グーパン令嬢 〜冤罪で婚約破棄されたので全員ぶん殴りたいと思います。でも大切なあなたには愛のビンタですわ〜
それはパーティー会場でのことだった。
「イザベラ・スミス! お前との婚約を破棄する!」
イザベラの婚約者であるエドワード王子はイザベラに突然婚約破棄を叩きつけてきた。
エドワードは隣に見知らぬ女性を連れ、守るように肩を抱いている。
「見損なったよ。姉さん……」
そしてエドワードの隣には弟のアランもいた。
アランはエドワードの取り巻きをしていたはずだが、エドワードの暴挙を許すということはしっかりと見張っていなかったようだ。
「エドワード様、どういうことでございましょうか?」
とりあえずアランは無視して、イザベラはエドワードへ質問する。
するとエドワードは激昂してイザベラを怒鳴りつけた。
「お前はこの男爵令嬢のケイトを虐めていただろう! だからお前との婚約は破棄する!」
ケイトとはエドワードの隣にいる女性のことだろう。
しかしイザベラはケイトなんか虐めたことはないため、冤罪だ。
だからイザベラはエドワードの言葉を否定した。
「申し訳ありませんが、私は彼女を虐めたことはありませんわ」
「とぼけるな! お前がこのケイトを虐めていたのは分かっているんだ!」
「そうだぞ姉さん! あなたがどれだけケイトに対してひどいことをしたのかはもう皆知っている! 大人しく自白するんだ!」
どうやらエドワードはイザベラがケイトを虐めていたという確証があるようだ。
アランもエドワードと同じようにイザベラを責め立てる。
「エドワード様! 私、怖かったです……!」
「そうか! 俺が守ってやるからな!」
ケイトは涙を流しながらエドワードに抱き着いている。
抱きつかれたエドワードは庇護欲をそそられたのか、さらにやる気になっていた。
「アラン様もありがとうございます……!」
「任せろ! ケイトを虐めた悪者を今やっつけてやるからな!」
そして今度はアランの方を向くと、アランにもお礼を言った。
エドワードへ抱きついているところを見て意気消沈していたアランはたちまちに元気になった。
その露骨な八方美人ぶりを見てイザベラは、
(ああ、なるほど)
と察した。
これはケイトによって仕組まれた冤罪であると。
今まで大切に育てられ、女性に免疫のないエドワードはケイトの色仕掛けであっさりと落ちてしまい、ケイトの言葉をあっさりと信じてしまったというわけだ。
イザベラはまんまとハニートラップに引っ掛かったエドワードに呆れた。
そして弟のアランも同様にケイトに惚れてしまい、イザベラの婚約破棄に加担している様だ。
イザベラは深いため息をついた。
取り敢えず、黙っているわけにもいかないので、イザベラは自分の無実をエドワードへと主張する。
「エドワード様」
「黙れ! お前の話なんか聞きたくない!」
「……」
エドワードはイザベラの話を全く聞かず、言葉を遮った。
イザベラは気を取り直してもう一度エドワードへと話しかける。
「ですが──」
「うるさい! 罪人が口を開くな!」
「これはえんざ──」
「知るか! 言い訳は牢屋の中でするんだな!」
「……」
ツカツカ。
ボゴッ!
「ガハッ!」
イザベラはエドワードを殴り飛ばした。
顔面の真ん中を捉えた拳はエドワードの顔の真ん中にくっきりと赤い拳の痕を残していた。
「え、いた……痛ぁっ!?」
エドワードはようやく殴り飛ばされたという現状を理解したのか、顔を手で押さえて悲鳴をあげた。
「私の話を聞いてくださいエドワード様」
殴り飛ばした張本人のイザベラはにっこりと笑顔を浮かべながらエドワードへそう言った。
周囲の人間もイザベラの行動に対して驚愕するあまり言葉を発することができず、イザベラとエドワードの周りで無言の人垣を作っていた。
「な、何をするんだ!」
エドワードは涙目になりながらイザベラへ怒鳴る。
「ついに本性を表したな! 王族の俺を殴ったんだからこれでお前は断頭台行きだ! 絶対に処刑してやるからな! どれだけ泣いて命乞いしてももう遅いぞ!」
しかしイザベラはそう喚くエドワードに返事をせずに近くまで歩いて行くと、倒れているエドワードの上に馬乗りになった。
「おっ、おい。何をするつもり──ぶふっ!」
イザベラはまたエドワードの顔面に拳を叩き込んだ。
「や、やめっ!」
そしてエドワードが制止するのにも耳を貸さず殴り続ける。
そしてイザベラは不意に手を止めるとにっこりと笑った。
「話が通じないなら拳で語るしかありません」
「なら俺の話を聞けよ!」
止める間もなく殴られたエドワードは至極真っ当な主張をする。
「勝手に喋らないでください」
「それ会話の拒否──痛っ!」
勝手に喋ったエドワードをイザベラは殴る。
「エドワード様。私の話を聞いてください」
「分かった! 分かったから! さっきから聞いてるのに!」
