6
安政元年五月。
とりあえず平内にある複数の和船の造船所を買収。統合して生産効率を高めつつ、桑子さんと立てた計画の大きな穴をどうするか考える。
「製鉄かあ」
絡繰の天才である梅子に相談したところ、これからの造船に製鉄所は必須、らしい。
言われなくとも『鉄は国家なり』という言葉くらいは、未来知識として知っている。
(石炭は夕張と留萌から入手するとして。噴火湾から砂鉄は採れる。鉄鉱石は倶知安と虻田で掘れたっけ? 山師に頼むしかないか。
で、天然の良港な室蘭に銑鋼一貫製鉄所を建てるとして。建てられるのは、戊辰戦争が終わった後、出来ればその直後に建てたい)
となると、今から一二から一三年で高炉やら何やらを建てたり土地を買収したり出来るだけのお金を稼ぐ必要がある。
「確か……」
留萌からは少ないながら砂金も採取出来たはず。そして和人地でない留萌は幕府の天領扱い。
「よし」
弘前藩を説得して、留萌を開発しよう!
「帆立屋からのお願いとは、珍しいな」
……まさかいきなり弘前藩主津軽順承へ取り次がれるとは思っていなかった。
「時間も惜しい。率直に用事を言え」
許可も貰えたので、早速本題に入ろう。
「では。蝦夷開拓に参入したく思いまして」
「ふむ? 蝦夷地の警備に幕府は手を焼いておるから、資金を帆立屋が出すならば、名目上は弘前藩でやっても構わぬ」
「では、マシュケ(増毛)からテシホ(天塩)にかけてをお願いします。資金として、年一〇〇両を用意します」
一〇〇両、それは帆立屋が蝦夷地開拓のために用意出来るギリギリの金額だ。
「……それは無茶ではないか?」
順承が顔をしかめる。江戸の大商家が一日に稼ぐ金額以下の資金で開拓とか、舐めているとしか思えないだろう。
「ええ。そこで既に留萌にいる和人とアイヌに協力を求めます」
「なるほど、既にそこにおる人々を取り込むのか」
「はい。さすれば、低予算での開拓も可能かと」
「ふうむ? 良かろう。ただし失敗して逃げ帰って来たならば、帆立屋を藩直轄とするからそのつもりで」
その程度の条件なら構わないだろう。
「大変ありがたく」
弘前藩が幕府から許可を取るまでの間に、現地の人々と繋ぎを取りつつ、山師を送る。
「オビラシベのホタテと石炭。ソウサンベツのハスカップ。テシホのサケは開拓初期からの良い産業になりそう。ルルモッペもニシンが豊富だし石炭もありそうなのね。
マシュケのニシンは減ってきてるのか。ハスカップ育つなら育てたいね。
トマオマイは米は無理そうでもアワは育つと。ならジャガイモ・タマネギの輪作か、テンサイ・大麦・クローバー・小麦の輪作が出来る、といいなあ。
ハポロペはジャガイモ・タマネギの輪作かなあ? 山師が興奮してるけど、それ頼りは駄目だもんねえ。
ウェンぺッもジャガイモ・タマネギ輪作だね。
なんだ。楽勝だね」
「楽勝かは分かりませんけど、塩鮭美味しいですよねー」
花子は頬を緩ませている。
「で、ハスカップって何ですか?」
「桑の実みたいな果物で、塩漬にしたら梅干の代わりになるんだって。あとアイヌの人達が『食べると健康になる』って言ってるらしいよ?」
「へー。食べてみたいです」
「だねえ」
前世で食べたハスカップジャムは美味しかった。思い出したらヨダレが。
「とりあえず、オビラシベはホタテの垂下式養殖しよう」
「平内も津軽も限界ですからねえ」
「そーそー」
弘前藩では年間四トンのホタテ(剥き身)を生産しているけれど、今の技術力ではこれが限界。干貝だけで年貿易銀一〇四枚を稼ぐホタテ養殖は貴重な外貨稼ぎの担い手なので、拡大出来るならしないと。
「お米が育たない場所だけど、ジャガイモ祭りで良いんですか? アワじゃなくて」
「アワも育てはするけど。ジャガイモの方が収穫量多いのよねー。それに茎と葉っぱは毒だからシカに食べられない」
「なるほど」
ウンウンと花子は頷いて、唐突に言った。
「栄子さん、いやご主人」
「どしたの改まって?」
「私を蝦夷地開拓の責任者にしてください」
「……どしたの急に」
本当どうした? 花子に向き直ると、彼女は真剣な表情だった。
「蝦夷の開拓地は、今後の帆立屋の進退を決める事業だと思います」
「まあ、そうだね」
「ですが、栄子さんのやり方を知らない人が主導したら、現地に住む人々とと軋轢が起こります」
「……まあ、そうだね」
そうだろうから、誰を責任者にするか悩んでたんだけど?
「だから私が主導します。そして何としても、蝦夷地開拓を成功させます。だからどうか、私を蝦夷地開拓の責任者にしてください!」
花子は深々と頭を下げた。
「…………はぁー」
私は深々とため息をつき、言う。
「花子。君が藤子と比べて苦しんでいるのは知ってる」
びくり、と花子が震えた。
「その嫉妬から逃げるためにやりたいなら、止めなさい。成長して追い抜きたいからやりたいと言うのなら、良いでしょう。どちらですか?」
「……どちらもです」
「そっか」
なら仕方ない。
「正直でよろしい。なら花子、あなたを帆立屋による蝦夷地開拓の責任者・主導者にします」
「栄子さん!?」
花子はぱっと笑顔になる。
「元々花子さんは候補だったからね」
右手をひらひらとして種明かしをすると、花子は苦笑した。
「そ、そうだったんですね」
「うん。花子さんの技量はよく知ってるから」
「ありがとうございます!」
花子は深々と頭を下げた。
「あ、でも秘書の候補者選びと仕事の引き継ぎはやってね?」
「はいっ!」