第11話 少女と語る。厄災と会う。
「俺がサラさんの目に叶うなら、この際、俺も喜んでその条件を受け入れます。それに血液は毎日、会う度にいくらでもあげられます」
喉から出た言葉は、驚くほど淡々としていた。
「へー」
一方、サラは、この条件を初めて聞いた人ならば、その人はいくらか躊躇と拒否反応が生じるのに、なんでもないように答えたことに驚いていた。
「ふふ。うふふ。やっぱいいや。うん、作るよ、君の装備。是非作らせて」
「え、あ、ああ。作ってくれるならそれに越した事は無いですけど」
一転して、晴れるような年相応の可愛らしいサラの笑顔に俺は呆気にとられた。
「けどさ、君はどうやって血を集める、の?」
サラはナイフをポケットにしまいどこか噛み締めるようにイロハに聞く。
(もし、非合法的なら……私は嫌だな)
血液は命に準ずるもの、サラ自身、自傷癖だからこそ、それは重々承知していた。
『血の恩恵。血の代償』で生み出される莫大なメリットと共に抱えた、他人の血液がないと生き延び得ぬ身体。血の調達方法にはずっと難儀していた。
ククルトにイロハという人物を紹介された時は「もしかしたら運命的に救ってくれる、顔の良い少年」とだけ言われた。
(私の代償を、君はどのように負ってくれるのだろう……)
少し困ったようなサラの目を見て、俺は他人事に思えなかった。
吸血なんて、化け物の沙汰。自傷なんて、弱者の逃げ道。
そんなもの認めたくない自分がいた。
誰よりも生き汚く生きる『不死』の俺だから、協力できることがあると思う。
社会と人の悪意を身を持って知った俺だからこそ、彼女の力になりたい。
「少し、俺の秘密を話します」
俺は自分の手のひらを眺めながらポツリと、自分の秘密を語る。
「僕は割と特殊な体質なようで、怪我や死についてはそんなに心配が要らないみたいなんです。具体的には不死です」
言葉はやけに静かに響いた。
「……不死?」
サラはイロハのことが分からなくなっていた。
その身に纏う空気はまだ幼いのにどこかに秘める狂気と強さ。それに自身のことなのに何処か信じられないように言う。
「不死……それこそお伽噺。けど、私は君の事が気に入ったし、信じる、よ」
「きっと超能力なんですけど。……はい、生きたくて」
社会と個人の悪意と殺意を持って、殺された。
それでも、生きたかった。
だから俺に【酷散華生】は答えてくれて、俺は不死になったのだろう。
「……ふふ。私も一緒。生きづらいけど、生きたい」
同じく超能力を持つものとして同情的な思いやりと、ほぼノーリスクで武具という力をくれるものとして利己的な思いやりが同時に働いている。
(俺は薄情なのだろうか?)
ただ、今は小さい優しさを持てる。
自分とそう年齢の変わらない超能力に狂わされた少女に対して、やれることなら手伝って上げたいという思いが、血液の取引を除いても、なお思える。
「よし。防具とか武器作るのは時間がかかるから、先に寸法とか図らせて貰い、ます」
「はい。ありがとうございます」
二言三言お互いの能力を語ったあと、これから製作する参考になる武器を握らせられたり、腕の長さを測ったりした。
「今日はクエスト行く、の?」
「時間はあるので行こうかと思っています」
「じゃあこれ。私のお下がりだけどあげる。何の変哲も無い片手剣だけど予備にでも使って。武器は出来たら……あー、うん。届ける、ね」
「場所とか必要ですよね?」
「ううん。いらない。とりあえず待ってて届けるから、さ」
俺は渡された剣を背中に掛けてクエストに向かった。
■ ■ ■
今日受注したクエストは初心者向けの比較的簡単なクエスト。
繁殖期に入った犬とイノシシを足して割ったような魔物を討伐するだけ。討伐した数は冒険者カードにカウントされる。
一時間ぐらいまでは順調に進んでいた。
剣の腕には自信は無かったが、体の動き方は得意だったため、避けて切るという動作を繰り返して狩っていった。
そろそろ目標個数に届くかという時、少し遠くにある雑木林の中で白い光を見た。
「なんだろう。あの光は」
引き返さず、その光源に近づいてしまったがためそれは起きた。
三日三晩に渡る地獄が始まった。
何処までも続く空を見ていると、自分がどこにいるのか分からなくなった。
髪を横に流す風は目尻の涙を流し、火傷した腹部はじゅくじゅくと痛む。
元々持っていた剣は半分に割れ地面に転がっている。
近くで獣が吠える。
「ジュッッババババババッババ」
俺の腹部を雷で焼いた魔物、――雷狐は空に咆哮する。
それに答えるように空に魔方陣が描かれ雷鳴が轟く。魔方陣からうねりをあげて電撃が俺にめがけて落ちる。
全身が熱で焼かれた俺は死んだ。
雷狐は雷を司る魔物で討伐ランクはA。
目に見えない移動速度に超火力の攻撃力。出会ったならば死は免れないという言い伝えがある。最後に確認されたのは四十年前。
そんな魔物に俺は出会ってしまった。
何故。と死の淵に何度も思った。
