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 安政二年の収穫の秋。

 蝦夷開拓地の最南であるマシュケが、早くも乳牛を要求してきた。二期作のジャガイモが豊作であり、麦も大豆も豊作。テンサイも中々収穫出来たため、テンサイの葉や根の絞りカス、大豆残渣といった、飼料に予定していたモノが多く出てしまい。この調子なら来年は困ったことになるから、らしい。

 予定外に牛小屋を建てた開拓民に、花子は頭を抱えたそうな。

 一応、カピタンから牛痘苗兼用でホルスタイン種の乳牛を購入して夏泊で育ててはいる。

 いるけれど、まだ雌一六頭、雄四頭、去勢雄四頭しかおらず。マシュケに送るには数が足りないし、購入して一年経たないので細かな世話のやり方が分からず、手引き書が出来ていない。

 でも、開拓民のやる気を出させつつ、牛畜産とチーズ作りのノウハウの蓄積のためには、早めに送るに越したことはない。

「送れて雌四頭、雄一頭かなあ?」

 牛乳を得るには雌牛を出産させねばならず。生まれる子牛はだいたい雌雄半々。なので牡牛のほとんどは去勢して肉牛にしなければならない。

 残念なのは、今の日本の牛肉の保存食は味噌漬けの『反本丸(へんぽんがん)』ぐらいしかないこと、だろうか? ジャーキーとか作りたいけど、作り方知らないし。

 牛の屠殺や解体・加工を商家がやって大丈夫なのか、って? そこはエタ階級の人を雇ってやって貰ってるから問題ない。ここら辺の制度は穴だらけなのよねー。

「トマオマイに味噌蔵ともやし屋の建物だけは建ったみたいだけど。初年度だし、麹は送らないといけないなあ」

 蝦夷地の開拓は、明らかに予定より速い。破綻した時が怖すぎる。でも立ち止まる暇はないので、やらないと仕方がない。

「麹は年始から味噌漬けるために、海が荒れる冬の前には送って。春になったら牛を送ろう」

 ということで各所に根回しと手配をしないと。


 と手紙を書いていると。

「栄子」

「どしたの梅子さん?」

 工房や水車小屋に籠りきりの、絡繰部門の長である梅子が、ごつい男と共に執務室へ入ってきた。男は確か。

「夏泊の桑畑責任者の熊男さんと何の用?」

 二人は手を繋いでえらく緊張している。

「結婚」

「ワシら結婚したいので、許してくだせえ!」

「結婚ねえ。……結婚!?」

 梅子いつの間にそこまで関係進めてたの!?


 ……詳しく話を聞いてみると、二人は夏泊山地の同じ村出身で幼なじみだそうで。幼い頃から『結婚するモノ』と扱われていたらしい。

 そうだったのに、梅子が『御用商人の帆立屋が女も募集している』という噂に村を出て。熊男も追いかけるも募集は既に締め切り。

 しかし翌年、養蚕に向けた従業員の募集があったので応募、受かったところ、紡績機の研究をしていた梅子と無事再会。そこから暇を見つけては合瀬を重ね。

 二人とも二〇歳になったし、流石に結婚したいとここにやって来たのだという。

 江戸時代の商家の番頭や責任者クラスの結婚は、主人が関与することが多いので、二人の行動は不思議ではない。

 なお、結婚自体は二人の愚直な真面目さをよく知っているので、反対するつもりもない。


「だからどうぞ結婚してください」

「ありがと」

「ありがとうございます!」


 その後、梅子が初夜から一か月少しで悪阻に苦しみ始め。妊娠が発覚したことで、絡繰部門は引き継ぎに大忙しとなる。

 妊娠休暇の制度は作ってたし、平の従業員はよく使ってたけど、幹部級がこの制度を使うのは初めてのことだったのだ。




 安政三年春。

 マシュケ開拓地に乳牛として雌牛四頭、種牛の雄牛一頭を送る。

 マシュケは山がちなため開拓出来る範囲の開拓はほぼ終わっている。昨年で用水路整備が進んだので作物の生産量も安定するだろうし、牛も飢えることはないだろう。

 トマオマイの方は畑の拡張は程々に、アイヌと協力して丘陵地をハスカップ畑にする予定。ハスカップの美味しさに入植者達が感動したことと、これ以上農地を拡大したければため池を造る必要があるからだ。

 使える農業用水にハスカップ畑程度の余裕はあるけれど、ジャガイモ畑程度の余裕はない、という微妙なラインなので、ため池造りも急がないといけない。


 本土側では、一年育てた去勢雄牛を反本丸にしたところ。相場より少し高めで弘前藩に持っていかれ。弘前藩はそれを江戸へと持っていった。昨年一〇月に江戸であった大地震の慰安に使うそうだ。

 この大地震では、水戸藩主徳川斉昭の腹心二人が死に。また斉昭と親しい盛岡藩主南部利剛(としひさ)も負傷している。そのためか水戸藩内での保守派・改革派の派閥争いが泥沼化しているらしい。

 幕府を支えるべき御三家の一角がそんな調子なので、当然幕府内の統制も緩んでいると、弘前藩のお偉いさん方が愚痴っていた。

『水戸徳川家があの有り様ではなあ……』

『この国難の時期に内輪揉めとは……』

 そんな愚痴を藩の家臣に過ぎない人達が隠さずに言うのだから、水戸藩の混乱は相当なものなのだろう。


 帆立屋製反本丸にどこまで慰安効果があるかは分からないけれど、役に立って、あわよくば帆立屋の宣伝になってくれるなら嬉しい。

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