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裏窓の蠅 ナメクジナメちゃん人間カタログ

作者: 水瓶mizuhey

1章


大阪の繁栄を象徴する古元御殿でバニーガールとして安い時給でリエはこき使われていた。そんなリエと知り合った僕は働き者が禍いしてか珍重がられては店に貢献した。支給されたアルルカンの衣裳には閉口したが世を撼がすと前評判の高い光頭漫才コンビ[アヌス]の前座を貰った。それも2ヶ月でお釈迦になってしまったが、

たまたま早出したリエがボケのはげまさしがシャブ中なのを目撃したからだ。階段の下に設けられた総ベニヤ張りの楽屋は二人だけの天国だった。

だがある日!悲しみは訪れた。


一緒になったリエがバニーガールの尻尾を寄せ急に店を辞めたいと声を震わせた。

拍手の余韻を抱いて僕が社会人の服装に着替えている最中だった。

真面目な顔をして迫られたので訊いてしまった。……何かあったの?

視線を落とすと網タイツがタバコの火で焼かれたように丸く焦げ付いていた。

欠けたウェッジウッドのティカップから甘酸っぱい尿の香りがした。リエは鞋形のトレイを膝にあてたまま怯えた眼をしていた。……僕ちゃんがあんなHするからだよ。

化粧を落とした僕はリエの悲痛な叫びに申し訳なく思ってしまった。

あんなのとじゃれじゃれするからだよ。異なった布切れの袒に眼を止め数日前の事件を思い出した。

[アヌス]のツッコミ、シンジに誘われ眼一杯ベッドで芋抜き競走をしてバカにしてやったからだ。

もうこの店出れないよ。

はげまさし嫉妬深いんだから。

着替えのタイツも貰えないし、このままじゃみっともないよ。

みんな僕ちゃんが悪いんだ。火傷の跡を擦りどうしょうもない怒りが溢れた。確かに阿諛すればどうにかなったが、処世術が下手な僕は刃向かったのだ。ツッコミシンジが罵倒した言葉を思い出していた。

……お前の女は裏窓の蠅だ。

臭ったメガミに蓋しないから臭くてしょうがない。

分かってくれ僕はあんな事言われたからシンジとじゃれじゃれしたんだ。

 

はげまさとシンジ余りの誹謗にリエはピンク色のリボンを髪に結ぶ手を怒りで抑えていた。

知ってるぞ!自分の母親に首を絞められて川に投げられたんだろう!

リエも同じ日に僕の悪口を聞かされて我慢していたらしい。

陰口には慣れていたが限度があった。

お前の男のギターだって、どうせかっぱらったギターだ!

スラムに住んでいるサラリーマンが輸入のギター持てる筈がない。

リエはべそをかいて反論したらしい。

トモダチから五千円で買ったんだもん。泥棒じゃないわ僕ちゃん悪いヤツだけど良いヤツだもん!

シンジは金歯を剝いて噛みついて来たらしい。バカやろう五千円で買えるギターじゃねえんだ!あいつが使っているギターは!改造してあるがボディにカメオが埋め込まれているじゃねえか。

…あれ母さんの形見だもの。私にだって触らせてくれないんだから。

髪を鷲掴みにされ罵倒された。

豚ないで〜!私悪い子してないもん。お願い豚ないでえ〜!

シンジは半ズボンのベルトを抜くと威嚇の意味でリエの足元の床を叩き踊ったらしい。

シンちゃん許してと云え!

リエは頼んだ。チンチン許して!?

バカ!チンチンじゃないシンちゃんだ。下らない大道芸にキャッキャ騒ぐのは脳梅毒患者ぐらいだぜ!

あの糞ガキが先輩に挨拶も出来ねえで!能無しが!


 着替えする背中に蚯蚓脹れが見えたので聞き糺した。

これなんでもないよ!痒かったから搔いたの。搔いた後じゃないことが明白だったので問い詰めると、顔面を痙攣させてリエは吃った。

はげまさしがシンジから貰ってるの見ちゃったんだ。慄えてしゃがみ込みだめだめと叫んだ。いま云ったことだめだめだからね!

いじめられちゃうよ〜!あいつ本気だって言ったもん!あたしのスカート!ナイフで切り刻んだんだから〜!?