全身にほとばしる超火力の電撃が皮膚を焼いていき、後悔の間もなく命が尽きる。
吹き返した命に再度降り注ぐ、死の雷。
悲鳴と共に再度命が狩られる。
「が……ざ……がぁ」
立ち直して吐く息は汚い音声となっている。まだ喉が再生しない。
痛みにきしむ肉体を叩き起こして膝から立っていく。
炭化した皮膚が橙色に変化していき、全身の血が騒ぐ。
全快して息を吹き返した俺に驚いた雷狐は警戒し距離を取る。
「ふっ……ふっ……!」
その隙を突けばいいのだが何せ手段が無い。
今使える手段は剣での攻撃だけだ。
予備を持ってきていたのが幸いして武器は残っていたが、残るはそれ一つだけ。遠距離の攻撃手段など持ち合わせていなかった。
結果。
「剣しか、使え、ない!」
斬りかかるが、帯電を放出され吹き飛ばされる。
同時に体を焼かれ酷く痛んだ。それでも死なないと知っていたから無理をして斬りかかった。
「おお!」
反応に遅れた雷狐の皮膚の表面に赤い線が走る。
久しぶりの痛みに驚いた雷狐は数メートル距離を取った。自分に回ってくるターンは少ない。このチャンスを逃さず、雷狐に詰め寄る。
「痛ったいけど、下がるほどじゃない! 痛みなら俺に分があがるな!」
雷狐は命を省みない人間の蛮勇に攻撃が遅れた。続けて三度も剣で切られた雷狐は流石に警戒を強め完全に殺しにいく。
必殺技を持っているわけでも無い。魔法が使える訳でも無い。
だが、俺には「何度でも立ち向かえる手段」があった。
焼かれて、切って。焼かれてまた切った。
雷狐の逃げ出しそうな雰囲気を悟ると足を力一杯切断した。足を一つ奪うのに俺は数十回死を触った。
「ジュバ……」
全身から血が流れ始め、疲れを感じ始めた雷狐は全力で応戦した。
しかし、その人間は倒れなかった。
柔で愚かなはずだった人間は、いくら体を焼いても立ち向かい。何本も四肢を噛みちぎってもなんとも無いように再び剣を握った。
弱者をいたぶっていたつもりが気づけば息切れしても勝てないバケモノだと認識しなおした。一度認識してしまうと引けなかった。
ここ数十年敵無しだった自分が幾ら本気で戦っても勝てない、倒れない、終わらない――。
「ジュッバ、ババババ、ババ……バウ!」
何度目かさえ分からない全力の大魔法。
空に描かれる閃光と黄金の雷の八重魔方陣が雷狐の魔力と生命力の一部を超常現象と変容させる。
金色の電撃を纏った風は俺の皮膚を焼き、縮んだ皮膚が裂ける音を耳で聞いた。
「――っ!!」
魔法は肉体をおぞましく痛めつける。
身体は幾度も壊され、壊れた端から再生能力が働く。
思考なんて出来なかった。どう考えてもどうしようもなかったし、考えるためのパーツは機能しないほど破壊されていくからだ。
あやふやな思考で口から言葉が漏れる。
「……ああ。……ああああ。えぐっ、痛い、いあたい、痛い……」
「ジュバ……バ」
「や、めろ。このいたみはよくないっていきながらきくおとじゃないんだよって、痛みが、痛みが俺をっ……!!」
大魔法を浴びて死んだ肉体の再生が完了。
俺は手に持つ剣で地面にマークを描いた。
「……?」
半壊した脳でもはや無意識の行動だった。
何度か経験したが、脳の損傷があると本当に頭が狂ってしまう。
再生するまで見たことも感じたこともない思考や幻覚がよく感じる。
「何かが足りない……?」
雷狐は雷のような早さで俺に詰め寄り、頭を叩きつぶそうと上から尻尾を振り落とす。狂った脳でたまに生じる第六感のような、神がかった直感が雷狐の攻撃の方向性の予測と、火事場の馬鹿力を生じさせた。
俺は無言で剣を横にして上に構える。
雷狐の尻尾は自ら生み出した勢いのままに切断された。切断された箇所から飛び出た血が、俺の書いた地面のにこにこマークに重なる。
「ジュバァァァァ!!」
恐怖した雷狐は距離をとり、情けない威嚇の唸りを上げる。
にこにこマークの目は赤く潰れ、ただ無邪気で幸せそうな笑みが浮かんでいた。
脳の再生はまだらしい。ほわほわしてて思考がブレるブレるブレる。
「ああ」
苦しげに痛みに耐える雷狐の口からは涎が垂れている。
「モラル。とか」
信じられないような目で俺を眺め、怯えきっている雷狐。
「見ないときもあって、いいんだ」
俺は剣を構えた。口角は意識して上げる。これで笑顔。何の心配もいらない。
「隠せば、笑顔になれる」
目の前の雷狐は、口から衝撃波と化した咆哮を放つ。
「ジュバ!!」
脳の再生と同時に、しっかりとした意識が戻ってくる。
「傭兵団シュガーズで問われた意義。僕の意義はそう、『幸せ』だ。ただ幸せのために何でもしよう。痛みに耐えよう。痛みから逃げよう。人を殺そう。人を守ろう。幸せになろう。何をしてでも、なるんだ!」
満身創痍のバケモノが無限のバケモノに噛みついた。
血飛沫舞う空間に涙はこぼれなかった。
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