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第7話 片足を踏み入れる

「もういい。死んでいる」


 赤髪の男……ククルトに剣を取られる。指が硬直して震えていた。


「う」


 目の前の真っ赤が、やけに恐ろしく思えてきた。逃げようのない事実として人を殺してしまった。


 どうしていいか分からなくなって顔を手で覆っていると、それを見かねたククルトに声をかけられる。その声はあくまで冷静だった。


「人を殺したのは初めてなのか?」


「……はい」


「あんま気に病むな。そいつは死んでもかまわない人間だった……なんて言っても救いにもならねえよな」


「……」


「変なやつ。根性と覚悟のバランスむちゃくちゃだ」


 ククルトは手に持った血塗れの剣を放り投げる。


「……」


 急に現実が心に追いついてきた。全く知らない世界に来て。全く知らない人たちに翻弄されて、馴染みのクラスメイトに捨てられた。なんとか生きようと抗った果てに不死になって。


 そして、人を殺めた。


 ペンや箸ぐらいしか握らない手は赤黒く染まっている。

 未だに脳裏に色濃く映る真っ赤な色を何度も思い返してそのたびに怖くなる。



 自分はどうしたらいいんだろう。

 全力で異世界を駆けてきたけど、そろそろ疲れてきた。


 ククルトはそんな様子を汲み取ったのか優しげな口調で声をかける。


「ああ……何というか、なんだ。今日のことは忘れろ。怪我薬やるから。家に帰って、ベッドに寝て、朝起きて、いつも通りの日常を過ごせ。そうすれば時間と共に罪悪感は薄れていく」


 諦めに塗れた笑みを浮かべる。


「俺には、帰る場所が無い。ベッドなんてないし、日常だってとうの昔に無くなった。それどころか人を殺したこの思いが薄れるとは到底思えないんだ」


 その発言でククルトはイロハがスラムの人間だと想像し、それでも生きることは可能だと判断した。怪我を見せるように促して、腰についているポーチから怪我薬を探す。


「冒険者にでもなれ。その男の剣はやるからそれを使えば冒険者でもやって飯ぐらいは食えるはずだ。とりあえず薬塗ってやるから背中を見せろ。俺はお前が切られた時、きっと死んだと思ったよ」


「それ、俺には必要ありません。だって、ほら」


 脱いで見せたその背中は、血に塗れてはいるものの怪我など一つも無かった。


「な……! 確かに切られたはずだろ!?」


 イロハの頭に一つ、案が出てきた。


 それは本当は駄目な道なのかも知れない。人を悲しませる道かも知れない。でも、自分の安全をとりあえずとして守る手段は他に出てこなかった。


 今切れる手札なんてこの再生能力くらいだ。


 勿論それなりに強いカードだと分かっているからこそ強気に出られる。


 能面の機械と対峙したとき、能力の神髄を嫌と言うほど見たからだ。首が飛んでも生える。抉られても直る。腕がちぎれても生える。どんなに深く切られても再生する。言うなれば絶対的不死性だ。


 この選択は正しいのか、理解はしていない。


「俺を、シュガーズ傭兵団に入れてくれませんか?」


「は? ……ああ、なるほど」」


 ククルトは決して頭のいい男では無かった。だが今起こっている状況の答えを考える程の頭は持っている。確かにシュガーズ傭兵団に入れば最低限の生活は得られる。シュガーズ傭兵団が行った今の光景を見て、その主犯であるククルトの道徳で目の前の少年イロハは判断したのだろう。


 賢いが、不確定要素の多い博打だ。それを承知で頼むと言うことはそれなりの覚悟もあるのだろう。


「シュガーズ傭兵団は、無駄に人数を増やさないんだ」


 ククルトは濁り無く言う。諦めて冒険者として頑張ろうか、そう思ったとき。


「が、先日。一人空きが出てな。俺の弟子になるはずだった子なんだ。正義感の強いいい奴だった。けれど死んでしまった……こいつらに殺されてしまった」


 ククルトの視線の先には、イロハが殺した男がいた。つまり、この惨劇は復讐合戦だったわけだ。


「お前の人生と、その再生能力。俺らシュガーズに預けるか?」


 その問いに答える言葉は決まっていたはずだが、口は強張った。

 生半可でこの先やっていくと、人生は変わらない。結局また悪い方へ進む。それなら、自身で、ちゃんと選択するべきだ。


 勿論、今なぜ自分がシュガーズに……傭兵団に……というのは分かっている。自分の能力の価値。それは思いの外高い。



 葛藤はあった。けれど、もう後悔したくない。



「お願いします」


「よし。お前はこれから死ぬかもしれねえし、絶望するかもしれない。俺らシュガーズが全力でお前を使い込んでやろう」


「……俺には行く場所がありません」


「ああ、ようこそ歓迎しよう。クソガキ。お前の立場だが、今のところ俺の専属の弟子ということになる」


「はい。じゃあよろしくお願いします先生」


「は! 俺が先生か。お前の再生能力、シュガーズに尽くせよ。対価は与えてやる」


「はい」




 その後、ククルトについて行き大きな屋敷の前に止まった。石材と木材で編んだように建てられた5階建てのマンションほどの屋敷だ。


「ここだ。ついてきな」


 背丈の二倍ほどの門をくぐると広大な庭が広がっている。庭の草は青々と茂っていた。


 数十メートルも進むと屋敷の入り口になる。


 ククルトが玄関のドアノブを掴む前に扉が開き、中から全身が真っ白い少女が出てきた。太陽に反射して輝く髪に透き通る青い瞳。


「珍しいな。本部じゃない拠点にラーシャがいるなんて」


「ああ。ククルトさん。お仕事はもう済んだんですか?」


「まあな」



 ラーシャと呼ばれる少女がククルトの影に隠れるイロハに気づく。


「まあ。猫ちゃんまで拾ってきて」


 どちらかといえば、聖女のような彼女もシュガーズ傭兵団のメンバーなのだろうか。


 ラーシャは、こちらをチラチラと覗き込むが、見られる恥ずかしさからククルトの影に隠れる。


「む-。隠れますか。そーですか。……あ! 先に名乗らなかったからでしょうか。失礼いたしました。私の名はラーシャと申します。あなたは?」


「イロハです。どうも」


 イククルトに肩を捕まれ、扉に向かっていく。百人中百人が認めるであろう美しい少女だが、今は気が立っていて自分の安全以外に気を配れない。



「てことでこいつはイロハだ。仕事は終わった。これからこいつにシュガーズのノウハウをたたき込むからまたな」


 屋敷に入っていくイロハ達の背中を眺めながらラーシャは笑みを浮かべた。


「イロハ。ようこそシュガーズ傭兵団へ。どんな経緯でククルトさんに認められたのかは存じませんが、ここは魔窟ですよ。シュガーズに身を置いたのなら、あなたは闘争に身を置く傭兵になったのです。しかし、私たちの闘争はどんな正義より正義しています。ふふ。まあ良く分からないものですよ」


 ふと後ろを向いた俺とラーシャの視線が交差した。


「あなたの悪意。楽しみにしています」


 仰々しい音をたてて扉が閉まる。



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