2
使い古された手法というものは、安定感があって確実だ。
嘉永七年の今、使い古された手ではないけれど、未来で使い尽くされる手段で稼ぐのは、確実性がある。
何が言いたいんだ、って? 養蚕に手を出しました、はい。
「中々育ってるなあ」
白い芋虫がモッモッと桑の葉を食べている。
薪炭目的で伐採され、ホタテ養殖場でトドメを刺されてほとんどが禿山になった夏泊山地を桑畑に、ツバキが群生していた場所は油用のツバキ畑にして。
桑を植えて五年目となる嘉永七年年始の冬は、正式に帆立屋管轄とした養蚕場で書類仕事をしていた。だってお蚕様のために暖房ガンガン燃やしていて暖かいんだもん。
「今年の分は真綿行きだねえ」
「済みません」
「ああ頭下げないで」
養殖場の工場長である桑子が頭を下げたのを止めさせて、私は励ますように言う。
「真綿として売れる品質なだけ良いよ。だってまだ一年目だよ? しかも主力になる予定の水車動力は研究中だし。焦っても仕様がないって」
「……それもそうですね」
桑子はほっとした様子だった。
幕末のこの時代。日本国内で生糸は大量に生産されていたけれど。高品質なモノは出島貿易に回されて、そこそこ品質以下のモノは国内の需要を全く満たせていなかった。
なのでカイコの繭を糸にせず、綿として扱う真綿ですら、十二分に利益になるのだ。
なお、いきなり真綿は作れないので、田舎にそこそこいる経験者を雇って補った。
「まあでも、みんな頑張ってるから、二年もしたら生糸として売り出せそうだねえ」
「一日でも早く売れる生糸になるよう、努力しています」
「うん、頑張ってね?」
養蚕が日本の主力産業になったのは、
・丘陵地や山岳地でもカイコの餌となる桑を育てられる。
・組み合わせれば副産物だけで利益を出せる。
という点が重要だった、と私は考えている。
桑を育てられる場所についての説明は省略。
養蚕の副産物としては、『桑の実』『餌の残渣』『糞』『サナギ』が挙げられる。
桑の実はマルベリーとして食べられる。そのため、元から食料生産量の少ない山岳地では、養蚕はお金儲けになりつつ自分達の食事を得る手段となる。
餌の残渣、つまり食べ残しである桑の枝や葉脈は腐らせて肥料になる。
糞は肥料として利用されたけれど、未来ではニワトリやブタの濃厚飼料として優秀だということが発覚している。
サナギはニワトリやブタの餌として使われた。
つまり、カネにならない山岳地に桑を植えて養蚕場を立てる(家の二階を改造するのも可)だけで、生糸・桑の実・肥料・家畜の餌が手に入るという、素晴らしい産業が養蚕だったのだ。
……化学繊維が登場したら、やり方を考えないと衰退するけど。
「栄子さーん! ちょっと見てくださーい!」
「はいはーい!」
呼ばれたので、養蚕場お隣の養鶏場にいく。産卵場所と桑畑を囲っただけの放牧場からなる養鶏場では、雄・卵用雌・ヒヨコ用雌・ヒヨコ用と四つに分けられて、五匹の雄と三〇匹の卵用・一〇匹のヒヨコ用の雌のニワトリがノビノビと過ごしている。ヒヨコの数? 結構死んで生まれるから数えてない。
餌としてカイコの糞とサナギ、あと規格外のホタテのヒモや貝殻粉末、カイコ用に採ったもののしおれた桑の葉を与えているニワトリは、寒いからか小屋にこもっている。
桑畑を放牧場にしたのは、そうすると草抜きの手間が省けるからで、ニワトリのストレスやら何やらを考えての訳ではない。鳥インフルエンザが怖いけど、もっと稼げるようになったら防鳥ネットを張る予定。
「どしたの?」
「雌だと思ってたヒヨコが雄だったんですよー」
養鶏場の責任者である良子が一羽のニワトリを抱えていた。
「結構育ってるねえ。若鶏にする?」
「もう少し雄鶏養鶏場で育ててからですねー」
「楽しみだねえ」
雄鶏をある程度育ててから食べる『若鶏』は、帆立屋従業員とその関係者に普及させているところ。もっと養蚕場が大きくなって餌である糞とサナギの供給を増やせたら、産業として若鶏養鶏をやる予定。
なんで若鶏養鶏して売らないのか、って? 『日の出を告げる鳥』ニワトリの肉を食べるのは今まで薬として、だけだったからだ。日常的にニワトリ肉を食べるという発想を持つのが私ぐらいなので、今は普及段階。
なので、今の養鶏場の稼ぎはもっぱら卵が担っていて。一日に二〇個の卵が採れて一個二〇文で売っていて。平内の港に売りに行くと即効で完売していて。
たまに二〇個以上取れた時はその数個を卵焼きにして従業員と分けて食べるのが、とっても贅沢な楽しみだったり。このために馴染みの野鍛冶に卵焼きフライパンを作らせたぞ!
「本当、楽しみです。若鶏もっと増やしましょうよ」
「大丈夫、春には養蚕場を倍に拡大するから。そしたら卵用雌ニワトリも増やすけど、高級品枠で若鶏も育てる予定だよ」
「えっ!? あの計画書採用してくれたんですか!?」
「うん。今朝弘前藩から許可貰えたからね。明日の朝にはちゃんと通達書渡すよ」
「ありがとうございます!」
良子は深々と頭を下げた。
彼女の反応は大袈裟なものではない。彼女が幼かった頃、弟が風邪をひいて「卵粥が食べたい」と言って死んだ経験が、こんなに真剣にさせているのだ。
……誰にでも歴史アリ、ということだ。もしかしたら、私みたいに未来を生きた前世の記憶を持った人もいるかもなあ。