ロッカールームの奥に丸められていたデニムのスカートをテーブルに広げた。火傷に鞭に切り刻まれたスカート!アヌスらしい陰湿な折檻だった。


アルルカンの衣裳を吊したハンガーを折るとき、楽屋をぶち壊したい衝動にかられた。

リエ辞めよう!僕のためにぶん殴られたんだろう。

そんな事しなくて良いんだ。

僕がワルイヤツなんだから。

ロッカーに蹴りを入れていた背中から声がした。


腰の曲がったタケダくんが僕達の話を聞いていたのか、二人のギャラを渡して唇を噛んでいた。

災難だと思ってもう来るな!

お前の姿が見つかったら僕が潰されるんだ。アヌスに睨まれちゃまずいんだ。アイツラは金持ちの取巻きがいてな、その内の数人が古元の株主なんだ。

リエはヘッドホーンステレオでモモッモ〜百春をフルボリウムで聴いていた。

すてきだ〜モモッモモモ百春〜!

黄色い絶叫が轟いた。

[腹の中でしてやったとベロを出していた]

短足のタケダくんはどういう顔をして良いのか分からないようだ。

鬱病で抜けた残り少ない頭髪を肩まで伸ばしてポーズを取ると柄バンツのゴムを持ち上げて一気に喋った。

ましてはげまさしの姿まで目撃しちゃえば、なおさらだ!日本中におふれが回ってるはずだ。

もう(竿出し皿回し)の芸は出来ないぜ。

自作の芸は欲求不満の解消だとその時痛感した。

ロッカーから私物を詰め込むリエを見てタケダくんに嘆くように呟いた。

……サラリーマンに疲れてしまったんだ。芸が出来なきゃ何をして良いのか分からないよ!

世界文学全集のような連中がゴロゴロいる会社の雰囲気には馴染めない。

平凡な仮面を食堂のテーブルに並べてこれは僕じゃない(違う)と叫び続ける暮らしには戻りたくないんだ。真っ白い壁に囲まれて真面目な顔してコンピューター扱うのに懲り懲りなんだよ。あんなんで選ばれたくないんだ!

余暇に生きてる証が欲しかった。だから、竿出し皿回しで刺激が……新しい芸も考えてあるんだ。今度のはウケるに違いない。竿でバーベルを持上げる訓練までしてたんだ。


ふとリエがシャツの裾を引いた。

もう行こう!

眼を潤ませて髪にしわくちゃな黄色いリボンを結ぶ姿が浮浪児のように愛しく見えた。

独り身のリエが頼りに出来るのは僕しか居ないと思い総てを飲み込んだ。


人の良いタケダくんは肩を叩くと名も知れぬキャバレーを数件紹介するのが関の山だと言った。その瞬間すべての希望が無くなる予感が全身に漲った。

わかってくれ、アヌスの片割れみたいに殺されたくないんだよ。

僕の身体にしがみつくとリエはぶるぶると慄えてた。

元アヌスはトリオだったの!

オブツくんが神宝館でナメちゃん探しに行ってから行方不明になって、それからコンビなの!?

宥めながらリエを抱き締める腕に力を入れていた。

アヌスの匈奴の世話にはなりたく無かったので、好意で書いてくれたメモを握り潰し店の裏口から煌々と輝くネオンに僕達は負け犬の眼を隠して向かい始めた。


2章


 山の真ん中に建てられた吉蔵ハイツは水商売の女ばかり住んでいる。

会社の帰りに立ち寄るのが日課ともなってしまったリエの住む2LDKはその3階にある突き当りの北西の部屋だ。

一見豪華そうに見えるが外装も内装も安普請だ。何よりもパステルカラーの郵便受けには大家のセンスの悪さを拍手したくなるほどだ。

家庭菜園で土掘りをするムッツリとした中年がそれで、この辺一帯の地主だという。窓から見える家畜小屋の臭いが風向きによって入り込み、今の時期は敷地内の桜の葉が生い茂り毛虫に悩まされそうだ。

自宅の窓から見えた桜の老木を切り倒した日を思い出した。家族の者からは怒鳴られたが、ベッドに入り込むのは女だけで充分だ。リエも陽当りくらい考えれば良いのだが、桜が見えるというだけで契約したらしい。


 私物化されたテレビでは化粧の厚い女がはしゃいでいた。ころりと話題を変えるあの才能は天賦のものだろう。タレントのシンジ玲子は最近ではよく見る。飢餓に苦しむ難民のキャンペーンガールで売り出した、何てことないシンジの女装だ。僕は足でテレビを消すとリエのグラマーな身体に覆いかぶさりじゃれ合っていた。

