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 嘉永七年。弘前藩が支藩、黒石藩の領地である平内の漁港は、ここ数年で急激に繁栄(?)し始めていた。

 帆立屋の栄子が始めた垂下式ホタテ養殖と養蚕、養鶏のお陰で、田舎の漁港だった平内に仕事が出来たからだ。


 出島まで運ばれて清との貿易に使われる『干貝』。

 子供や酒飲みのおやつ『ヒモ』。

 優秀な肥料である『貝殻肥料』。

 受注生産の『漆喰』。

 布団や半纏の詰め物となる『真綿』。

 品質は悪いが水車動力で作られる『生糸』。

 あまーいご馳走『干し桑の実』。

 お蚕様の食べさし『桑腐葉土』。

 その食べさしの中でも立派だった枝『薪』。

 これ一個で食事の質が上がる『卵』。

 薬だと思ったらご馳走だった『若鶏』。

 これまた優秀な肥料の『鶏ふん』。


 これらを一手に扱うのが、弘前藩の御用商人『帆立屋』。主人は未だ九歳の神童『平内栄子』である。帆立養殖の功績をもって、弘前藩から女の身でありながら苗字帯刀を許されたというから凄まじい。

 その部下も中々凄い面々が揃っている。


 水車動力の生糸紡績を主導する『桑子』。

 通称養鶏学者『良子』。

 絡繰の天才『梅子』。


 よくもまあ、在野にこれほどの人材がいたな、と言えるほどの面々で、全員女なのがまた、この時代の常識破りだった。


 そんな彼女らが、この春手を付けたのは。




「どうだった?」

「これ凄いよ!」

「でも値段がなあ……」

「やっぱり値段かあ」

 私、帆立屋栄子が部下の桑子と良子に試して貰っていたもの。それはズバリ『生理用品』である。

 ……なーんて言うと凄く聞こえるけど、ただの脱脂綿もどきと丁字帯の組み合わせである。

「いや、真綿からよくこんなモノ思い付きますよね!」

 桑子は大興奮だ。

「でも使い捨てにするには値段が高いですよね?」

 良子は冷静に分析する。

「うん。例のボロ真綿を使ったけど、それでも高いのよ」

「他の材料を使えませんか?」

「他だと、綿が理想的かなあ?」

「綿ですか」

 良子は渋い顔をする。

「綿は弘前じゃあ手に入りませんねえ」

 桑子は何やら考え込んでいる。

「ま、ともかく。今後も一定数は出てしまうボロ真綿はコレにしちゃおうと思うんだけど、どう?」


 一般論として、絹織物一反作るのに必要な

・桑畑は一四八坪(一二メートル四方)

・桑の葉は二六貫強(九八キログラム)

・カイコは二七〇〇匹

・繭は一貫と三〇七匁(約四九〇〇グラム)

・生糸は二四〇匁(九〇〇グラム)

 とされており。繭から生糸へのロスの四分の一は回収してボロな真綿に出来ると、桑子が言っていた。

 今目指しているのは生糸段階だけれど、それでも生糸を二四〇匁作る毎に七六匁はボロ真綿が出来る計算になる。

 ただこの再利用品な真綿は品質が悪いので、普通は真綿にせず捨てる。これが生理用品になるなら、とんでもない製品と市場が登場することになる。

 なにせこの生理用品は、どう頑張ってもボロ布のように使いまわし出来ない、使い捨ての製品で。月二〇枚は使うことになりそう(桑子・良子のデータ)で、未来知識によるとこの時代の日本の人口は三〇〇〇万人、うち半分が女性となれば、その市場の巨大さが分かって貰えると思う。


「「賛成です!」」

 二人は賛成してくれた。そりゃあ今までのボロ布や紙を女性器に突っ込むよりは遥かに快適だろうからね。しかもその布は使い回すことが多いし。

 そうなると問題は。

「値段は専用の設備整えたら安くなるから良いとして。商品名、どうしよっか?」

 うーん、と三人で悩む。商品名ひとつで売れ行きが変わるので、とても重要な要素なのだ。

 散々悩んで出た名前は。

「『摩耶布』で仮決定で」

 釈迦の母であり、安産・子育て・婦人病のご利益があるとされる『摩耶夫人』の名前を借りたものになった。神道の妊娠・出産の神『産神』と悩んだけれど、語呂がこちらの方が良かったのだ。

「関東の方に摩耶夫人を祀るお寺があるらしいから、そこの許可取れたら、これでいこう」

 ということになった。


 後日、そのお寺『摩耶寺』から多少の金銭の寄進によって許可を得て。原始的なナプキンであるコレの名前は『摩耶布』に決まった。


 それはさておき。

「ウチも人数増えたなあ」

「ですねえ」

 ホタテ部門が通年三〇人、年四分の一の繁盛期に追加で五〇人。

 養蚕部門が通年四〇人。

 養鶏部門が通年一〇人。

 始めは平内の漁港の漁師達を扇動しただけだったのに、ここまで来てしまった。なお利益は相変わらずあまりない模様。

「桑子さん、養蚕部門はほとんど女性ですけど、勤務周期大丈夫ですか?」

 勤務周期、つまり勤務シフトだ。女性はどうしても生理妊娠出産があるので、生理用品もピルもまともなコンドームもないこの時代、休み無しで働くことは出来ないのだ。

「大丈夫ですよ。でも、摩耶布が商品化したなら、優先的に回して欲しいですね」

「分かった。けど給料から引くよ?」

「それは当然ですね」

 桑子は頷く。

「養鶏部門はどうする?」

「血の臭いするとニワトリが暴れるんで休める今の方がありがたいです」

「それは危ないね。分かったよ」

 爪切りをしているとはいえ、ニワトリが暴れるのは本当に危ないので、それなら下手に摩耶布を使わない方が良いだろう。

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