エドワードは何回も首を縦に振った。
「よかったですわ。これで拒否されたら、また拳での対話に挑戦しなければならないところでしたから」
「ひっ……!」
エドワードは悲鳴を漏らす。
イザベラが人を殴ることに何も感じない狂戦士に見えたからだ。
そしてイザベラはエドワードの上に馬乗りになったまま説明を始めた。
「まず、私は彼女を虐めていません。そもそも虐める必要がありませんわ。だって、邪魔なら消せばいいんですから」
「えっ?」
そう声を漏らしたのはケイトだった。
「だって、目障りなら家ごと潰せば解決するんですもの。公爵家と王家の婚約は国の一大事。それを邪魔するなら普通国の安寧を脅かす存在として消されるに決まってるじゃないですか。公爵家にはそれぐらいの力がありますし」
イザベラの言うことは正しかった。
邪魔になるなら男爵家ごと消せばいいのだ。
わざわざイザベラが虐める必要なんてない。
ケイトの表情がサーッと青くなった。
「ですから、私は彼女を虐めたことなんてありませんわ。だって、虐めるよりも先に消せばいいんですから。お分かり?」
「で、でも……ヒィッ! その通りだイザベラ! お前は正しい! 全て冤罪だ! お前は虐めたことなんてない!」
「よろしいですわ」
「はぁ!? えっ? ちょっと! 勝手に何を言ってるのよ!」
エドワードは反論しようとしたがその前にイザベラが拳を振り上げたので無理だった。
公爵令嬢に怯える今のエドワードにはもはや王子としての威厳は無いに等しくなっていた。
ケイトは異論を挟むがイザベラはそれを無視する。
「それと──アラン」
そして今度はイザベラはアランを見た。
アランと目が合うとにっこりと笑う。
アランはさっきまでの惨劇を見てすっかり萎縮していた。
「こっ、これは違うんだ姉さん!」
イザベラはエドワードから立ち上がると、アランの元まで歩いていく。
迫ってくる姉に対してアランは必死に命乞いを行う。
「ご、ごめん姉さん! こんなつもりじゃなかったんだ! 許し──」
「このバカッ!」
イザベラはアランを殴り飛ばした。
「ぶべっ!」
アランが後ろに倒れ込む前にイザベラはアランの胸ぐらを掴み上げた。
そしてぐいっ、と自分の元へと引き寄せる。
「みっともないことに加担してるんじゃありませんわ!」
イザベラはアランを叱りつけた。
「あなたが私に対してずっと劣等感を持ってたのは知ってます! 成績も、運動も、何一つ私に勝てなくて、ずっと『出来損ないの弟』って馬鹿にされて悩んでいたことも知ってますわ!」
「っ!」
「でも、こんな方法で私を蹴落としたって自分がダメなままだって気づきませんの!? 他人を蹴落としても、あなたはずっと負け犬のままよ! 私の弟はそんな人間じゃないでしょ!」
「姉さん……」
アランはずっと勘違いをしていた。
姉は自分を見下すばかりで、家族としての情は全くないのだと。
だけど違った。
姉は、ずっと自分のことを考えてくれていた。
「男なら、自分の努力で私を超えてみなさい!」
イザベラはアランの瞳をしっかりと捉えてそう言った。
だからこそ、イザベラの言葉はアランに対して響いた。
「うん……分かったよ姉さん」
アランの表情は晴々しく、もう迷いは無くなっていた。
「よし」
イザベラはアランの表情が変わったのを見届けると頷いた。
「え? ぶっ──!」
そして最後にイザベラはアランを殴り気絶させた。
胸ぐらを掴んだままゆっくりと地面に下ろすと、イザベラはケイトを睨みつけた。
「それで、これからどうするつもりかしら? 王子も冤罪を認めたし、味方もいなくなったみたいですけど?」
「くっ……!」
ケイトは悔しそうに拳を握り締める。
「ここまで……ここまで頑張って来たのに何するのよ! 全部台無しじゃない!」
ケイトはイザベラに怒鳴る。
ケイトはもう自暴自棄になっていた。
観念したケイトはイザベラに冤罪をかけた動機をペラペラと話していく。
「もうこれしか私にはなかったのよ! ずっと家族からは借金の形としてしか認識されてなくて、今まで愛されてこなくて、やっと本当の愛を得られると思ったのに!」
ケイトは親からずっと借金を返済するために育てられてきた。
当然愛されたことは一度もなく、ずっと愛に飢えていた。
だからこそ、エドワードやアランが愛してくれることは嬉しかった。
たとえそれが色仕掛けで勝ち取ったものだとしても、それはケイトが今まで得ることの出来なかった愛だった。
「でもこれが失敗すれば私は変態の伯爵に借金の形として結婚させられる! もうおしまいよ!」
ケイトは涙を流しながらイザベラに叫ぶ。
「どうせあなたも私みたいな奴が断罪されてスッキリしてるんでしょ! こんな世界もういい! どうせ私を愛してくれる人なんて──」
「このお馬鹿さん!」
「痛っ!?」
パァン!
