第102話 イワセ温泉郷
先日、周辺の全王国、公国によるイワセ温泉郷の独立領地が認められ、その調印式も無事終わった。
その後すぐに俺たちは温泉郷へと赴いたのだ。
温泉郷へと続く、あの国と国を結ぶ街道は奇麗に整備されていた。
俺が初めてこの世界に立った街道。
リサとサクラとローズとピコと出会った、この街道。
俺の、この世界の始まりの地だ。
それが、こんなに奇麗になっている。
街道は所々分岐していて、ロマリア連邦、ネリス公国、アリシア王国、モンテニアル王国とエスト王国、アインフリアン王国と、それぞれに直通する街道となっている。
これは、各国を経由した際の通行税を払わなくて済むようにした処置だ。
各国はこれに反対するだろうなぁとは思っていたが、意外にも各国からもそういう提案があった。
もちろん、それにかかわる通行税もナシだし、温泉郷自体通行税などは徴収しない。
街道の維持管理は基本ラディアンスとネリスで受け持つらしいが、イワセとしてもそこに参加すべきだと言ったところ
「何をたわけたことを!タカヒロ殿にそんな煩わしい事はさせられぬわ!」
「波及効果だけで充分なのです!タカヒロ様は黙っとれ!」
「…あ、そうなのね……」
と笑顔で断られたよ。
まぁ、お客にはそんなところにお金を落とすなら、温泉郷で使ってほしいってのも本音ではあるけどな。
結果として領地での売り上げがあがり税収が増えるので、誰にとってもWIN-WINの関係になる。
街道を進むにつれ、所々に休憩所など宿場ができていた。
既に、温泉郷は客の受け入れをしているのだ。
「なんか、懐かしいね。」
「ローズと初めて会ったのはあの場所だったよな。」
「私はもう少し先に行った所でしたね。」
「サクラと初めて会った時は驚いたもんだよ。」
「何故ですか?」
「サクラを見た瞬間に、見とれてしまってたんだ。あまりの、その、美しさに、な。」
「あなた……もう、恥ずかしいです。」
「ははは、ごめんごめん。でも、あれは一目ぼれだったよ。」
「私もそうだったよ。」
「リサともここで出会ったんだもんな。可愛いなーって思ってた。」
「えへへ……」
そんな思い出の地を往くこと数日、温泉郷へと着くと、驚いたことに領民が出迎えてくれた。
全員ではないが、手の空いている者はみんな出向いてくれているらしい。
その代表として、コージーさんが歩み出てきた。
「お待ちしておりました、領主様。」
「コージーさん、領主様ってのはちょっと、こそばゆいなぁ。」
「とはいえ、もはやタカヒロ様はここの領主です。もっと言えば、世界を救った勇者様ですよ。勇者様、の方がよいですか?」
「いや、それは勘弁してください。領主、でいいです。」
「ははは、そうこなくっちゃ。では、領主様、館へご案内しますよ。」
総勢100人程が出迎えてくれた。
俺は馬車を降りて、その一人一人と挨拶をしながら館へと向かう。
「そういえばコージーさん、館ってのは?」
「そもそも領主を頂くつもりはなかったので、急遽建築することになりました。」
「新築で建てたのか。」
「周辺各国の首長がこぞって資金を出し建築様式を決めて立派な館になりましたよ。」
「へ、へえー。というか、各国が資金を?」
「領主様、世界を救ったのに各国からの謝礼や報酬を一切受け取らなかったそうですね。」
「あ、いや、領主を拝命したじゃん。」
「それは報酬ではありませんよ。本来ならもっと別の、それこそ国を一つ頂く程の報酬を貰ってもいいくらいでしょうよ。」
「いやー、俺にはそんな器量も度胸もないよ。」
「はは、謙虚なのは変わりませんね。それでこそタカヒロ様、とも言えますが。」
町の奥、あの露天風呂の近くにその館は建てられていた。
充分すぎるほど大きく、広い敷地。
ちょっと、分相応ではないような気もするが、その敷地の隣が総合庁舎だ。
パッと見は続きになっているので、言われなければ片方は個人の住居だとは思わないかもしれない。
「で、でかいな……」
「これでもかなりコンパクトにしたつもりらしいですよ。」
「俺たち全員が住んでも、まだ全然余裕があるみたいだ。」
「それは当然です。家族は増えていくんでしょう?」
「あ、まぁ、そうだな、うん。」
「お待ちしておりました、領主様。」
「あれ?あなたは……」
「初めてお目にかかります、商人のマコーミックと申します。」
「貴方がマコーミックさん。ようやくお目にかかれました、光栄です。」
「いえいえ、貴方様に光栄と言われるなど、私めはそんな大層な者ではありません。恐縮です。」
「そんなことはありません。貴方がいなければ、この地もここまで大きくはならなかったし、それに色々と動いてくれていたのもお聞きしていましたので。」
「有難い言葉です。」
いつかは会わないとと思っていた大商人マコーミックに、こんな所で出会えた。
もっと、こう小太りの爺さんみたいな人を想像していたのだが、そんな想像とは180度違う人物だった。
悔しいくらいにイケメンの、30代前半くらいの優男じゃないか。
ただ、眼光は鋭くてかなり商売の修羅場をくぐってきた商人だというのは肌で感じられた。
それに、何と言うか奇妙な感じも伺えたけど、それは内緒にしておこう。
マコーミックの案内で館に入り、内部の説明を受ける。
驚いたことに執事とメイドさんまで居る。
これはちょっと、慣れるまで大変かもしれない、と、メイドの中に見覚えのある子がいた。
「あれ、ケリーちゃん?」
「あ、はい。覚えていてくれたのですね!光栄です!」
「こ、これ、ケリー。」
「は!申し訳ございません!失礼いたしました!」
あのデューク山賊団でコージーさんのそばにいた子だ。
この館のメイドとして働いてくれるんだそうだ。
「今ではきちんと仕事をこなせるまでに成長しましたよ。」
とはコージーさんの弁だ。
確かに、最初にあった時はどこかドジっ子みたいな感じだったもんな。
聞けば、ケリーちゃんは元々孤児だったそうで、何故か山賊団の面々は気に入って保護したんだそうだ。
何と言うか、それはわかる様な気がする不思議な子だ。
「全体としてはこんな感じになります。ほかに必要な物や改める所があれば遠慮なくお申し付けください。」
「いや、充分です。というか、現状では手に余るほどじゃないですか。」
「いえ、こういった物件は、使用しているうちに改善する余地が山ほどでてくるものですよ。その時は即座に私どもの手で処置いたします。」
「マコーミックさん、しかし、それでは貴方の手を煩わせる事になりませんか。」
「ふふふ、すでにその分の料金まで頂いておりますのでそんなことはございません。何なら、もう一件同じ建物を建築する程度には余分に頂いておりますので。」
……どんだけ各国はお金出してくれたんだよ。
というか、なんかホントに申し訳ないな。
「さて、落ち着いた所で、今宵は領地を上げての就任祝いの祭です。時間になりましたらお呼びだていたしますので、それまでは寛いでいてください。」
「就任祝いの祭?」
「一週間かけて準備したんですよ。マコーミックも色々と奔走してくれましてね。盛大な祭りになりますよ。」
「そうか、やっぱり何か申し訳ないのと、照れくさいな。」
「まぁ、明日から領主の仕事が始まるんです。今日くらいはハメを外して騒ぎましょうよ。」
「うん、そうだな。そうするか!」
こうして俺は、ここイワセ温泉郷に居を構え、愛する者たちと生涯暮らすことになったのだ。