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安政四年夏。
東岳の養蚕場・紡績工場が稼働を始めた。
このまま養蚕特化でつっ走るのは良くないと思いつつも、戊辰戦争や箱館戦争が脳裏をよぎるせいで函館たたら場を拡張出来ない。
蝦夷開拓地オビシラベでは一回目の垂下式養殖ホタテの水揚げ真っ最中。干貝四〇斤は固い、という嬉しい知らせを花子が送ってきている。
マシュケ開拓地では年始の冬に生まれた子牛がスクスク育っているそうで、開拓地の癒しとなっているようだ。
オビラシベでは帆立養殖が順調なので、農地開拓に取りかかる。小規模ながら炭鉱が出来たこともあり、仕事を求めて蝦夷地のアイヌやら和人やらが集まっているので、わざわざ人を送り込んだりはしない。初夏に視察したところ、急に増えた人口に配分する仕事がなくて困っていた。農地開拓と炭鉱開発が進めばなんとかなるだろう。
トマオマイではため池と用水路の建築が順調らしい。来年には農地を拡大するという。
また、ルルモッペのアイヌと和人の説得も終わったので、開拓の準備をしてもらっている。弘前藩で特に仕事のない武家から一〇〇人の男女を募り、来年春には送り込む予定だ。
ハポロペは優良な石炭の産出する炭鉱を山師が見つけてくれたので、現地アイヌと交渉中。気候的に牛より羊が向いているらしいので、交渉が纏まって開拓地が安定したら、羊の畜産をやるつもりでいる。
残るソウサンベツ・ウェンペッ・テシホは現地アイヌに開拓の噂を流しているところ。開拓地のジャガイモが人気らしく、ジャガイモのために帆立屋傘下になろうとする部族もいる。特にテシホのアイヌは乗り気らしい。
テシホは江戸幕府の地方役場みたいな番所が置かれているので、和人とのやり取りに抵抗が少ないのだろう、とは藤子を中心とした情報部の分析だ。
本土で動きがあったのは、彦根支店でホンモロコの養殖場兼水菜の水耕農地が出来たことぐらいだろう。
水菜は普通に出荷出来る程度まで育ったらしく、またホンモロコの育ちも良いとか。冬の産卵期の卵と温度の管理が今から不安視されているけれど、それはホンモロコ養殖に対する期待の現れでもある。
帆立屋内では、秘書課から情報部が独立した。取り扱う情報が増え過ぎて、独立させて予算と人員を増やさないとやっていけなくなったからだ。
それに合わせて、年一回、正月開けに『帆立屋報告書』とする文書を作って各支店に送るようにする。一年間の帆立屋の動きと次の一年間の予定表、そして今後一〇年間の展望を書く予定だ。
『帆立屋報告書』は銀七匁、四二〇文で受注生産する予定もある。こちらから情報を明かすことで、産業スパイを減らす意図もある。
報告書のため、と言う訳ではないけれど、製紙業にも手を出した。
木をパルプにして紙にする方法をイギリスから輸入・実践しつつ、今はコウゾ・ミツマタから作る和紙を生産している。
作った和紙はほとんど帆立屋内で消費している。けれど木から紙が出来るようになれば、大量に紙を造るつもりでいる。紙を握ることで報道に干渉出来るようにするのが目的だ。
その紙のために、ハポロペ・ソウサンベツ・ウェンペッが欲しい。紙の原料としてシラカバを育てさせたいのだ。
シラカバ林業なら、ある程度シラカバが育ったところで下草を餌にする畜産業が出来る。この林地畜産業なら、羊を育てるための牧場をわざわざ造る必要もない。冬の牧草のための農地は必要だけれど。
おまけに、シラカバは二〇年もあればパルプに出来るだけ育つし、樹皮は和紙の原料にもなる。塩害に弱いことには注意が必要だけれど、寒さ厳しい蝦夷地においてシラカバが優等な木であることは間違いない。
……シラカバに関しては林地畜産業以外は紙漉き職人とイギリス商人の受け売りだけれど。林地畜産業は前世で役場の除草にヤギを使っていたというニュースの流用だけれど。使えるモノは使うべきなのだ。
「これ凄いですね!」
良子が興奮している。
「若鶏が太って美味しくなってますよ!」
「でしょー。しかも茎も葉も牛や羊が食べちゃうんだよ」
「是非とも生産しましょう!」
「ルルモッペとハポロペでやる予定だよ」
「やった! ありがとうございます!」
良子は凄く喜んでくれている。
マシュケとオビラシベの間にあるルルモッペで育てたトウモロコシはその両者に。ハポロペのトウモロコシは本土の養鶏場とそれ以北の林地畜産業に使うつもりでいる。
人が食べるスイートコーンではない、家畜用のコーンを育てるのは、ここまで寒い地域だとスイートコーンの育ちが悪くなるからでもあり、初めから帆立屋内の畜産で使いたいからでもある。
前世では財閥やら大企業やらを『複数の産業を独占してて悪い奴らだ!』なんて貶す論調もあったけれど。これだけ産業が繋がっていることを知ってしまった今はそんなこと言えないなあ、なんて思ったり。
なにせ帆立屋内で生産物を回しているからね。これが別商会になったら回す度経費が上乗せされていって、市場に出回る頃には凄いお値段になってしまう。
財閥も良し悪し、ということなのだろう。