イザベラはケイトに平手打ちをした。
そして一瞬の後、自分だけビンタであることに気づいた。
「えっ? 何で私はビンタ……」
ケイトが頬を手で押さえて呟く。
「これは愛のビンタですわ」
「え……?」
ケイトはイザベラの言っていることが理解できなかった。
私に、愛のビンタ?
「でも私を愛してくれる人なんて──」
パァン!
「私がいると言っているでしょう!」
「い、痛いです……」
ケイトは涙目になって、今度はさっきと反対側の頬を押さえていた。
「私は知っていますわ。あなたが男爵家の借金を返すために頑張って私を蹴落とそうと策を巡らしていたことを。そしてその罪悪感に耐えかねて毎日泣いていたことも知っていますわ」
「はっ? はぁ!?」
ケイトは顔を真っ赤にした。
「私はそれをとても愛おしいと思いました。だって、私の周りには何の罪悪感もなく他人を蹴落とそうとする人たちばかりなんですもの」
その言葉は誰とは明確に言っていないものの、誰を指している言葉なのかは明白だった。
エドワードは居心地が悪そうだった。
「でも、私は結局王妃には……」
「あ、ちなみにあなたは絶対に王妃にはなれませんわよ?」
「えっ?」
「だって、あなた王妃教育を受けてないじゃありませんか。王妃教育を受けていない人間は王妃にはなれません。私は子供の頃から受けて来ましたけど、あなたは全く受けてないでしょう? 王妃教育は十年単位でするものですから、たとえ今から始めても間に合いませんわ」
「そんな……」
衝撃の事実を告げられケイトはショックを受けた。
「それにエドワード様はすぐにあなたに飽きますわよ? だって、十年以上王妃教育を受けてきて尽くしてきた私を色仕掛けであっさり切り捨てるんですから。そんな男、あなたに飽きたら絶対に同じように別の女に走るに決まってますわ」
「じゃあ、今までの努力は全部無駄だったのね……私って本当に馬鹿だわ」
ケイトは愚かな自分を自嘲する。
今までしてきた努力が全て徒労だったことが分かって、ケイトはもう何もかもがどうでも良くなっていた。
「ええ、確かにお馬鹿ね」
「……」
「でも、私はあなたの強かさは好きよ。愛してると言ってもいいわ」
「え?」
「自分の境遇を嘆いて諦めることなく努力し、公爵家の私をも蹴落とそうとしたその強かさは大好きよ」
イザベラはケイトの頬を両手で包む。
大好き。愛している。
エドワードやアランでさえ、そんな言葉は言ってくれなかった。
ケイトが体をくっつけると鼻の下を伸ばして「愛してる」だとか「好き」だと言ってくれたが、本心からの言葉ではなかった。
でも、イザベラが今言った言葉は本心だった。
今まで人生の中で、両親でさえ一度も言ってくれたことがなかったその言葉をイザベラは言ってくれた。
『愛している』という言葉がケイトの心に染み込んでいった。
ケイトの目からは自然と涙が流れていた。
『愛してる』とはこんなにも温かい言葉だったのだ。
「そういえば、私、あなたみたいに強かな子が側妃としてついて欲しかったの。どう? あなた、側妃になるつもりはないかしら」
自分を蹴落とそうとした相手にも慈悲の心を持って手を差し伸べてくれるイザベラは、ケイトの目にはまるで女神のように見えた。
「お姉様……」
そして自然とその言葉はケイトの口から出ていた。
イザベラが優しく微笑む。
「そうよ。お姉様よ。これから二人で国を支えていきましょうね」
「はい! お姉様!」
ケイトは流れていた涙をゴシゴシと拭き取る。
そして晴れやかな顔で元気よく返事をした。
「エドワード様、それでよろしいですね」
「えっ?」
急に話を振られたエドワードはびくりと肩を震わせた。
「いいですね?」
イザベラは軽く拳を振り上げる。
「ぴっ!?」
もうトラウマになっているのか、拳を振り上げただけでエドワードは悲鳴をあげた。
「どっちを選ぶのですか?」
「は、はいそれでいいです!」
イザベラに睨まれエドワードは勢いよく首を縦に振った。
その後、イザベラは国王へ直接ことの顛末を話しに行き、ケイトが側妃につけるように頼みに行った。
もちろん国王は了承し、逆にエドワードが迷惑をかけたことを謝罪した。
その後、イザベラはケイトが側妃になれるようにあらゆる手を尽くした。
ケイトを縛っていた両親は子供の身柄を取引に使ったとして重罪に問われ、伯爵もまた同様だった。
そして、イザベラは王妃として、ケイトは側妃になった。
本来政敵であるはずの二人はまるで姉妹のように固い絆で結ばれていた。
そのため今まで類を見ないほど国の結束は固くなり、国は繁栄することとなった。
イザベラとケイトは国民から国を支える二人の賢母として親しまれ、歴史にその名を残した。
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