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 安政四年初冬。

 カピタン公認の洋学塾『素公留塾』が、弘前城下に発足した。

 オランダ語の学校『school(スクォール)』をもじった名前で。カピタンと組んで稼ぎまくっている帆立屋に、弘前藩が『俺達も商売に混ぜろ!』と言ってきたので、なら相手のことを知って貰おうと、幕府とカピタンの公認を得て創設された。

 建物としては、帆立屋の台頭により経営の厳しくなった商会のモノを流用。

 教員には、弘前藩が用意したオランダ海軍軍人ペルス・ライケンをはじめとするオランダ人教員と、帆立屋が用意したウィリアム・マーシャルをはじめとするイギリス人教員、そして彼らを支える通訳からなる。生徒は日本語で授業を受けられるが、より深い学びを得たかったらオランダ語とイギリス語を学ぶ必要がある構造だ。

 軍学・医学分野はオランダ、経済・科学分野はイギリスの教員となるも、教員間の対立は意外なことにない。対立する暇があったら弘前藩や帆立屋を懐柔する方が利益になるし楽だから、らしい。

 イギリス教員の授業は基礎の基礎段階で四苦八苦している。けれど、オランダ教員の授業のうち軍学分野、それも実習に関しては信じられないほどに順調だ。ライケンのスパルタ式講義が武士にとって受け入れやすいものだから、らしい。


 なお建物を譲ってくれた商会は帆立屋その他にバラバラに身売りすることで従業員の生活を守った。その散り際は見本にしないといけないほど手早く確実なものだった。


 それはそれとして。

 素公留塾の創立は、帆立屋にとっても利の大きなものだった。

 というのも。あと二年ほどで完成予定の函館乾ドックに必要な工員の養成に、素公留塾の教員方に協力して貰っているからだ。

 おまけに実習に必要なカッターボートや小型コットル船(推定カッター船)は、帆立屋が買収した青森造船所で建造される。しかも実習に必要だからと、オランダイギリスの技師から簡単な造船技術を格安で教えてもらえる。

 もうウッハウハである。




 一方。

 素公留塾の開校による青森造船所の好景気のせいで、弘前藩内の木材が枯渇しつつあった。

 炭は弘前藩内の竹炭とオビラシベの石炭でギリギリ何とかなっているけれど、建材用の木材がなくなってきているのだ。

 弘前藩は藩内の林地の伐採を中止。イギリス人から教わっている最中の最新の植林を行い、将来に向けた治山と林地経営を行おうとする。

 足りない木材は南隣の久保田藩(秋田藩)から購入したり、蝦夷開拓地で焼き畑前に伐採した立派なエゾマツ・トドマツを持ってきたりして何とかしている。

 このペースでの伐採は山林に有害なことは弘前藩も帆立屋も理解しているので、マシュケでトドマツ・シナノキ林の整備を行っているけれど、トドマツは心材が異常に水分を貯め込む『水食い』が起こりやすいという報告がある。

 水食い材は建材としては使えない。アイヌの経験談によればトドマツの半分から九割は水食いだと言うから、トドマツ林を整備しても建材はあまり増えない。

 ならば何故トドマツ林を整備するのかというと。トドマツ林として整備されていれば、人の手で種を植えなくてもヒョコヒョコ苗木が生えてくるらしいので、林業入門としてはやりやすいからだ。蝦夷地、将来の北海道で建材として使える針葉樹がそれぐらいしかないからという理由もある。

 じゃあシナノキの方は何者なんだ、というと。こいつは樹皮がロープや籠になるし、アイヌは服にもしている。帆船を建造する時絶対に必要になるロープ供給源として、また木々を伐採すると不味い場所に植える樹種として、シナノキを育てさせる訳だ。




 一連の木材不足に、私は焦った。この時代、木材がなければ何も出来ないからだ。

 焦った結果、こんなものを作った。

「これは便利ですね」

 桑子が感心しているのは、『し字型』ロケットストーブだ。

「でしょー。反射炉の図面見てたら思い付いたのよ」

 ということにしておくけれど、これは前世の『J字型』ロケットストーブである。


 これの何が凄い、って、燃焼用の容器に軽石を混ぜたレンガで作った断熱された煙突を組み込むだけで、発熱量比で使う薪の量が四分の一は減る、という点と。竹や針葉樹でも十分な火力が出せることだろう。

 火力調整が難しかったり、薪を細かく割る手間が増えたりする欠点もあるので、ロケットストーブ最強! という訳ではないけれど。


「今まで薪に使えなかった、腐らせるには太すぎる桑の枝も使えるのは良いですね」

 桑子はそう言ってお蚕様の食べ残しの枝をロケットストーブに突っ込む。養蚕場では常に出てしまう、腐葉土には太いが薪には細い桑の枝。これを燃料に出来るロケットストーブは、養蚕場の加温に使うにはとても向いているのだ。

「薪代もタダじゃないからねー」

「はい。今冬は夏泊工房の養蚕場様子を見て。良さそうなら他の養蚕場にも導入しましょうか」

「うん、それが良いよ」

 桑子に同意して頷く。


 何度も言うけれど、別にロケットストーブ最強! ではないのだ。

 特にこの時代の日本の家屋は、竈からススや煙が室内に広がることで建物が痛むのを防いでいる面がある。そのため、ススの出にくいロケットストーブに変えてしまうと、建物が傷みやすくなってしまう。

 それにロケットストーブは入り組んだ構造のため、掃除が難しい。

 お蚕様のために冬場ガンガン薪を燃やす養蚕場だから、ススや煙は必要量出るだろうけれど。その分ロケットストーブではかき出しにくい灰も多く出るだろうという心配もある。


 どんなモノも、バランスを見て導入しないといけないのだ。

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