第103話 別れ
「それじゃ、パパ。元気でね。」
「ああ、でも、本当に良いのか?」
「うん。決めたことだし、人間としちゃ充分すぎるほど生きたしね。パパより年上の娘なんて、不思議よね。」
「ミト……」
「もう。あれだけ泣いたのにまだ泣くの?」
「いや、自然に涙がでるんだよ。気持ちはもう整理がついてるさ。」
「えへへ、やっぱりそういう所、パパらしい。じゃあね。」
「ああ、じゃあ、な。」
先日、ミトが温泉郷に来た。
俺たちに別れを告げる為だ。
ミトはラファールを後継に据えて引退するという。
そして、エルデとシヴァの力によって、本来あるべき世界へと帰ると言い出したのだそうだ。
とはいえ、もう元の世界は過去の事だ。元の世界の未来がここなのだから。
では、何処へ帰るのかと聞くと
「別の並行世界の、パパが消えたあの時間にアクセスできるんだって。」
並行世界、とはいえ、そこでも同じような悲劇は起きるんじゃないのか、と言うと、やはりそうらしいのだがミトはヤマトと共に生き残り、残った人たちと人類再建を頑張りたいそうだ。
それは想像を絶するほどの苦しい未来だと思う。
が、ミトがこの世界で姫神子として活動していたことが、きっと役に立つし、何より自身がそうしたいと強く思ったそうだ。
強くなったと感心するとともに、そんな過酷な世界へと見送らなくてはならない事が何より悲しかった。
「す、すまぬのう、タカヒロよ……」
「シヴァ……なぜここに?」
「いてもたってもいられずに、禁忌を破ってここに来たのじゃ!」
「いいんですか?それ。」
「何を言う、タカヒロの為なら、自ら作った禁忌などどうでもよいわ。」
「あ、自分で設定したルールなのね……」
「ミトを止められなんだわらわを許してたもれ……」
「いや、むしろ感謝しますよ。シヴァ。ありがとう。」
「タカヒロ……」
「色々とシヴァにはお世話になったし、感謝してもしきれないほどです。謝らないでほしいかな。」
「ううう、なんてヤツなのじゃそなたは。そんなんだと、ますます気に入ってしまうであろうが。」
「はは、俺もますますシヴァが好きになりましたよ。」
そんなやり取りもして、シヴァは帰っていった。
帰り際には雪子に
「はようタカヒロとの子供をみせておくれ」
などと言って帰っていった。
そんな折、アルチナが言いにくそうに話があると言ってきた。
「どうしたんだ?」
「タカヒロ様、実は、お父様が魔王の座を降りたそうです。」
「魔王が?」
「はい。兄に跡目を譲る時だと言って、兄がそれを承諾したそうです。」
「エイダムが現魔王になったってことか。」
「そうなのですが……」
「何か、問題があったのか?」
「お父様が、行方不明になったそうです。」
「え?」
「お母様を伴ない、『じゃ、行ってくる』と言い残して、それっきりとか……」
「なんだよ、それ……」
「タカヒロ様にも、話をしには来ておりませんのね。」
「ああ、初耳だし。魔王、どうしたんだろう……」
あの魔王が、行方不明ってのも信じられない話だけど、俺にも言わずに行方をくらますってのも引っかかる。
魔界は今ジーマの人たちも根付き、国としては繁栄に向かって安定しているとも聞いた。
確かにエイダムに跡目を継がせるような話はしていたけど、それにしたって俺にもアルチナにも何も言わないなんて。
「ちょっと、心配だ。なぁ、アルチナ、俺ちょっとあちこち探してみるよ。」
「いえ、そんな手を煩わせるわけには」
「そうは言ってもな。まぁ、魔王の事だから何があっても大丈夫なんだろうけど、連絡も取れないってのはやっぱり心配だしな。」
これは、ちょっと何か大きな問題の前触れなのか、あるいは変革の合図なのか、たんなる魔王の気まぐれなのかの判断が付けられない。
実は先日、ミトがここに来る前の話だが、この星自体に大きな変化があった。
エルデが消えたのだ。
もともとジーマと双璧の思念体だったそうで、統合したことによりエルデとジーマは一つにもどったそうだ。
なので、元々の星の思念体そのものが消滅したらしいのだが、その後、エルデとジーマの結合思念体が生まれたそうだ。
名称はエルデのままだが、その本体は記憶はそのままに新しくなったらしい。
ミトに力を貸したのは、その新しいエルデだ。
その事も、魔王の行方に何か関係しているのだろうか。
ミト、そして魔王。
身近な人が、俺の元を去っていく。
別れ、というのが悲しく寂しいのは、いつになっても慣れるもんじゃないな。
結局、その後の魔王の足取りは掴めなかった。