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 久保田藩(秋田藩)における苧麻産業振興および桐農園開発の話が進んでいた文久二年三月中頃。歴史の転換点になるであろう事件が起こっていた。


『アメリカが割れました、か』

『情報が錯綜していますが、それは間違いないようです』

 素公留塾のイギリス教官がもたらしたニュースは、とんでもないものだった。


 そもそもアメリカでは、プランテーション農業の盛んな南部と工業化著しい北部の政治的対立があった。その代表的な例が『奴隷解放論争』だ。

 黒人奴隷がいないと利益を出しにくい南部を、北部は『非人道的だ!』と批判する形の奴隷解放論争。

 北部の人達も人道なんてどうでも良くて。奴隷ではない労働者の方が、いつでも首に出来ていつでも雇える自由な労働者の方が、工場では扱い易い。だから、奴隷制を止めよう、と言っていただけの話だったりする。

 明け透けに言うならば、北部の人達は南部の奴隷を『解放』して、自分達の工場に押し込みたかった訳だ。

 当然、南部の人達は反発する。黒人奴隷がいないと生活が成り立たないし、当の黒人奴隷も、奴隷階級なら最低限の生活は成り立つので、いつ解雇されるか分からない不安定な工場労働者になりたくはなかった。

 史実では主にこんな対立軸があったが、この世界では更にこんな対立も加わった。


『ヨーロッパからの移民の増大により、アメリカ中央部のテリトリーへの入植者も増えました。その『新しい(New)人達(People)』は、あなた方帆立屋の真似をして、インディアン(注釈:現代のネイティブアメリカンのこと)の協力を得ることで、今までのアメリカ人開拓者よりも遥かに楽に、そして素早く、開拓を進めていました』

『我々の真似をですか? 『新しい人達』は柔軟な思考をするようですね』

 白人至上主義がまかり通る世界情勢で、黄色人種が経営する商会のやり方を真似するなんて。素晴らしく頭の柔らかい人達だなあ。

『ええ、その通り。しかしアメリカ政府と市民は、特に北部の市民は、そんなテリトリーの人々の事情を無視して、インディアンを弾圧していました。

 ……善き隣人を害されて平気な人は悪人くらいでしょう。そして『新しい人達』は善人だった』

 つまりは、ミネソタ・アイオワ・ミズーリ州以東の北部州と、それ以西のテリトリーとの対立もあったのだ。

『今のアメリカは、北部・南部・西部で分かたれております。その上で戦争へと突き進んでおりますが、これはとても不味い状況です』

『好き好んで戦争している国へ移民したい人は少数派でしょうからね』

『それもありますが、移民先となる西部と、一大綿花生産地である南部とのルートを、北部が閉鎖しようとしていることが問題なのです』

 ヨーロッパでは経口補水液から始まった人口爆発の影響が深刻化していた。アメリカへ移民することで、食料危機と居住区不足を何とかしていたのに、その移民先であるアメリカ西部が戦争になってしまえば、移民先がなくなってしまう。

 また人口爆発により、衣服の需要も増加。衣服原料のひとつである綿花価格も上昇している中。綿花供給源となっているアメリカ南部が戦争になって、更に航路を封鎖されれば、特にヨーロッパ人は綿不足に困ってしまう。

 この話が我々にされているということは。

『つまり、生糸と絹布の販売量を増やして欲しいと。そういうことですね?』

『欲を言うならば、青苧(あおそ)も購入したく思います』

 中々の難題だ。

 弘前藩の桑畑は、土地不足によりこれ以上増やせないほど拡大してしまい。養蚕場も限界まで拡大済み。

 近江彦根藩の桑畑~製織は、中々良い感じだけれど京都や大阪向けで生産量の限界。

 青苧は小規模な生産工場が今年の収穫期から稼働するから、苧麻(カラムシ)の生産量によっては輸出出来る、かも?

(久保田藩も長い江戸時代の間に借金が溜まっているので、そこをつついて苧麻の生産に本気になってもらおうか)

 そう決めて、商談に入る。

『……絹は無理ですが、青苧なら出来ます。ただし量については保証出来ません』

『なるほど。いつ出荷出来ますか?』

 苧麻を真夏に収穫。そこから加工するから。

『晩夏から初秋辺りから出荷出来ます』

『ふうむ。では『上限無し』で青苧を買い取りましょう。ああ、独占はしませんので、まずはその地域に流通させてください』

『独占しないのですか?』

『ええ。ここ日本でも人口は増えているのでしょう? 不要な恨みは買いたくありませんからね』

『分かりました。あなた方をびっくりさせられる程の青苧を生産出来るよう、頑張らせてもらいます』

『ほほう、それは楽しみです』

 話がまとまったので、仮の契約書を作る。

『そういえば、生糸の相場も中々酷いことになっていますね』

 雑に話を振ると、彼は苦笑した。

『高品質なもので一斤一〇両、並品質で一斤八両ですか』

 帆立屋の絹製品は、絡繰部門の梅子達の奮闘の甲斐あって、生糸だけでなく無地の絹布も増えていた。無地の絹布一反(だいたい幅三八センチ×長さ一二メートルぐらい?)を、イギリス・オランダ商人は一八両で買ってくれている。品質が上がれば一反二五両もあり得るらしいほど、絹布の値段は高騰していた。

『ヨーロッパの養蚕業は微粒子病の影響がまだまだありますから、まだ値上がりしてもおかしくはありません』

 イギリス人な彼の情報に不安になる。

『儲かるのは良いのですが、人々の生活が圧迫されているのは、よろしくありませんね』

『全くその通りです』

 揃ってため息をついた。







~~~~~

注釈

・史実のアメリカ南北戦争はこの作品より一年早く発生している。

・この当時の工場労働者は、技能持ちでないなら奴隷の方がマシな待遇と賃金と職場環境だったりする。

 すぐ手足が飛んだり死んだりする癖に低賃金な工場が多すぎて、調べた作者はげんなりした。


・『微粒子病』はヨーロッパの養蚕業に大打撃を与えた感染症。パスツールらの活躍により落ち着くが、この後『軟化病』が流行してヨーロッパの養蚕業は駄目になる。

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[良い点] 南北戦争の本質が判りやすかったです 戦争なんて所詮、利益と食料確保の手段 どんなに美辞麗句を唱えたところで本質は変わらない
[気になる点] 歴史のズレが酷いレベルで行われているなぁ〜
[良い点] アメリカが好きなので数が増えると良いなあ [一言] 「アメリカが強力ならば分割してしまえば良い」(パシフィックストーム脳
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