4
嘉永七年の盛夏。帆立屋は襲撃を受けていた。
「栄子さん。弘前藩の奥方から、連名でこれが届きました」
最近帆立部門から秘書に昇進した花子が、疲れた様子で手紙を差し出した。
「あー。内容予測出来るけど、読むね」
読んでみると案の定な内容。はあとため息をつき、手紙を畳む。
「やっぱり摩耶布でした?」
「うん、摩耶布だったね。『増産しろ』だって」
フンドシみたいな丁字帯と組み合わせることで、今までのボロ布より快適な生理用品となる『摩耶布』。
ボロ真綿を使ったこの製品の使い心地を試して貰った各所から『増産しろ!』とラブコールを受けているのだ。
「そんなこと言われても。まだ生糸が研究中だからそんなに作れないのよねー……」
水車動力紡績を研究している生糸は、製品として売り出せるのが来年になりそう。当然その副産物であるボロ真綿を使った摩耶布の増産も出来ない。
「梅子さんも頑張ってますけど、摩耶布用真綿の増産は中々難しいみたいですね」
我らが帆立屋の絡繰担当である梅子。彼女は本当に天才だけれど、その天才の頭脳をもってしても簡単には増やせないのがボロ真綿。
「うーん」
いやこれどうしろと?
「水車で紡いだ駄目な生糸をほぐしたら真綿に出来ませんか?」
花子はそう提案する。
「いやね、あの生糸は生糸で使い道があるのよ」
でも、その提案は採用出来ないものだ。
「え? でも雑巾にしたりボロい服にしたりしてるだけですよね?」
「いやそのボロい服の需要も凄いからね」
品質の悪い生糸から作ったボロい絹織物を使った服。これが地味に売れているため、花子の提案は採用出来ないのだ。
「あれ売れてたんですか!?」
「うん。お侍さんの子供達の普段着に、ね」
子供の成長は早く、服の損耗も早い。そんな子供服の材料として、品質の悪い生糸が求められているのだ。
「あんなに品質悪いのに?」
「悪いから使い潰せる、って感覚らしいよ?」
「なるほど。覚えることが一杯ですねー……」
「早く覚えて私に楽させてね?」
「頑張ります!」
本当、良い子だなあ。私より年上だけど。
とか言ってた三日後。
「なんでこんなところからも来るんですか……」
何故か大奥から『摩耶布を売ってくれ!』と手紙が来た。
「いや、大奥御用達とか恐れ多いです」
というよりも、そんな高級路線に走りたくない、という感じかな?
「さようか。しかし返事は明日までにくれ」
手紙を持ってきた幕府の役人はくたびれた、というよりもげんなりした様子だった。江戸でさんざんせっつかれたんだろうなあ。
「……分かりました。明日には返事を用意します」
平内に幕府の役人が泊まれるような宿はないので、私の家に泊まってもらう。季節ものの帆立尽くしご飯を食らえ!
で、社内会議。
「どうする予定ですか?」
養蚕担当の桑子は頭を抱えている。そろそろ紡績担当を分けるべきかなあ?
「欲しがるのは分かりますけど、今来られても迷惑ですね」
養鶏担当の良子はめっちゃ顔をしかめている。
絡繰担当の梅子は寝てる。まあ激務だから仕方ない。
「いっそのことだけど、摩耶布の作り方を幕府に献上しようかな、って」
そんな彼女らに軽い口調で言うと、唖然とされた。
「そんな簡単に手放して良いものなんですかこれ?」
桑子はちょっと怒っている。
「栄子さんのことだから何か企んでるのでしょうけど」
流石良子私のことをよく分かってる。
「失礼な。摩耶布が『真綿で出来てる』ってことを教えるだけのことよ」
「「うわあ……」」
二人はドン引きしていた。
「生糸廃棄物のボロ真綿ではない真綿で摩耶布作ったら、恐ろしい値段になりますよね?」
桑子は良子に顔を近付けて言う。
「だから私達の値段の優位性は変わらない、と」
「流石栄子さん気軽にとんでもないことをおっしゃる」
「流石栄子さんですね」
「二人とも聞こえてるぞー」
苦笑しつつ指摘すると、二人は姿勢を正した。
「まあそういう方針で行くつもりだけど、どう思う?」
二人は深々と頷いた。
「ということで、これが摩耶布の基本の作り方です」
幕府の役人は唖然としている。
「いや……。それは助かるが、良いのか? 飯の種であろう?」
「渡すのはあくまで『基本の』摩耶布の作り方ですから」
「つまり工夫を明かす訳ではないから構わぬ、と?」
「まあそんなところです」
役人は怪訝な表情で私を見つつも、しっかり頷いた。
「承知した。これはしかと届けよう」
「お願いしますねー」
そう、摩耶布の工夫はそう簡単に見抜けない。
まず、真綿となるカイコの繭の繊維は長い。未来知識によると一五〇〇メートルにもなるという。
真綿はそんな繭を慎重に伸ばして作られている。
しかし、摩耶布用真綿は生糸を作る工程で出るホコリみたいな絹糸を処理・積層することで作られている。そのためか、このボロ真綿は真綿より柔らかく、肌触りが優しいのだ。代わりに強度は皆無だけれど。
そのカラクリを明かさなければ、私達の摩耶布の値段と肌触りの優位性は変わらない。でも、日本国内だけでざっくり一五〇〇万人もの需要がある生理用品市場を私達だけで埋めることは出来ない。
だから幕府に摩耶布の作り方を献上したのだ。そうして摩耶布が一般化すれば、私達の摩耶布は『安いのに高品質な品』として売れること間違いなしなので。
宣伝広告を大奥にタダでやらせた、とも言う。