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1:序奏

 夢を見ていた。

 頭の中でぼんやりと思い浮んでいた情景に、俺は――松里(まつさと)アキはそう感じる。


 いや、違う。夢ではない。記憶だ。夢のような世界だったが、それは確かにぼく自身が体験したものだった。

 なにがきっかけかはわからないが、欠落していた記憶が戻った。


 今はそれでいい。


 俺は意識をはっきりとさせると、強く打った全身に鋭い痛みが走る。


『マスタ。左大腿骨頚部骨折、左側頭部裂傷、他損傷軽微』


 無機質な少女の声が体の状態を淡々と告げてきた。

 以前の俺なら、この土砂という天然のベッドにこのまま身を預けて、助けを待っていたと思う。

 なんなら痛みに叫んで、助けを求めて泣いていたかもしれない。

 

 けれど、それはできない。


 ――アキィ! その程度で止まるんじゃねぇ! 動け! 甘えんな!


 頭の中で、以前組んでいたパーティリーダーが俺を叱咤する。

 俺はそれに応えるように身を起こし、折れた左足に治癒魔法をかけた。

 

 ――アキくん! 足を今治すから! さぁ、立って!


 魔法使いの彼女がそうしてくれたように、最低限の治療を終えた俺は、痛みという悲鳴を無視して立ち上がる。


 ――広く視界を保て、お前は要だ。


 寡黙な弓使いが言っていたように、今ここで敵を倒せるのはぼくしかいない。


 ――アキ~! ぼさっとしてるとイイトコはアタシが取っちまうよ!


 盗賊上がりの少女が隣を駆け抜けたかのように、風が吹いた。



 俺が顔を上げると、「敵」から距離を置いて二機の攻撃ヘリが旋回している。

 その「敵」の見た目は巨大な花だ。

 爆発する花粉をまき散らし、ヘリに向かって長い蔓を伸ばして叩き落そうとしていた。


 現実(リアル)夢想(ファンタジー)が相対する光景に、俺は自分の立っている世界の不安定さを感じる。


 だがここは紛れもなく現実だ。否、異世界を旅した俺にとってはそのどちらもが現実であり、確かなものだ。

 だから、大事なのは場所ではない。今というこの時だ。


 どちらの世界であっても、俺が今、何を選択するか。なにを求めるかだ。

 

 この世界にみんなはいない。けれど、確かに俺は彼らと冒険していた。

 その記憶が、俺の力になる。


 俺は勇者だ。


 ここが異世界などではなく、日本だったとしても。

 

 俺は勇者だ。


 三十年という時を超えて、行方不明になっていた自分が現実に戻ってきたとしても。


 俺は勇者だ。


 死のうとしていたはずが、流されるままにこの役割を背負わされたとしても。

 

 俺は生きることを選んだ。

 誰かを救うことを選んだ。

 戦うことを選んだ。


 だから俺は敵に向かって駆け出す。


 西暦二〇三〇年、七月六日。俺が現実から消えたこの場所で、俺はもう一度敵に立ち向かうのだ。

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