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本日2話目
三つに分裂したアメリカ合衆国は、戦争へと突き進んでいた。
工業化の進んだアメリカ北部『合衆国』は、農業の盛んな南部『連合国』と、開拓地な西部『自由国』への敵意を隠さず。両者や欧州諸国に対する交渉を進めている。
しかし、欧州は綿花・米・砂糖の生産者たる連合国及び移民先となる自由国との交渉を優先した。北部の主要生産物な工業製品は自国で作れるが、原料となる綿花等は自国で賄えないし、移民先としての魅力は自由国に負けるからだ。
連合国と自由国の間では、態度の定まらないテキサス州をどちらに引き込むかの駆け引きが行われている。自由国としては、カリブ海にアクセス出来るようになる、欧州とのアクセスが楽になるテキサス州が欲しい。連合国としては人的資源と生産力確保のためにテキサス州が欲しい。
駆け引きはしつつも、連合国と自由国は『対合衆国の同盟』を組んでいる。連合国単体・自由国単体では生産力で合衆国に叶わないことを自覚しているのだろう。
ただ、自由国はあまり人がいないので、連合国が倒れた時点で戦争が終わるだろう、とは、帆立屋の情報部と素公留塾のイギリス・オランダ教官達は見ている。
戦争へ突き進むアメリカ三国の影響で、幕府がアメリカに発注していた諸々、特に武器の輸出が取り消しになった。日本に売る前に自国が必要とするようになったのだから、まあそうなるだろう。
違約金は渋られつつも払ってもらったらしい。けれど、幕府としてはとても困る事態だ。
ライフル銃は生産出来ないこともないが数を作れず、その弾薬は雷管生産が上手くいかない。大砲は世界水準のものは全くの輸入頼り。船は造れないこともないがドックが足りず、それは海軍や商船の乗員教育の遅れに繋がる。
そんな中、欧米の船の修理だけやっていた函館乾ドックで西洋式帆船の建造をしないか? という話を幕府に持ちかけられ。そんなことよりドックを埋めている大破した捕鯨船の修理のためのボイラー部品どうしよう? と悩んでいた文久二年五月初頭。長州藩が破産した。
「……という訳で。『長州藩破産の後始末』に関係しそうな幹部の皆さんに集まってもらった訳です」
絹部門の桑子、畜産部門の良子、蝦夷開拓部門の花子、絡繰部門の梅子、情報部門の藤子、そして私栄子と、最近増えた青苧部門の浅子、の計七人で、厄介なお話を進める。
「えーっと? つまり『元長州藩の資産や産業の競争入札』が行われるから、それに参加するかどうか、参加するなら何を得るか。決めよう、ってことで良いですか?」
「うん、桑子さんの言う通りだね」
「なるほど」
「ん? それって変じゃないですか?」
良子が気付いた。
「売れる資産があるなら、破産するより前に売っているはずですし、産業だって利益が出ていたら破産しないでしょう? どうして長州藩は破産したんですか?」
良子の疑問はもっともだ。
「ほら、工業化って凄くお金かかるでしょ?」
「ですねえ」
浅子が力強く頷く。大規模な青苧工場建設と、それに伴う河川工場に溶けていくお金とにらめっこしている彼女は、そのことをよく体感しているのだろう。
「なのに長州藩は、製鉄・製材・ガラス生産・造船・保存食生産・セメント生産・コークス生産、などなど。一度に幾つものことを工業化しようとしたのよ。治山治水せずに」
「「うわあ……」」
全員揃って絶句する。
そもそも工業化は、初期投資にも維持費にもとてもお金がかかる。お金のかかることを複数、同時並行で行うこと自体が、中々無謀だ。
また日本の地形は独特で、急峻な山から平野までが滅茶苦茶近いため、河川の流れがとても速い。なのに、江戸時代の間にハゲ山が増え、無理に棚田を造ったりしたため、山林の保水力がとても弱い。
そんなところに雨が降れば、土石流が起こり放題になる。
もちろん、長州藩も河川堤防や防災用のため池を造ったりはしている。けれど日本の地形では、とても流れの速い河川相手では、それでは不足する。
おまけに、ちゃんと木を植えてやれば木材の供給源になる山林がハゲ山になっているということは、工業化するために必須の木材が足りない、という事態が起こる。起こった。
保存食生産で瓶詰めを作るための工場を建てたは良いけれど、蓋に使うコルク原料となるアベマキがなかったり。製鉄所を造ったは良いものの鉄鉱石の輸入や木炭の購入が上手くいかなかったり。
そんなゴタゴタしているところに小規模な土石流がやって来て工場が壊れ。直した頃にはまた土石流、というのを繰り返すうちに、売却出来る資産がなくなって詰んだ。
というのが、長州藩破産の流れだ。
「他の藩でも似たようなことが起こりそうですね。どうですか?」
良子の問いに頷く。
「長州藩みたいに破産しそうな藩がないか、幕府が調べているんだけど。水戸・鳥取藩は実質破産していて、肥前・宇和島・福井藩も危ないみたい」
「「うわあ……」」
「この調査は途中だから、破産しそうな藩はまだまだ増えそう、って幕府のお役人様は頭抱えてたよ」
「「うわあ……」」
皆揃って頭を抱える。
「……では、長州藩に限らず、破産や破産予防のための競争入札で買いたいモノを、この場で決めてしまうのが良いと思います」
頭を押さえながら、花子が提案した。
「気が早いけど、私もその方が良いと思う」
頷くと、残る面々も頷いて同意してくれた。
「じゃあ、何が競争入札にかけられるか。藤子さん、他の藩の資料も持ってきてくれる?」
コクリと頷いて、藤子は手をひと叩き。すると彼女の部下が資料の束を持って会議室に入ってきた。
「さては栄子さん、こうなるよう話を誘導しましたね?」
「栄子さんも成長しましたね」
桑子と良子がわざと聞こえるよう、ヒソヒソ話の体をとって話をする。
「二人とも聞こえてるぞー」
すると二人は、しれっと、
「栄子さんの成長が嬉しくて」
「立派になりましたよねえ」
と返してくるのだった。
~~蛇足~~
この世界の長州藩の破産、他の理由としては
・農産物が史実よりも売れて予算があったせいで、調子に乗って工業化進め過ぎた
・工業化進め過ぎて森林伐採し過ぎた
・伐採し過ぎて土石流の被害が増大した
という点もある。
工業化進め過ぎて森林伐採し過ぎた史実の例としては、スペイン・ポルトガル・イギリスが挙げられる。フランス・プロイセンも引っ掛かるか?