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各藩の資産の再確認が行われる裏で、オランダから『資産の確認にはこれが一番便利だ』ともたらされた複式簿記が普及。日本で広く使われていた単式簿記からの切り替えで商会も幕府も混乱していた文久二年一一月。
アメリカの合衆国が連合国・自由国に侵攻する形で『アメリカ内戦』が始まった。
「これはアメリカ合衆国内の問題である」
そう合衆国が主張した通りに、宣戦布告はなされなかった。
西と南に伸びる、長大過ぎる戦線に可能なだけ均等に軍団を配置して侵攻を始めた合衆国は、兵士を集中運用する連合国に連戦連敗し、『ゲリーリャ』なる遅滞戦術を取る自由国に大苦戦。
経済力・軍事力・人口で連合国・自由国に勝る合衆国の足を引っ張って戦争を長期化させて稼ごうと企む欧米諸国の動きもあって、アメリカ内戦は既に長期化の様相を見せていた。
それはそれとして。
幕府主導で行われた元水戸・宇和島・鳥取藩の資産売却により、帆立屋は鳥取藩の『湖山砂丘の開拓権』、水戸藩の『鹿島の砂鉄鉱山』ついでの『たたら炉』『野鍛冶場』を入手出来た。
宇和島藩の『ミカン農園』は、予想以上に競争相手が多すぎたので早々に降りた。値段もつり上がっていたし、区画も小さくなり過ぎていたので旨味がなかったのだ。
すぐに手を引っ込めて予算を回したお陰で、ちょっと競争相手のいた鹿島の砂鉄鉱山を独占出来た。そのことを考えると、ミカン農園から手を引いたのは結果的には良かったのだろう。
各藩のうち、肥前・福井藩は破産が確定した。その資産と人員は幕府直轄になって整理されつつあり、来年早春には競争入札が行われる見通しらしい。帆立屋が越後屋と共に肥前藩に出資していた楠産業は、帆立屋と越後屋(三井家)で買収することが決定されているので、そのためのお金を貯めないといけない。
絹・青苧の稼ぎが凄いから資金に問題はないけれど、余裕がある訳じゃあない。
……まあ、じわりと帆立貝柱や燕麦が値上がりし。蝦夷の農園から乾燥チーズな亜楼留の出荷が始まり。また蝦夷農園にてヒマワリの植え付けが今年から始まったことで油に余裕が出来た。そんな基盤となる商品と稼ぎがあるからこそ、絹・青苧の稼ぎを業務拡大に注ぎ込めるのだけれど。
なお土佐藩は、主に箒とタワシの原料目的で造っていた棕櫚の農園が、今年無事初収穫を終え。継続的に採算が取れそうだということ。
そして、日本中に水車動力が普及しつつあり、その上で輸入品な蒸気機関が使われ始めたことによる鯨油価格の高騰で、破産を免れた。けれど相変わらず財政にゆとりはないので、全国各地の商家からの出資を募っている。
帆立屋として土佐藩に出資した産業は『捕鯨』だ。良質な機械油となるマッコウ油は、水車動力を多用する私達帆立屋にとって、ありすぎて困ることはない。そして帆立屋は、中古の蒸気機関式の捕鯨船を、船団ごと手に入れていた。
これらの捕鯨船は、函館乾ドックで修理した、ボイラーの周辺が大破していた捕鯨船の関係の伝手で入手した。と言えば聞こえが良いが、修理中にその捕鯨船を保有していた合衆国の企業が破綻したので、大破していたこの船含めて、函館に停泊していた捕鯨船団を格安で買い取れただけだったりする。
合衆国から離れて日本に帰化したい合衆国船員も抱えているので、彼らを教官に捕鯨船団を経営しようと思っていた。けれど、帆立屋のお得意様な弘前藩と、伝手のある久保田藩(秋田藩)は蝦夷開拓に人員を送り込み、藩領の開発にも人手を取られているため、捕鯨船団用の人員を用意出来なかった。
捕鯨船団用の人材を探していたところに、土佐藩が『先祖代々捕鯨をやっている熟練の人材を格安で雇わせてやる!』と言ってきたのだ。ありがたく雇おう、となるのも、おかしな話ではないだろう。
この捕鯨船団の元所有企業だけでなく、合衆国企業の日本支社の破綻が多発している。『アメリカ内戦』でやや劣勢な本国と連絡が付かず。混乱している間に少ない資金を使い果たしたり、労働者に工場機械や事務道具ごと夜逃げされたりする事例が多発しているのだ。
破綻から倒産に至った合衆国企業の資産は幕府や藩が押さえており、これが地味ーに日本の財政を潤しつつ、工業化を加速させている。
その中でも特に金額・占有する土地共に大きなものは、会津藩の木材加工工場だろう。
蒸気機関による皮剥き・製材及び雨晒し用の広場が一貫して置かれているこの大工場は、会津藩の杉・檜・欅を、横浜港付近に建設中だった乾ドックにて、主に造船に使える材にする目的で造られた工場だった。
現在この工場は、会津藩の御用商人が確保した大嶺炭田の石炭を燃料に稼働を続けており。建物用の材を生産して会津藩に多大な利益をもたらしている。
なお会津藩は、木々を伐採した跡地を、傾斜の緩やかな場所では桑・栗・栃の畑や段々畑・棚田にしつつ。傾斜がほどほどに急で人里離れた辺りからは檜・欅・赤松を植えている。その境界となる辺りには薪炭になる橅を植えている。
この開拓・植林事業は、会津藩の林業家だけでなく、幕府役人・元鳥取藩士・イギリス技師も参加しているそうだ。
日本でも最先端の林業技術を持っていた元鳥取藩士の知恵と、欧米式林業を知るイギリス技師、その両者を取り持つ幕府役人という分担で、月月火水木金金を楽しみながら仕事をしているらしい。
帆立屋が関与しているのは、欧米式の建材や高級木炭となる杉・檜・赤松の林業が中心。薪炭や細工物等々の細かな木材を目的とした林業の知識の蓄積は、今の帆立屋にはない。今更ながら鳥取藩の資産の競争入札の時に、林業関係者と資料を得ようとしなかったことが失敗に思えている。




