重厚派生のモーニングスター
おらおら。みんなが大好きな高卒低収入の底辺野郎がやってきてやったぞ。ほらどうした。いつものように指差して嗤ってみなさいよ。大好きだろうがよう。見下すのがよう。オリのことを見下してみろよう。最底層の沈殿物みてーなオリのことをよう。さあ好きなだけ見下しなさいな。私が優しくしているうちに言うことをきいた方が身のためよ。なぜか。なぜならおれはいま重厚派生のモーニングスターを装備しているから。つまり、いまの私はひどく暴力的で嗜虐的。だけどそんな自分が嫌い。大嫌い。はやく私に罰を与えなさい。さもないと二度と指で対象物を指し示すことのできなくなるまで、重厚派生のモーニングスターを振り下ろしてあげる。
夢なんかないの。希望もないの。でも絶望はある。そして記憶も。食欲もあるし、性欲も旺盛よ。睡眠欲はあるけれどよく眠れないの。いえ、眠っているのでしょうね。でも眠っているのと起きているのと、その境界がよくわからなくなっちゃったの。いつでも睡眠不足な気がして、苛々してる。
彼女はそう言ってすぐ、がくんと椅子にもたれて、いびきをかき始めた。
時計を見れば午前零時ちょうど。おれは彼女とぴったり零時の時計が一緒に収まる証拠写真を撮ってあげようと、スマホのカメラを起動した。こいつをつきつけてやるんだ。そうすれば、彼女だって安心できるはず。
ちゃんとわたし眠ってたんだ。大口開けて眠ってたんだ。わたしってこんな顔で眠ってたんだ。
そう言った彼女はどんな表情をするかしら。ほっとした表情をみせるのかしら。それとも少し寂しげな表情……?
かシャリ。んがっ。
デジタルシャッター音とほぼ同時に、彼女は飛び起きるのだった。おかげで写真はブレブレで、対象が人なのかスカイフィッシュなのかよくわからない画像が、煌々と輝いていた。
シャッター音さえ鳴らなければ彼女も心ゆくまで眠れたはずだ。聞くところによると、スマホのシャッター音を消せないのは限られた地域だけだと言う。なぜかと言えば、盗撮やらなにやら、よからぬことに使われる可能性が高いから、らしい。つまりこの国の男たちは性的道義観念に反するインケツなむっつり野郎の可能性が非常に高いとお墨付きを頂いているようなものだ。
彼女の悲劇はこの国で生まれたことだ。メタンフェタミンをやった程度で、人間をやめたと看做されるインケツ国家。そんな簡単に人間がやめられるのなら苦労はないと言うのに。
彼女が雄叫びを上げた。びりびりと空気が震えた。
テーブルが砕け散った。重厚派生のモーニングスターが振り下ろされたのだ。続いて椅子も。おれは後ずさった。食器戸棚の引き戸と食器類が複雑な音を立てながら粉々になる。重厚派生のモーニングスターが薙ぎ払われたのだ。
彼女はいまや狂戦士だった。ビキニアーマーを着ていない女戦士だった。ロングニットを着た女戦士だった。髪をアップにまとめた女戦士だった。
夜が明けた。この部屋の中でだけ竜巻が発生した、そう言ったって信じてもらえそうな部屋の有様だった。こりゃいかん、そう思った。だってこの部屋は賃貸だ。修繕費でいくらむしり取られるかわかったものではない。
彼女はすっかり元通りだ。お喋りに夢中になっているようで、ほっとひと安心だ。
夢なんかないの。希望もないの。でも絶望はある。そして記憶も。食欲もあるし、性欲も旺盛よ。睡眠欲はあるけれどよく眠れないの。いえ、眠っているのでしょうね。でも眠っているのと起きているのと、その境界がよくわからなくなっちゃったの。いつでも睡眠不足な気がして、苛々してる。眠れた、と思うと次の瞬間に目が覚めちゃうの。そんな時って大抵ひどく疲れてる。場合によっては筋肉痛まで。私は体を動かすのが大っ嫌いなのに。とても不思議。
いままでいろんなことがあったけど。夢なんかないの。希望もないの。でも絶望はある……。