来たというのは、ある意味必然でもあるわけだ。」

 「俺は龍族の里へ行って何をすればいいんでしょう?」

 「それはな、オレにもわからないのだ。ただ、そう指示されただけでな。」

 「そうですか、どの道行くしかない、ってことか……」

 「まぁ、龍族の女王もシヴァから命令されているはずだから、無下にはせんだろう。歓迎されないにしてもな。」


 魔界の偵察のはずが、何やらとんでもない事態へと話が変わってきている。

 これ、エスト王国にどこまで報告すりゃいいんだろう。


 「因みにだが、お前は偵察という事でここに来たのだったな?」

 「そうですね、本来の目的はそれです。」

 「という事は、この話は人間側にはできないだろう。」

 「その通りです。正直、困ってますね。」

 「ならば、提案がある。」


 そう言うと、魔王はその提案とやらを話し始めた。


 俺たち一行は魔界へ突入し強硬偵察を断行し、途中荒野で魔族の軍勢に見つかり戦闘になった、と。

 一行は捕らえられ、魔王城へ監禁されたが、俺の活躍でサクラ、ローズ、そして英雄一行と勇者一行だけは脱出できた、と。

 俺とリサ、カスミは捕らえられたまま、捕虜となった、と。

 その上で、サクラ達は魔族は人間がどうこうできる存在ではない事を説明する、と。

 で、英雄と勇者は俺の救出を口実に再びこちらへ赴き、そして合流して先に進む、と。


 なるほど。

 途中までは事実で、表現が若干変わっている程度で嘘ではない、か。

 ただ、その表現では一方的に魔族が敵視されるだけなのではないかと思うが。


 それに、その後の行動は必ずしもその通りに行くとは思えない。

 特に、サクラとローズは再びこちらに来ることはできないと思う。

 まぁ、身の安全を考えればその方がマストではあると思うけども、二人は納得しないだろうな。

 別の悶着が起こりそうだ。それこそ、国を巻き込んで。


 なので、大筋はこれでいいけど、細部は調整が必要だな。

 そう考えていると


 「タカヒロ様、私はタカヒロ様と離れるのはイヤです。一緒に残ります。」

 「私だって、ここに一緒に残る。」


 そうなるよな、うん。

 というか俺もそうだし。


 「わかっているよ、ふたりとも。」

 「んま!そちらのお二人はタカヒロ様の恋人ですの?」

 「アルチナ、今はちょっと静かにしていなさい……」

 「わかりましたわ。」


 という事で、若干内容を変更することにした。

 脱出は、ファルク達英雄一行のみとする。

 内、誰か一人は残す。

 これはファルクが再度こちらへ向かう口実に確実性を持たせる為だ。

 で、ギブソン一行もここに残す。

 下手をすると、ポロっと本当の事を漏らしそうだからだ。


 人間側の行動を抑制し、余計な軍勢の派遣を止めるのは英雄の言動が最適ではないか、という目算もある。

 ただ、これはラークとプラムにだけは事実を知らせておく必要はあるな。

 何しろサクラとローズが帰ってこないんだ、一応の話は通っているにせよ、詳細が不明である以上何としても奪還の手を取るはずだ。それは避けたい。

 その事を魔王に告げると


 「いいんじゃない? それで。」


 とってもライトである。

 決定だ。


 「まぁ、その二人はたぶん、ある程度実情をつかんでいる可能性があるのでな。ジャネットあたりが逐次情報を与えているかも知れないな。」

 「という事は、その作戦の内容もバレてしまう可能性もありますが……」

 「いや、ジャネットもそれは理解している故、厳しく口止めくらいはしているであろうな。彼女は有能であるからな。」

 「そういえば、人狼族はなぜあの地に?」

 「うむ、オレの命令だな。ミノリが居る地を守る為に行かせたのだ。山賊団を庇護したのはついでと言えばついでだな。」


 という事で作戦は決まった。

 明日決行となり、俺たちはひとまず城下の宿に宿泊となった。

 魔王城とは道を挟んだ向かい側にあるんだそうだ。


 実は、城は居住するスペースが無いのだそうだ。

 エイダムが城に入る前に言いかけたことは、城はイベントブースみたいなものであって、出入り自由な公共の施設なんだ、という事だ。

 もちろん、魔族の殆どは魔王にここに住んで象徴として存在してほしいらしいが、魔王はそれを固辞しているらしい。

 なので、今や魔王城は誰もが自由に出きりできるランドマークなんだそうだ。

 もちろん、一部は公務にも使うため立ち入り禁止になっている場所もあるんだそうで、貴賓室もその一つなんだとか。

 じゃあ、魔王たちは何処に住んでるのかというと、城下町の外れにある宮廷に住んでいるんだそうだ。

 そんなわけで、俺たちは宿に来たのだが……


 すんごい豪華な宿だった。というか、本当にこれ宿なのか?と思うくらい豪華だった。

 聞けば


 「ここは王妃達が暮らす別邸だったのですよ。」


 と女将さんらしき人が教えてくれた。

 王妃達?というワードにちょっと引っかかったが、つまりは後宮だったという事なんだろうな。

 という事は、魔王様は何人もの妃が居るってことか。

 なんというか、男としては羨ましいというか何というか。

 いや、羨ましいな。うん。

 こうして、ようやく一息付けたわけだが。


 「どういう事ですか、タカヒロ様。」

 「説明してよね、タカヒロ。」

 「何鼻の下伸ばしてんのよアンタ。」

 「アルチナ様の夫になるの?タカヒロ。」


 まぁ、そうなるわな。

 俺たち一行は同室なわけだが、これは魔王なりの配慮のようだな。

 要するに、蟠りは解いておけ、と。


 「いや、どうもこうも、俺は……」

 「いつの間に魔王の姫と結婚したのですか?」

 「してないから!というか、今日初めて会ったんだけど?」

 「タカヒロ、あなたいつの間に浮気してたわけ?」

 「いやいや、お前はずっと一緒にいただろう!?」

 「つか、アンタ、まんざらじゃなかったみたいよね?」

 「そ、それは……」

 「「「 タカヒロ! 」」」


 もう、誤解とかじゃなくて完全に話が明後日の方向に行っている。

 確かに、アルチナさんは見惚れたほどの美人だ。あんなこと言われて浮かれない訳がない。

 とはいえ、俺はアルチナさんとどうこうするつもりもない。

 という事で、弁明に一晩費やすこととなったのだ。



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