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 前世記憶を元にちょっとした計算をしてみよう。

 江戸時代後期から末期の日本の人口は三三〇〇万人で安定していたそうだ。

 で、人口一〇〇〇人当たりの出生率はだいたい三〇。

 つまり、毎年九九万人は生まれて、人口が安定していたということはそれだけ死んでいたことになる。

 ここで仮に、死因の三分の一が何らかの要因で解決したとする。すると毎年三三万人の人口が増えるようになる。人口増加率一パーセントだ。

 一パーセントと聞くとしょうもないと思う人もいるかもしれない。けれどそれだけ養わないといけない人が増えるということである。

 大雑把に、人一人生きていくのに必要な生産力を米の収穫量で表すと『一石』となる。つまり三三万人を養うには、三三万石必要な訳で。

 最近聞いた話だと、水戸藩の石高が三五万石らしい。なので、毎年水戸藩より少ない程度石高を増やし続けなければ、飢餓が起こる、ということになる。

 日本には、小麦の一.五倍の収穫量を誇るチート穀物『稲』と連作障害を無効化するチート農場『水田』に開拓中の『蝦夷地』があるから、この問題はそんなに深刻化していない。しかも稲の品種改良まで始まっている。

 しかし稲が育つ場所も水田に出来る程の水もなく。収穫量の少ない小麦か、連作障害や疫病に弱いジャガイモ程度しか育たないヨーロッパでは、この問題はとても深刻だ。

 今までですら本土の生産力が足りず植民地を作って回っている中で、死ぬはずだったうちの三分の一が生きるようになってしまったのだから本当に大変。しかも工業化によって市民が権力を持ち始めているので、死ぬのを防ぐ行為(経口補水液を飲むこと)を止められない。


 これが、安政六年(1859年)夏の欧米諸国を襲っている現象だ。日本を開国してしまい、経口補水液のレシピが広まってしまったがために、一年後いや半年後、下手をすると来月の食料を確保しないといけなくなった。

 一年後の食料を確保しろ、ならば戦争でも吹っ掛けて土地を獲得すればなんとかなる。しかし半年後となると戦争は準備している間に過ぎるし、大急ぎでやったところで少しの口減らしになる程度で全く間に合わない。急ぎで本土にジャガイモ畑を増やすか、食料の余っているところから買い付けなければ!


 そこで取引相手として選ばれたのが『日本』『シャム』『アメリカ』の三か国、らしい。付き合いのあるイギリスとオランダの商人情報。

 日本とシャムは共に米の生産国であり、工業化のために多額の資金や技術を欲している。退役軍人や古びた水車動力の機械、少しのお金を渡すだけで米を売ってくれるこれら二か国は、欧米にとって『やりやすい』商売相手と言える。

 米の生産国なら清もいるじゃないか、って? 清は太平天国の反乱の真っ最中だから交易相手としては弱いのよ。

 で、アメリカは広大な国土を開発するために、今も移民を集めている。欧米諸国はアメリカから穀物を輸入しつつ、邪魔なユダヤ人をアメリカに捨てたり、有力な植民地を持たないドイツ連邦諸国(プロイセンやオーストリア等)はアメリカに積極的に移民を送り出したりして、増えすぎる人口をなんとかしている。


 一応、欧米諸国も自国でこの『人口爆発』の対策、食料増産等には取り組んでいる。

 ロシアはフィンランド大公国やウクライナ地方で農業を振興しつつ、シベリアへの『棄民』を進めている。シベリア棄民は『農奴解放』農奴階級からの解放と土地の有料分配とセットになっている。具体的には、シベリアの厳しい環境の土地は格安で、既にある耕作しやすい土地は高く、値段設定されている。

 ポルトガルはアフリカ植民地へ移民を進めつつ、黒人労働者を酷使して砂糖生産を増やしている。経口補水液のために砂糖消費量が激増しているので、今のところ砂糖は儲かるのだ。

 スペインはフィリピン・キューバ・プエルトリコに砂糖・小麦を増産させる代わりに『二〇年後の独立』を約束。これらの地域の人々は『独立のため』と必死に働いているそうな。

 オランダはこの人口爆発が一〇年単位で続くと睨み、低湿地の開拓を急いでいる。最終的にはゾイデル海も開拓するつもりでいると、素公留塾のオランダ教員が興奮していた。また、東インドでもアチェ王国と何らかの交渉を持っているらしい。

 イギリスは植民地として安定化させたばかりのインドの人々に『反乱の責』として重い収穫ノルマを課すよう、インド諸公をそれとなく誘導。数年インドでは収穫ノルマによる人工飢餓に襲われそうだと素公留塾のイギリス教員は呆れていた。

 デンマークでは穀倉地帯であるシュレースヴィヒ=ホルシュタインに頼るだけではなく。荒れ地の広がるユトランド半島でも農業をしようと、防風林兼土壌を作るための植林を始めたとか。気の長い話だけれど、何もしないよりはマシだろう。

 フランスは農業国ということもあって、人口増加の影響は穀物輸出量の減少程度で済んでいて余裕がある。そのためかアロー戦争にのめり込んでいて、その片手間にコーチシナ(未来のベトナム南部)を占領中。清との戦争で『第二次アヘン戦争』とも呼ばれているアロー戦争に三万の兵士を派遣しているというのだからすさまじい。


 それでも食料が足りないと、欧米諸国は必死に穀物をかき集めている。

 たぶんだけれど、歴史はもう、大きくずれてしまっている。

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― 新着の感想 ―
そうか、ハーバーボッシュ法は1906年にならないと出てこないから化学肥料も作れずに食糧生産にボトルネックがあるんだ
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