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第29話 英雄ファルク

 悔しかった。

 けど、それ以上に、僕は自分を見失っていたのが悲しかった。


 あの人は確かに強かった。

 でも、それは力じゃなくて、心が強かったんだと思う。

 

 子供の頃、両親も友達も魔獣に殺され、僕は強くなろうと決心した。

 血を吐く程の鍛錬と修行を重ねて、いつしか人間の持つ能力の限界にまで到達していた。

 もう、勇者様になれると半ば確信できるまでに。

 これで、皆を助けられる。

 苦しんでいる人、悲しんでいる人達を救う事ができる。

 それが嬉しかった。


 でも……


 いつしか、英雄の肩書が、そんな初心を曇らせていたのかもしれない。

 慢心していたのかもしれない。


 ラディアンス王国の事件は知っていた。

 あの聡明で美しい王女の方々、凛々しくもまだ幼さの残る王子の方々。

 それに、あの事件以降悪政に苦しんでいる王国の人々。

 

 それを前にしてさえ、僕は世界の英雄であることにこだわり過ぎていたのかも知れない。

 あの依頼を受けた時に、確かに動揺したのは覚えている。

 この国王の命に従うという事は、英雄という称号を堅持するという事。

 でも、それを遂行するという事は、罪なき民草を排除してしまうという事。

 葛藤する時間が短かったのは、英雄であり続けたい、本質ではなく、称号の為に、という事だったんだ。


 あの人は、それを見抜いていたみたいだ。

 言われてから客観的に見てみると、確かにその通りだった。

 それが、とても悔しかったし、とても悲しかった。


 そんな情けない僕が、あの人に勝てる訳がない。

 あの人は言っていた。


 「俺は相手が何であろうと、大切なものを守る為なら戦うんだよ。自己の保身なんざ要らないんだ。」


 と。

 心の中で、僕は泣いていた。

 そんな、何よりも大切な事すら忘れていた自分が情けなくて。

 本当の英雄は、あの人だ。僕じゃない。

 そう感じた。

 いや、あの人は英雄なんていうモノに収まらない程の大きな人みたいに感じた。

 

 それに、僕の曇った目を覚ましてくれたあの人。

 とても素敵だった。

 とてもカッコ良かった。

 僕は、あの人と一緒に行動したくなった。

 いや、あの人と一緒に歩んで行きたい。

 あの人の顔を思い出す度に、胸が締め付けられるような感じになる。

 きっと、僕はあの人を……


 「ねぇ、ファルク、どうしたの?」

 「いやに神妙な面持ちで黙りこくってんじゃんか。」

 「ファルク、具合悪い?」

 「い、いや、大丈夫だよ。ちょっと、考え事をしていただけだよ。」


 僕は、今この瞬間、あの人、タカヒロ様の元へ行く事を決心した。



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