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 安政三年秋。

 函館支店の売上が凄い。

 函館の正式な開港はまだだと言うのに、気の早い商船や捕鯨船が『補給』の名の下に立ち寄っているのだ。


 どうも函館支店の店主をカピタンの元部下なオランダ人に任せたのが良かったらしい。

『未開地のアジアの島国で白人が経営する店』

 欧米商人達は帆立屋函館支店をそう見たようで。変に吹っ掛けたりせず、信用して取引してくれている。


 梅子と桑子の奮闘によって品質の上がった生糸は一斤七両で売れ。若鶏は解体したものが一羽分二五匁で売れる。

 日本に来る理由のひとつな生糸と、日本では入手しづらい肉だ。売れるのは分かっていた。


 ハスカップジャムは煮沸消毒した壺入り一斤四匁。

 売れ行きの良くなかったこれは店内での量り売りに切り替えたところ、それが一種のショーになっているようで。売りに出すと一刻かからず売り切れるそうだ。

 『餅に付けると美味い』とかで、ほとんど日本人に売れているけれど、欧米人も結構買ってくれている。

 ジャム用の砂糖はテンサイから作っているので、この利益は丸々開拓地に注ぎ込んでいる。


 燃料として炭も、欧米人和人アイヌ関係なく売れている。これは弘前藩や開拓地の人々と林野に過度な負担がかかるのを避けるため。竹炭一俵五匁とオビラシベの石炭を蒸し焼きにしたコークス一俵六匁で売るようにしている。

 今のところ干貝と干し蛸程度しか売り物のなかった蝦夷開拓地オビラシベでは、山を崩す形になる石炭採掘をどうやれば安全に行えるか、アイヌと共に知恵を出し合っている。

 そこはアイヌが反発しないのか、って? 函館に欧米の蒸気船が停泊するようになったら黙ったよ。

 コークスを作る時に出るコールタールは、船の塗料に売れている。欧米人にとって、長い航海の末にたどり着くのが日本。当然船も痛むのだ。


 オビラシベの干し蛸も『食感が好きだ』とかでアメリカ人が買っていく。未来でガムを噛みまくるだけのことはあるよ。




 そうして、函館にやって来る欧米からの商人や捕鯨船乗組員相手の商売をしていると、彼らの生の声が聞こえてくる。

「帆立屋の生糸は上質だが、他の生糸は駄目駄目だな。それでも売れるから買うが」

「もっと肉増やせないか? 魚と少しの鶏じゃあ足りぬ」

「船の修理を函館で出来んか? 船の損耗が酷くてな」

「ワインを飲みたいが、無理か?」

「小麦はあるが挽き方がなっとらんな!」

 それらの欲求を満たすため、と弘前藩と交渉し。得られた知見を弘前藩から幕府に上げてもらって。

 安政四年の年始の冬には、帆立屋は函館に西洋式帆船修理のための乾ドックを建設することになった。蝦夷開拓地がほぼ自立したお陰でそのための費用は捻出出来たけれど、影響力を持っておきたい弘前藩と幕府がそれぞれ費用の三割ずつを出してくれた。完成には三年かかる見通しだ。

 また、それに付随する施設として、船の修理に必要な鉄を供給するため、永代だたらを一個持つことになった。これは噴火湾の砂鉄を使うためだ。

 何故高炉を建てないのかというと、技術的な問題からだ。


 前世高校の化学の先生が熱弁したところによると、砂鉄と鉄鉱石は主成分が違う。

 例えば鉄鉱石の代表格、赤鉄鉱なら三酸化二鉄に微量の二酸化チタンを含むことがある。

 一方で砂鉄は、四酸化三鉄・三酸化二鉄・二酸化チタン・酸化マンガンから成ることが多い。四酸化三鉄が成分としては圧倒的に多いけれど、中には一割は二酸化チタン、という砂鉄もある。

 赤鉄鉱なら高炉に炭と石灰石と共に突っ込んで溶かせば普通に鉄になってくれるけれど。砂鉄は石灰石程度では二酸化チタンを除去しきれないため、溶けきらず鉄になってくれない。

 冶金技術が発達すれば高炉で砂鉄を溶かして鉄を作ることも可能にはなるけれど採算が取れるかというと微妙だし、今の段階のそれも日本で、高炉で砂鉄を鉄には出来ない。

 だから、炉壁の粘土が過度の二酸化チタン・酸化マンガンを吸着してくれるたたら製鉄で鉄を作るのだ。


 函館に出来た新たな製鉄所向けの炭は、今は蝦夷開拓地から出る余分の木材を使っている。けれどそのうち、弘前藩で育てているアカマツだけを使うつもりだ。アカマツ炭は木炭としては圧倒的な高温となるので、たたら製鉄にアカマツ炭を使うと、使う炭が減りつつ出来上がるケラ(鋼のこと)の質が良くなるからだ。

 砂鉄二七〇〇貫から、ケラ六五〇貫作るのに必要な木炭が四〇〇〇貫必要。これをアカマツ炭に変えるだけで、必要な炭の量が三二〇〇貫となる。

 必要な木炭量はそのまま必要な林地面積と労力でもあるので、たたら製鉄にアカマツ炭を使わない理由がない。

 なおこれは歴史を積み重ねてきたたたら場の話だ。

 函館たたら場では、月一回のたたら製鉄で、砂鉄九〇〇貫と木炭一三〇〇貫を使ってケラ二一〇貫が出来る。うち白鋼(しらはがね)(玉鋼のこと)五〇貫は弘前藩が持って行き、白鋼一〇貫とケラ三〇貫は帆立屋内の細々としたことに使う。欧米人向けに使える白鋼は二〇貫、ケラは一〇〇貫だ。

 蝦夷開拓地から安価に炭が手に入ること。フイゴと一部の鍛造作業を、亀田川から引いてきた水による水車動力で行っているから中々儲けられる計算だけれど。これらを全て人力でやったなら、その人件費が高くつくし、蝦夷開拓地の炭がなければ更に利益は減る。

 何が高い、って、一回たたら製鉄する度に弘前藩が持っていく白鋼のうち三〇貫は冥加金扱いなので、利益が大きく削られるのが痛い。

 あと、未来知識から函館が戊辰戦争末期の箱館戦争の戦場になると知っているから、あまり投資出来なくて生産量を増やせないのが痛い。

 帆立屋の仲間には『たたら製鉄の技術が未熟過ぎるから』と、函館たたら場の拡大をしない理由を話しているけれど。あと五年もすれば、技術習得も終わるし正式に開港しているはずなので鉄需要が跳ね上がる。なので拡大せざるを得ない。


 どうやって函館たたら場の拡張を止めよう?







~~蛇足~~

・砂鉄の製鉄

だいたい文中の通り。砂鉄は二酸化チタンを多く含むため高炉での製鉄には向かない。

天然ガスやコークス炉がすと反応させて砂鉄を鉄にしてから電気炉で溶かし不純物を取り除く方式の『直接還元法』の方が、砂鉄製鉄には向いている。

他にも、品質の悪い鉄鉱石に混ぜて高炉に入れる、という手もある。この方式だと高炉でも利益の出にくい粗悪な鉄鉱石を扱えるようになる。現代の砂鉄の用途はこれが多い。

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