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破産した長州藩は解体され、借金含む資産と人員の全てが幕府直轄となった。
その際反乱を起こそうと考えた長州藩士もいたが、
「借金返済にゴネて反乱、なんてみっともないなあ」
と、どこかからか噂が流れ。結局決起しなかった。
長州藩の資産整理を始めた幕府だったが、厄介なことに、長州藩はオランダ・アメリカの商人からも借金していたことが発覚する。
どうやら長州藩は、破産半歩手前で踏ん張っていたところを、このアメリカ『合衆国』所属の商人から恐喝含む取り立てにあってしまい。にっちもさっちもいかなくなって破産宣告したらしい。
この合衆国商人への返済は、幕府が元長州藩主の毛利家や重臣から没収した資産で賄えたらしい。当の合衆国商人は憤然としていたそうだけれど、まあ問題はないだろう。
一方のオランダ商人『ブランドビール』日本支店の店長は、
「時間がかかっても返してくださるなら、問題ありません」
と泰然とした態度を取った。とはいえ、流石に何の見返りもナシは不味い。日本の商会に限定していた、元長州藩所有の工場・農園等の競争入札に、例外的に参加を認められた。
ブランドビール日本支社とは、素公留塾設立当時『蝦夷開拓地でビール向け大麦を育てられないか』という話を持ちかけられた縁がある。
残念なことにその話は開拓地の気候土壌からあっさりと流れた。けれど今回の競争入札で再開した時。
「日本で我が社のビールを造るんだ!」
と、以前よりも気合いが入っていた。なんでも日本の『水』に感動したらしい。お酒造りで水が重要なことは知識として知っているけれど、そんなに日本の水って凄いのか。
アメリカ内戦だ長州藩破産だ、の裏で進めているソウヤ開拓が順調なので、来年の文久三年には、イシカリベツ(たぶん未来で言う札幌の辺り)への入植を始める予定で。
イシカリベツの辺りは、貝殻・石灰肥料があれば小麦栽培に向いている、と事前調査で判明している。なので長州藩の資産だった秋吉台の石灰鉱山のひとつを購入し、大規模にノーフォーク農法を展開するつもりでいた。
カブ(テンサイ)・大麦・クローバー・小麦の輪作と牛や豚の畜産を組み合わせるノーフォーク農業では、小麦・大麦・肉等が得られる。
この大麦をビール麦にすれば、ブランドビールと提携して日本に・アジアに、ビールを売り出すことが出来る。
ビールはお酒で嗜好品だが、同時に『飲むパン』と言われ食事の代わりになる。食料品が高騰する中でも、『飲むパン』の面を強調すれば、嗜好品を売りつつも批判をかわせるのだ。
ということで、ブランドビールと帆立屋は連携してイシカリベツ開拓に当たることとなった。長州藩の破産が繋いだ『縁』である。
なお、今回の競争入札では、石灰鉱山以外にガラス工房と瓶詰め工房、アベマキ農園を購入出来た。コルク用アベマキ不足で本格的に稼働出来ない瓶詰め工房と、まだまだ成長に時間のかかるアベマキ農園、どの藩も取り組んで実用化しつつあるガラス工房。それら全て格安で買えて助かった。
余った予算は次の競争入札に回すことにする。
そう、『次』である。
水戸・鳥取・宇和島藩について、財政再建の目処が立たなかったため、これらの藩の資産と人員を没収。幾つかの工場や利権が競争入札に回されることが決まっている。
水戸藩は御三家の一つだけれど、『断固とした姿勢』を日本の商家と世界に見せることで、欧州からの余計な干渉を防ぐ目論見らしい。
今度の競争入札では、宇和島藩の『ミカン農園』、鳥取藩の『湖山砂丘の開拓権』、水戸藩の『鹿島の砂鉄鉱山』を狙っている。
砂鉄鉱山を増やすより前に函館のたたら場拡大しないのか、って? そっちはワッカタサップの鉄鉱石(注釈:脇方鉱山の鉄鉱石のこと)と、ルルモッペの石炭(注釈:留萌炭田の石炭)を使う『高炉』を建設する計画が立っている。未来が分からなくなったので、遠慮せず鉄の生産量を増やすことに決めたのだ。
なお、函館たたら場用に掘っている、噴火湾の砂鉄は、この高炉の添加剤として使ってみる予定。確か前世生きた時代では、高炉の鉄鉱石に少しだけ(一~五パーセント、だったかな?)砂鉄を混ぜる、なんてことをしていた筈。新聞で読んだ覚えのあるそれを確かめるのだ。
なお、たたら製鉄の鉄はそれはそれで使うので、鹿島の砂鉄鉱山を獲得して、たたら場を建てたいのだ。
ミカン農園は、将来的に瓶詰めのミカンジュースを作って売りたいから。
ミカンはとても儲かるので、他の商会も狙っている。激しい競争になるだろうから、これは「買えたら嬉しいなー」程度の心構えだ。
湖山砂丘では、火を使わず置くだけな虫除け『安線香』の原料となる浜栲・樒・木蓮と、防砂林として黒松を育てたい。
イシカリベツで牛を沢山育てるなら、絶対必要な虫除けを探している中で見つけたのが安線香。除虫菊とは違い火を付けないで良いのがとても便利だし、スーッとする香りも良い。
そんな安線香を大量生産するだけの、原材料を栽培出来るだけの広さな土地しかも安いのが、鳥取砂丘の一角『湖山砂丘』だった、というだけの話だ。
そういう訳で、水戸・鳥取・宇和島藩の元資産の競争入札の準備は出来ている。
問題は、これ以上に破産する藩が出るかどうか、の方だったりする。
肥前・福井・土佐藩も中々に危険な財政らしく。薩摩藩も砂糖と、シラスコンクリート・楠農園への投資がなければ破産していたらしい。
弘前藩除く東北各藩も、ギリギリ黒字なだけで財政に余裕がある訳ではない。
その他の藩は情報不足だけれど、財政面で良い話は聞かない。
幕府はかろうじて余裕があったが、様々な藩が破産した尻拭いが待っているのでそうも言っていられない。
今見える日本の未来には、『借金』という分厚い雲がかかっていた。