赤いTシャツに買ったばかりのデニムのミニスカートが似合わないから眩しい。リエは背中に背負ったラジオカセットを揺すり、流れる美声のモモッモ〜百春を頻りに褒めては北海道の方を向き絶叫する。

日本にもあれほどメッセージをもった美男子の歌手がいるとは素晴らしいとも云ってた。

胸に腕を擦り付けてくるリエは猫みたいに甘ったるい声で耳元で囁き続けた、なかな〜いいんだ、この人天才歌唄いね!声も顔もいいし、男らしいし、ルックスも外人より良いわ。選挙に出れば当選するのになぜ立候補しないのかしら。

還暦のシンガーソングライターが出馬したらたまらないと僕は思った。


暫くするとリエはテレビに向かって味噌っ歯を剥いた。

ぐばぁ〜か〜!難民問題なんかより外肛門題の方が関心あるのに、良くバレないでいるわね。

もともと女だったのかなシンジって!

腕なんか毛深いね!


……私、転職してから少し賢くなったと思うでしょう。天使ゲームも考えたし〜!?

…クリスチャンにでもなったのか!

…う〜ん、ホステスと客の間で流行してるゲームよ!

ラストオーダーをした客がホステスの中でピンクの羽を隠している人を当てるの。

デート出来るのよ当てたら!


…リエは話の展開が早い、要は考えて喋べれないのだ、

下らないを連発するとニャ〜ンと返事がした。風呂場に監禁している黒猫(ブラくん)が出してくれと泣いている。

!うるさい!ブラくん!

後でお仕置きするからね!ブラブラするもの下げてるから好きだったのに、あんなおいたするんだから!

風呂場に向かって怒っているリエの猫のネーミングに呆れた。

てっきりブラックのブラくんかと思ったら、雄猫だからブラくんだと指差したからだ。

…ブラックって黒い色のこと…白ならシロックっていうの!

英語の授業を止めにした、セックスに関わる単語しか理解出来ないらしい。蜜柑箱の上のプレーンヨーグルトをスプーンで掬いあんた学があるねとリエは頷いていた。


睡眠不足の瞳を瞬かせ胸にわざと指を這わせる様に押し付ける。

膨らんでいくジーンズの感触を頬で確かめては顔を埋めモソモソとしだす。

いつもする行為を眺め髪の匂いを嗅いでみた。

…僕はワルい奴なんだよ 狡くて卑怯で高慢なんだよ。

…私は高慢の逆だけどワルイヤツなんだ。ずっと付き合ってたオブツくんの代わりにあんた選んだんだから!

自白しなさい!今までの悪さを!

指に挟んでいたスプーンを畳に落とすと、リエは口の中のヨーグルトを吸い込んでいた。

私もワル〜ヤツなんダ〜!悪い奴どうし、いいことしよう。

やっぱりリエは少し頭が足りない。

モモッモ〜百春の歌を聞いてはラーメンを食べるのが幸福らしい。

部屋の中ではモモッモ〜百春が唄っていた。素晴らしい歌だ。

リエは鼻クソをほっては舐めて金魚鉢の中で飼ってるメダカに話しかけていた。

……ジロリンごめんね。ママが悪かったの。

鏡に映ったおかしな行動が理解出来なかった。

金魚鉢の中には紙に画いたメダカが鱗に糸をつけられちゃ泳いでいた。

…黒猫のブラくんが食べちゃって画用紙にメダカの絵を描いて飼っているの。

…お前の部屋は生き物の香りがしないな。

…何よ…!その言い方。ブラくんがいるじゃない!まぬけ!ブラくんは生きているのよ、悪さしてジロリンとタマリン食べちゃったけど。

リエは泣き出した!

みんながあたしの事をそう云うの。でも、私にはこの子達生きてるのよ!

……金魚鉢に顔をつけて僕は呟いてみた。ジロリン君のママの友達の皇太子ちゃんだよ!君のママはね〜、その言葉を心の中で唱えた。(ハゲ狂い)なんだぜ!

…伝線したストッキングを履き替え、ベランダに干してあったお気に入りの浮世絵プリントのエプロンを取ってくると僕にドライヤーで乾かせる。

背中のブツブツを黒いシミーズで隠してリエは呟いた。

脳みそを交換しにいかないと……いくら稼いだってみんな薬代になっちゃう、

…トリマー辞めたからだろう、勿体無い試験まで通って、リエフールやな!

…毛むくじゃらの犬の身体触るより健康な人の身体のが好きだもん。

あんたも会社辞めてボーイやれば!

一方的に決められた会話に腹が立った。鏡の中では保険証と生理用品をバッグに詰め込み仕事にでる準備を整えた顔が笑っていた。


3章


 時計が5時を回った頃、大通りに面したコンビニの中で盗難防止用のミラーを眺めてみた。

紺色のエプロンを付けたパートの主婦がリエの方を睨んでいる。

あの小娘!いつもあ〜なんだ!

サングラスの奥から品定めをしては結局最初に手にした食物を選ぶ。

レジを打つ主婦の目を盗んでは、熟れた果実に指を入れて知らんぷりしてみた。

モモッモ〜百春流れないかなBGMは百春が最高よ〜!

リエは海苔弁を温めてくれとレジで命令していた。林檎まで温めようとした腕を静止した。

いつもこうなのか!

訊いてみると今度のキャバレーじゃ飯が出ないらしい。

……昼と夜一緒なんだ!



 銀杏の樹の下にある壊れた紅いベンチはリエだけの特等席だ、

太陽がビルに隠れて影がジャングルジムの格子を囲む時、リエは弁当を半分だけ食べて鳥を待っている。サンダルを投げると小鳥が足元に寄ってきて囁く。そうよそうよ、もう日が暮れるからお家に帰りなさい。

幼児言葉でリエはお話しをする。

小鳥さんを見てると悲しくなるのは家族がいるからだろう。

リエが小石を拾ってぶつける気持ちも少しだけは分かる。

いつも外れるリエにコツを教えてあげた。弁当の米粒を体につけて寝転がり、死人のふりをして隙をつくという案だが、これは名案だった。

リエは小鳥に小石を上手く命中出来るようになった。

僕は弁当箱をさらけて葉っぱを敷き詰めると、まだ温もりがある小鳥さんを寝かせる。蓋をして砂場に運んでお葬式をするためだ。

リエはタバコを5本ずつふかして線香にして砂場にさしていく。

僕らの愉しみは評判になり一般市民からは避難を浴びて一ヵ月で敢え無くゲームオーバーになった。

 

 百春の歌を流して手を合わせ幸福に浸るリエの生活にもツケが周って来るはずだ。だがツケが周る頃には僕達は死んでいるに違いない。

リエは裏町の猥雑な看板が立ち並ぶ路地を小走りに行く。舌を出しては回転してフレアーを指先で摘み、昔憧れていたダンサーの真似をする。

後向きに歩いては風とステップを踏んでいる。なんて不格好なんだろう。

あたし達、素直だからツケが周る頃には死んでいる。

そう僕の方を見た顔はくしゃっとして路地を駆け出した。

ばッか〜!

ツケが周る頃には死んでる〜う〜だ。

うふっ〜!今日はあったしが天使ゲームの番なんだあ!(シンジ〜ハゲマサ〜みんなが待っているから急ごう)


4章


 画用紙のメダカの絵を切り抜いては水族館ごっこをしてるリエは癇癪持ちだが友好的だった。

裸に近い格好で裏口から顔を覗かせ客の残したウィスキーを渡してくれた。

スケベな客が来てるんだ。しゃくだから、ウィスキー水増して飲まして金ふんだくってやるんだ。

あんたと同じ被害妄想友の会の会員何だけどシツコくって!

私が四十八の時主演したドエッチビデオ(裏窓の蠅)の熱烈な収集家なの!

ビルのクリーニングしてるのよ!社長さんなの!

マネージャーに呼ばれたリエは前より太っていた。

カロリーの話をすると首を傾げていた。

あなたの言ってる事は難しすぎてワカリン困難なのよ!スカートを捲ると屁をした。店の待遇はかなり改善されたようだ。奮起して歯の抜けたホステスの組合を作ったらしい。

[芸やり直せば]スケスケの衣裳から脂肪で弛んだお尻の線を出して笑うと下品な客が大声を出す店に戻って行った。


………リエの心の変化に気付いたのは翌週だった。歳が二十も上のハゲと出来てるらしい。酔っ払って電話した夜つっけんどに云われた。

もう電話かけないでくんない!

あたし髪の多い男キョウミ無いんだ。

リエの部屋では百春にヘアースタイルが似ている男の声が響いている。

タケダくんとリエが何をしている最中か理解できた。

降りしきる雨を見ては公衆電話の扉に落書きして返事をした。


……………………バックでは百春の素晴らしい歌が流れていた。




fin





  




















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